November 17, 2005

THE STEEL CASKET 1

 シアトルにも飽きた。1958年。継父は死んでしまい、ママはカリフォルニアにひとりぼっち。手紙は、悲しみと孤独に満ちていた。ホーは、レイチェルとエロい女だけだった。

 麻薬を止めてから、体重は50ポンド増えた。200ポンド以上になった。時の流れは、ぼくの前髪を禿げさせた。あの脱獄のときのマグ写真とは比べものにならなかった。

 大麻は少しだけ吸った。コカインも、ときどき。一度だけ、コカインといっしょにヘロインもイッたかな。やっぱり、スピードボールはよかった。完全に断つのは、無理だよ。

 40才になるころ、ぼくはピンプとして遺跡だった。高価なスーツに身を包んだアザラシ。長い年月の中で、初めて健康的な食欲があった。ぼくは、スローダウンしていた。ほとんどの時間を、ベッドで本を読んで過ごした。ピンピン・キャリアの終わりもすぐそこ。

 シカゴへ帰ることにした。ぼくの巣。ダウンタウンの近くで、2人のホーを働かせた。客のほとんどは白人。すぐそばにあるいい感じのホテルに宿泊した。女たちは、同居させた。3ヶ月後、火事がおきた。おかげで、ぼくのピンピンは、すっかり変化した。いろいろあって、結局、脱獄囚として逮捕されることになるんだけど。

 ある日、散歩をしていた。アパートメントの窓が燃えだしたから、立ち止まって眺めていた。隣で、茶色い髪の老人も見ていた。この男、ハスラーだった。博打をやりながら、10州に渡ってハウスを経営してた。火事見物が終わると、ぼくらは一杯、飲みにいった。意気投合して。翌月なんか、毎日会ってた。かれのハウスを見せてもらうために、足を運ぶようになった。

 ピンプとして、ハウスで働くホーのことは軽蔑していた。マダムに50パーセントももってかれるから。優れたホーは、ストリートで客を引くべき、というのが信念なんだ。オハイオでハウスをやってたときすら、通りで客引きさせたよ。

 怠け者の、中途半端なホーが、ハウスで働くんだ。客を待ってるだけ。ぼくの友人、《デカいほうに賭けろ》は、ハウスはぼくにうってつけだ、と説得してきた。「服(wear)も苦労(tear)もいらなくなるぜ」というのがポイントだった。ハウスの中は安全だし、マダムは脱走に気を配ってる。女のコたちも、ピンプとの面倒な関係を気にしなくていい。

 でも、ピンプの儲けは、50パーセントになるんだ。でも、かれの話だと、ぼくくらいの年齢のピンプだと、ハウスの方が稼げるっていうんだ。したら、じぶんでもオープンして、手広くやって、100才まで生活できるって。ストリートの激しさの下では、老人になるまで生きるのはムリだと思ってた。

 2ヶ月後、2人のホーをハウスに預けた。毎週月曜日に、書留めでお金が届くようになった。かれの言ったとおり、ピンピンが簡単になった。50パーセントは間違いなく、もらえたし。

 1、2ヶ月ごとに、女たちは戻ってきた。それ以外の時間、ぼくは《デカいほうに賭けろ》と遊んでいた。ホント、仲良くなったよ。あの人のアドバイスを聞かずに、59年型のキャデラックを買ったときなんか、カンカンになって怒ってた。

 父親のように慕っていた。博打のサイコロの目と同じくらい、人の心がよくわかってる人だった。友情と知恵に支えられて、ヘロインにも手を出さずにすんだんだ。かれがいなくて、刑務所にいかなかったら、絶対、またヤッてたな。じっさい、何度もヤろうとしてたから。

投稿者 Dada : 04:15 PM

November 18, 2005

THE STEEL CASKET 2

 若くてエロいほうのホー、ステイシーをモンタナのハウスへうつした。3月のことだった。春のあいだだけ、いかせることにした。だから、6週間に1度、あっちへ行って、彼女にサービスし、ゲームをタイトゥン・アップしていた。寂しがってた。会いたくてたまらない、って。

 やがて、マダムと上手くいかなくなって、同じ町の男が経営している他のハウスで働くことになったという。彼女を訪ねるまえに、《デカいほうに賭けろ》の意見を聞いた。

「アイス、聞く耳もたず、だろうな。新しいキャデラック、すぐ買っちまうようなバカだから。今回はもっと重要だぜ。おまえも行く必要ないし、ビッチも働かせないほうがいい。あの男のことは知ってるんだ。ヘビだよ。女を預けちゃダメだ。ペンシルヴァニアに、いいハウスを知ってる。2日以内に、そっちへ移動させろ」

