November 28, 2005

DAWN

 囚人と看守もびっくりしていた。ぼくは生き残ったんだ。24時間以内に釈放。43才のほとんどを、独房で過ごしたことになる。

「致命的な罠に囚われていた。だが、本当に脱出できたのだろうか。運命は、さらに非情な罠をセットしないだろうか。黒い肌を誇りに思えるだろうか。これまでの人生で、白人の世界の鉄条網から逃げられた黒人は、ほとんどいなかった。この厳しい現実を、ぼくは生きていけるだろうか?」

 時間と、心の中にある何かだけが、この質問に答えられる。

 もう、ママの他にだれもいなかった。服を着せられ、出所した。骸骨のような体にはだぶだぶだった。ぼくは、どうやって脱獄したのかを告白していなかった。囚人たちは祝福した。ぼくがどれだけ健闘したかを知ってるから。耐えられる確率の低さも。

 ママの友人が、交通費を送金してくれた。飛行機はネオンの海に浮かびあがり、ずっとまえ、空虚で孤独な夢を追い求めてやって来たシカゴが眼下にひろがった。

 ヘンリーのことを思い浮かべた。クリーニング屋のプレスマシンの音。ママは若くて美しかった。ロックフォードに戻りたいよ。彼女は、ベッドへきてくれた。優しいおばけ。キスをして、おやすみの挨拶をした。再会するまでの時間が、果てしなく長く思えた。

 病室へ入ったとき、彼女の小さく灰色の顔に、死があった。でも、瞳は輝いた。母の愛は尽きることがないんだ。ぼくをしっかりと抱きしめた。息子の到着は、奇跡。生きる力をあたえる魔法だった。

 6ヶ月のあいだ、ママはがんばった。ぼくは、ずっといっしょにいた。ツイン・ベッドにして、夜な夜な語りあった。残りの人生はちゃんとした仕事に就くんだよ、って約束させられたよ。結婚して、子どもを作りなさい、って。

 何十年も、口を酸っぱくしていわれてたんだ。とにかく無視してきたけど。会社員になるなんて、キツくてさ。最期の日、病院のベッドで、ママはぼくの目をよく見た。

 かさかさになった唇から、微かな声が漏れた、

「ゆるしてね、お願い。ママはしらなかったの。ごめんね」

 ぼくは、彼女の最期の涙が、うつろになった瞳から冷たい頬へ流れていくのを見ていた。そして、すがりついた。

「ママ、何にも悪くないよ。本当だよ。それでも、そんなこというなら、ぼくはゆるすよ、どうか信じて」

 病院を飛びだした。駐車場へいった。車のボンネットに倒れこみ、胸がはり裂けるくらい泣いた。でも、泣きやんだ。今度こそ、ぼくの言葉は伝わったはずだから。

 オッサンになったアイスバーグが、わんわん泣いてたんだ。この光景を見ているホーがいたら、タダじゃおかなかったと思う。

投稿者 Dada : 06:00 PM