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November 07, 2005

THE ICE PICK 5

 なんとなく、あったまってきていた。自分の部屋、プラス、女たち一人一人の家賃を払うために、けっこう、切りつめた生活だったけど。ステイブルを迎えに行く車の中で、ぼくの頭蓋骨はぐるぐると渦を巻いていた。女たちが、乗りこんできた。金を受け取ると、グローヴ・コンパートメントに投げ入れた。

 キャデラックに切り裂かれるように、夜が明けはじめた。5人のホーは、酔っ払ったカササギみたいにうるさい。長く、忙しい夜を過ごしたホーから漂ってくる、糞のような匂い。鼻の穴がバカになってた。豚みたいにコカインばっかり吸ってたから。

 ああ、鼻が燃えてるみたいだ。ホーの匂いと、あいつらが火を点けたキャングスターの香りが、不可視のナイフみたいに脳みそを傷つける。邪悪な、危ない気分だった。グローヴ・コンパートメントにはハンパない金がぶちこんであるのに。

「こら、ビッチ、ウンコ漏らした奴いないか?」

 窓を開けながら、怒鳴った。

 しばらくのあいだ、沈黙。すると、ぼくのボトム・ホーになったレイチェルが、お尻の穴にキスするように、優しく答えた。

「ダディ、ベイビー、ウンコじゃないのよ。あたしら、一晩中、働いてたのよ。客の車には、シャワーなんてついてないの。ダディ、あんたのためにハンプしてたんだよ。ウンコじゃないの、あたしらホーのお尻の匂いなの」

 笑ったな、勿論、心の中で。最高のピンプは感情に鉄の蓋をするから。ぼくは、もっとも冷たいピンプのひとりだから。レイチェルのシェーキーな冗談で、ホーどもは気狂いみたいに笑いだした。ピンプは、女たちが笑ってるあいだは、ハッピーでいられる。こいつらが、猫をかぶってるあいだは。

 ホテルの縁石に滑りこんだ。いちばん新しくて、かわいい、キムのクリブ。やれやれ。こいつで最後。早くホテルへ帰って、ひとりきりで、コカイン吸いたいな。株式会社ピンプの社員はいつもひとり。心の中は、ホーを騙し、だし抜くことしか考えてない。

「おやすみ、ベイビー、きょうは土曜日。正午にはストリートへ来るんだ。5分遅れても、2分遅れても、ダメ。正午ぴったりに降りてくるんだよ、いいね、子猫ちゃん」

 だが、答えがない。いつもと違うことをした。通りを渡り、キャデラックの運転席へまわった。ぼくを見つめたまま、長いこと立っていた。薄闇の中で、美しい顔がこわばっていた。

 やがて、クリスプなニューイングランド訛りでこういった。

「今朝は、あたしの部屋においでよ、1ヶ月に1晩も、きてくれない。だから、たまには戻ってきて、オーケー?」

 最高のピンプは、チンコじゃない。正確なタイミングで、正確なメッセージを、稲妻のように女に言ってやることで、金を稼ぐ。こんなとき、何と答えるのか、他の4人が聞き耳を立てていることを、ぼくは知っている。ステイブルの中に、際だって美しいビッチがいる場合、ゲームはよりタイトになる。ホーどもは、じくじくと弱味をついてくる。

 怖い表情をつくって、低い声で、こう答えた、

「ビッチ、やめなさい。このファミリーのだれも、ぼくを誘惑することはできない。命令もできない。さあ、臭いお尻を上の階へもっていって、お風呂に入りなさい。寝なさい。言ったとおり、正午にストリートへ来るんだ」

 けれども、ビッチは動かない。怒りで目を細めていた。こいつ、ぼくのホーになる前は、ストリートで詐欺をやっていたはずだ。10年前なら、キャデラックから降り、ボコボコにして終了だっただろう。でも、脱獄してきたばかりだし、暴力は避けたかった。

 招待状を踏みにじられたビッチは、ブービー・トラップを仕掛けてきた。

「わかった、お尻を蹴りなよ、お金を渡すだけの男なんか、いらない、もう。いいよ、疲れた。これ以上、ステイブルをディグしないよ。やめる。新人ビッチだから、がんばらなくちゃなのは、わかってるよ。でも、いいよ、疲れたよ。別れよう」

 ここまで言って、煙草に火を点けた。ぼくは、一通り言わせてから、ボコボコにしたろうと思っていた。

「この3ヶ月で、ポールと付き合ってた2年よりもたくさん、客とトリックしたよ。あそこが痛いよ、腫れてるよ。お尻を蹴りたいんでしょ? じゃあ、蹴りなよ。明日の朝、プロヴィデンス(ロードアイランド州の州都、港市)へ帰るから」

 この女、若くて、客をとるのにやぶさかでなく、アピール・ガロア。この女、ピンプの夢。ビーフをふっかけてる。ぼくを試してる。あとはレスポンス待ち、というわけ。

 残念ながら、こっちは、冷たいオーバーレイを保ったまま。氷のような声で、こう言うと、みるみる失望するのがわかった。

「お尻の四角いビッチ、ききな、一緒にいなくちゃ正気でいられなくなるようなビッチなんて、ぼくには存在しない。万々歳だよ、ビッチ、そっちから別れてくれるなんて。他のビッチのための席が空くな。そいつが、スターになるかもしれない。ビッチ、さようなら。本当は、ぼくが顔に糞したら、よろこんで口を開けるくせに」

 パトカーが通った。不自然な笑いを浮かべておいた。通りすぎたら、速攻、消した。冷たい風に吹かれ、彼女は、まだ立っている。

「ビッチ、おまえはゼロだ。チリ・ピンプと付き合ってたんだろ。その男のママ以外、だれも知らないような。わかったよ。あとで、偽物の尻を電車に乗せるために、戻ってきてやるよ」

 いっきに置き去りにした。バック・ミラーに、肩を落とし、とぼとぼとホテルへ入っていくキムの姿があった。最後のひとりを降ろしたキャデラックの車内は、静かだった。月面で蚊が糞をする音すら聞こえた。こうやって、ホーのことを判断してきた。「完全なる氷」になって。

投稿者 Dada : November 7, 2005 01:00 PM