 でも、きかなかった。電車で会いにいった。はずれのモーテルに宿泊。《ジョニー・カト》って名前にした。町にいる黒人といったら、ハウスのホーと流れてきたピンプだけ。

 早朝、仕事を終えた彼女が、モーテルを訪ねてきた。ある日、目がさめたら、ボスがベッドにもぐりこんでた、と告白された。思わず、黒の真鍮の時計で殴ったわ、って。でも、チルしなかったらしくて。あたまから血を流しながら、50ドルだして、チンコだして、おねがいします、だって。おれのホーになれよって。こんな話を聞かされて、ぼくもビッチな気分だった。

 3日目、日曜日の夜9時ごろ。ステイシーは、日曜日は働いてなかった。ぼくらは、じゃれあっていた。ぼくは、パジャマを着て、ポケットにコカインを入れていた。煙草に火を点けたとき、警察っぽいノックの音がした。ドアのほうへいった。

「イエス、だれ?」

「警察だ、ドアをあけなさい」

 あけた。赤ら顔のスウェーデン系の警官がふたり。ひとりは豚。ひとりはひょろ長い。震える手をパジャマのポケットにかくした。指さきが、焼けるほどホットなコカインのキャップに触れた。ぴよった顔をしてないことを祈った。歯をみせて笑った。奴らは部屋に入ってきて、まん中に立った。すばやく見まわしている。ステイシーはぽっかり口をあけたまま、ベッドにいた。

「えっと、ジェントルメン、どうすればいいですか?」

 ひょろ長いのがいった、

「身分証をみせなさい」

 クローゼットへいき、ニセモノの《ジョン・カト・フレドリクソン》名義の身分証をとってきて、手のひらにのせてやった。背中を冷たい汗が滴り落ちた。奴らは、チェックしあっている。

 ひょろ長いのが、

「おい、法律違反だ。モーテルにチェックインするとき、なぜフルネームでサインしなかった。隠してることでもあるのか? この町で何してる? ダンサーとかいてあるが、ショーをやってるクラブなんか、ないじゃないか!」

 こう答えた、

「おまわりさん、芸名が《ジョニー・カト》なんすよ。隠しだてすることなんて、何もないです。劇場だと、長すぎる名前でしょ。だから、ちょっと短くするクセがついてるんです。昨年、足をやっちまいまして、もう踊れないんです。妻とビジネスをやろうとしてます。ここらのカントリーを、旅してるんです。あなたがたの町で、南部フライドチキンの店をやるのにいい場所はないですか。こいつの秘密のレシピで、リッチになりたいんです」

 豚がいった、

「おまえ、よくそんな嘘ばっかりいえる黒人の、メス犬の息子だな。この町にくるニガーなんて、新しくハウスをひらきたい野郎か、ホーのマンコをナメナメしにきてるか、どっちかなんだよ。このビッチと結婚してないだろ。おまえは生活水準の低いピンプで、そいつはホーだろ。ちゃんと観察してたんだよ。ボーイ、いいか、ニガーのお尻を町の外にだせ。いらねえよ、おまえなんか」

 ぼくは、

「ハイー! レストランのことは、忘れます」

 警官は、まわれ右をして、帰っていった。ぼくは、ステイシーのボスがチクッたことを理解していた。でも、シカゴへ戻る電車はもうない。1日に1本、夜8時だけ。連中がまたくることは、間違いなかった。ハメられたんだ。ラジオのニュース速報で、ハイウェイに雪が積もっているという。町から出られない。とりあえず、コカインを吸って、どうしようか考えた。

 次の日の昼3時ごろ、警官のチーフがやってきた。

「ボーイ、ひっかかるんだ。ニセの身分証のことは、忘れるとしよう。だが、もっとシリアスな問題がある。おまえとこの女は、合法的に結婚したのか? 違うとしたら、見過ごせん。いつ、どこで結婚したのか、おしえてくれよ」

 あたまをフル回転させた。新聞でみた、どっかの裁判所が火事になった話を思い出そうとしたけど、ムリだった。

「いや、3年前、テキサスのワコです。なんで疑われるのか、わからないすけど」

「じゃあ、これから署へ連行する。おまえの話をチェックしていくから。本当のことをいってたら、問題ないんだから。嘘つくなよ。嘘ついてたら、刑務所だからな」

 ぼくらは連れていかれ、マグを撮影され、指紋をとられた。

「ボーイ、おまえ、嘘ついてんじゃねえかよ。ワコに電話したんだよ。おまえらの記録なんて、なーんもねーんだよ」

 で、投獄された。1時間後、ひとり200ドル払って、保釈された。ふたりで、とぼとぼ歩いて、タクシーをつかまえ、モーテルへ帰った。時間がなかった。もう、奴らは探しはじめてるだろう。ハウスから彼女の荷物をとってきて、駅のベンチに座って夜8時の電車を待った。

投稿者 Dada : 12:20 PM

November 19, 2005

THE STEEL CASKET 3

 次の朝早くにシカゴへ帰ってきた。ワシントンに指紋がとどいたら、FBIがうごきだすことは目にみえていた。すぐに街をでなくてはいけない。

 警官のチーフは、ぼくらが乗った電車の行き先を知っているはず。《デカいほうに賭けろ》が、ペンシルヴァニアに電話してくれた。ステイシーは、翌朝には新しいハウスへ移動するはずだった。けれども、すでに包囲網がしかれた後だった。

 巡回中の警官に、ぼくと彼女は逮捕された。刑務所から派遣された看守のキャプテンもいた。ぼくは、脱獄罪。ステイシーは、ぼくをかくまった罪。ひとつ、わからないことがあった。どうしてすぐに見つかったんだろう。大都会にまぎれていたのに。

 身分を照会され、州刑務所におくられた。人生で、しょうもないミスをたくさんやらかしてきた。けど、このときのは最悪だった。バッグの中に、ステイシーからの手紙が入っていたんだ。田舎町で拘留されたとき、警官はモーテルの部屋を捜索した。そのとき、シカゴの住所がバレた。甘くみてたよ。キンタマから火事さ。

 レイチェルは、働いてたハウスからすっ飛んできた。ぼくは、無罪になろうとした。結局、どうやって逃げたのか、奴らは法廷で証明できなかった。最初のヒアリングのとき、ぼくは裁判官に、脱獄してない、といった。真夜中に看守がきて、いきなり外にリリースされました、と嘘をついた。金をつんで、不正にリリースされた友だちを知ってたから。

 薄っぺらいストーリーだったが、刑務所に逆戻りする前に、カマしてみたんだ。次の刑期では、最悪なことしか起こらないと確信してた。《デカいほうに賭けろ》が、たまに訪ねて来てくれた。なんでもしてくれた。でも、ぼくは負け犬。だれにも救うことはできない。

 ママもカリフォルニアから来てくれた。おばあさんになり、病気をしていた。心臓病と糖尿病。じっさいの話、死が近づいていた。会いに来られたことが、奇跡だった。何度も経験したシーンさ。ぼくは、牢屋の中。彼女は、外で泣いてる。

「あんた、これが最後だよ。もう会えなくなる。ママは疲れたよ。神様のおかげで、なんとかここまで辿り着いた。お母さんは、あんたを愛してるよ。どうして、わかってくれないの」

 ぼくは泣いた。バーのすきまから、痩せ細った、青白い手を握りしめた。

「さあ、よくみて。インディアンの血が流れてるだろ。ママは死んだりしないよ。おじいちゃんのパパ・ジョーを思い出して。あの人みたいに、100才まで生きられるさ。ねえ、元気をだしてよ、ママ。泣かないで。すごく心配してるんだ。愛してる。本当だよ、ママ。いつも手紙に書かなくてごめんね。愛してるよ、ママ。おねがいだから、死なないで。必ず、出てくるから。したら、いっしょに暮らそう。誓うよ、ママ。とにかく、死んじゃヤだよ!」

 看守がきた。これで、終わりだった。ママをみて、かれの厳しい表情がやさしくなった。不治の病に冒されていることが、分かったんだろう。刑務所の通路を、ゆっくりした足取りで遠ざかっていくママの姿を、ぼくは見ていた。エレベーターに乗ると、振り返って、こっちを見た。悲しい、哀れみにあふれた顔。ずっとまえ、最初に刑務所に移送された日のことを、思い出した。雨の中に立ち尽くしたママが、バンに乗せられたぼくを見送ってくれた、嵐の朝を。いま、こうして思い浮かべるだけで、感情の塊が、喉の奥からこみあげてくる。

投稿者 Dada : 06:00 PM

November 21, 2005

THE STEEL CASKET 4

 ママがカリフォルニアへ帰ってから、1週間がすぎた。

 3回目、最後の法廷へよばれた。ぼくは、刑務所の看守のキャプテンによる監察下におかれた。ステイシーは釈放された。

 キャプテンと補佐官は、押し黙ったままだった。4月のまばゆい光を切りとるように、刑務所のセダンが走る。ぼくは、後部座席にいた。足早に歩きまわる、幸運な市民を眺めた。こいつら、ぼくにどんな罰を与えるだろう。ゴムの鞭か、こん棒か。心がちぢんでいた。このまま車の中で死んでもよかった。

 巨大な門をくぐった。見覚えのあるビルディングを、温かい春の日射しが包んでいた。

 運動場の看守たちが、うやうやしくあたまを下げた。車の窓をとおして、ぼくを見ている。セダンは停車し、ぼくらは降りた。手錠をつかまれ、13年前にぶちこまれていたのと同じ建物へ連行された。フラッグを取り付けてある牢屋に入れられた。

 昼すぎ、看守に付き添われ、セキュリティのオフィスへ行進した。机の向こうにいるのは、純粋なるアーリア系の突撃隊員みたいな男。ゴムの鞭も、こん棒ももっていない。フランスの鉄道に乗車したときのヒットラーって、こんな感じかな、と思うような笑いを浮かべた。声はか細くて、酔っ払いのよう。

「さあて、檻から逃げた黒い鳥。乾杯したまえ、たったの11ヶ月の禁固刑だ。運のいいことに、新しい法律が施行される前の逃亡だったんだ。今は、さらに刑罰が加わってる。おっと、懐古してもしょうがない。何日か、君を懲罰房に入れなくちゃ。個人的な恨みは何もない。くく、あんたが逃げたからって、あたしは何も傷ついてない。自信をもって教えてくれないか、どうやって逃げた?」

 ぼくは答えた、

「閣下、お答えできたら、いいんですけど。フーガ、遁走曲です。ある夜、気がついたら、自由の身でハイウェイを歩いてたんです。いやはや、説明したいところですが」

 冷酷な視線が、さらに硬く、青いめのうのようになった。

 口を大きく歪ませて、笑っている。

「フン、いいだろう、ボーイ。近いうちに、記憶が鮮明によみがえる。思い出したら、また私と面会するよう、看守に申告してくれ。じゃあ、幸運を祈るよ。また会えるかな?」

 ひったてられ、風呂へ連れて行かれた。シャワーを浴びると、ぼろぼろのユニフォームに着替えさせられた。医者による診察を済ませ、監房へもどった。フラッグのついた、不潔な小さい牢屋。これから監禁される懲罰房は、監舎の反対側にあった。入り口の前で立ち止まると、看守は鍵をアンロックした。ぼくを押しこむ。正面玄関のすぐ近くだとわかった。ぼくは、新しい棲み家を見まわした。

 人間の精神を痛めつけ、クラッシュさせるための、小さな箱。腕をあげると、指さきが鋼鉄の天井にふれた。よこに伸ばすと、やはり鋼鉄の壁にふれた。バーのついたドアから7フィートも歩くと、もう壁。折りたたみ式のベッドがあった。

 マットレスはしみだらけ。囚人のゲロとか糞の臭いがした。トイレと洗面台は、緑がかった不快な沈殿物まみれ。貧弱な頭蓋骨にとっては、1週間か2週間で、鋼鉄の棺桶と化す場所だ。どれくらい、閉じ込めておくつもりだろう。

 ドアへ歩いていった。バーをつかんだまま、目の前の、空白の壁を見ていた。

「1週間くらい、ダンジョンに幽閉しておけば、ぼくが泣いて許しを請うと思ってるな。プッシーアウトしないぜ。こっちの頭蓋骨は強い。1ヶ月でもイケるっしょ」

 鋼鉄の壁の向こう側から、叩く音がした。痩せた白い手が、四角い紙をもってあらわれた。ぼくは手を伸ばし、受け取った。2本の煙草と3本のマッチがくるんであった。

 何か書いてある、

「ようこそ、《幸せ通り》へ。おれの名はコッポラ。噂によると、あんたはランカスターらしい。13年前に、火薬をまいたんだな。おれは1年半前に火薬をまいたんだ。
 6ヶ月前、連れ戻された。まじで何度も自殺しそうになったよ。すぐに、わかるだろう。いや、酷い場所だぜ。脱獄したせいで、1年、余計に過ごさなくちゃならない。しかも、メーン州から、昔やった偽札造りの罪で、逮捕令状が届いてる。
 覚悟したほうがいいぜ、相棒。俺がここに来てから、4、5人がクラックアップされてる。今、6人いる。3人は脱獄囚だ。残りは2日から1週間の短期懲罰。あとで、他のバックグラウンドも教えてやるよ。欲しいものは、看守を買収すれば手に入る」

 冷たい床に腰をおろし、煙草に火を点けた。コッポラって、ヤバイ男だろうな。6ヶ月も《幸せ通り》にいて、頭蓋骨をストレートアップしてるんだから。ぼくがここへ来てまだ数日だなんて、知らないだろうな・・なんて考えていた。

投稿者 Dada : 06:00 PM

November 22, 2005

THE STEEL CASKET 5

 その夜、夕食は不味いスペイン米だった。入り乱れた囚人たちの足音が近づいてきた。上の階へ戻っていくのだろう。9時には消灯し、けたたましいラジオも止まった。トイレの水を流す音、突然のオナラに混ざって、ぼくの名前が呼ばれた。ちょうど上にある監房で、だれかが話しているんだ。

「ジム、アイスバーグのおっさんはどうよ。あの色男。下で白人どもが奴を殺すのに20ドル賭けるぜ。ピンプじゃ耐えられない」

「ジャック、あんな野郎、今夜にでも死ねばいいんだ。昔、妹がピンプに遊ばれてよ」

 眠りこけた。真夜中に目が覚めた。叫び声がする。殺さないでくれ、と懇願している。ドタン、バタンという音。起きあがり、ドアのほうへいった。コッポラがトイレの水を流した。

「コッポラ、何があったんだ?」

「ああ、気にすんなよ、ランカスター。夜の看守のお楽しみだよ。運動不足の解消さ。サンドバッグを、反対側の監舎から引っぱり出してる。朝の裁判にでる酔っ払いや老人だ。あんた、まだ何も見てないからな。標的にされても、口答えするなよ。地獄だ。素っ裸にされて、冷たいコンクリートの上に放置される。ここには少なくとも10通り以上の死に方がある」

 じっと、目の前の暗闇を見ていた。レイチェルとステイシーは、どうしているだろう。手紙を書かかなくては。ピンピンについては、検閲されると思うけど・・。数分ごとに看守が通過し、こちらををライトで照らした。 

 朝になった。食事へ向かう囚人たちが、ぼくの房の前を行進していく。昨日までに移送されてきた新人も、みんないた。

 昼すぎ、ステイシーとレイチェルから手紙がきた。お金も送ってくれた。ぼくと会えないことを、悲しんでくれていた。ダウンタウンのバーで働いてるらしい。《デカいほうに賭けろ》が、いろいろ世話してくれてるようだった。

 それから1週間、ぼくはコッポラから生き残る方法を教わった。女たちに直接、手紙を届けてくれる看守もみつけた。彼女たちから賄賂を受け取り、ぼくの分の金も預かってきた。

 ママから手紙がきた。ほとんど読めないほど、ふるえた文字だった。内容は、とても宗教的だった。心配でたまらなかった。監房の狭さと、1年も閉じ込められたらどうしよう、という不安で、しだいに苦しくなっていた。たまに眠れたかと思うと、悪夢。高い金を支払って、いいものを食べてはいた。でも、痩せていった。

投稿者 Dada : 06:00 PM

November 23, 2005

THE STEEL CASKET 6

 最初の1ヶ月で、体重が30ポンド減った。5週目、悪いニュースが二つ入ってきた。ステイシーからの手紙。《デカいほうに賭けろ》が、自宅のトイレで死んでいたという。動揺した。本物の友人だったから。さらに、レイチェルからの手紙。

〈あんたの友だちの医者に会ったよ。あの夜、始末をしてくれた男。酔っ払ってて、あたしに一杯おごった。バーテンダーに職業を訊かれて色々喋ってるうちに、全部ゲロッたわ。あのあと、死体は生き返ったそうじゃない。ふざけんじゃないよ。追伸:さっさと死んでね、キャデラックはあたしがもらうわ〉

 コッポラはメーン州からの出頭要請があり、移送された。ぼくの頭蓋骨への圧力は、日に日に増大した。3ヶ月目、深刻な妄想が襲ってきた。まるで、自白させるための呪い。

 ヘヴィーな麻薬なんて、看守には手に入らない。ウィスキーで我慢していた。髭を剃るのを止めた。自分だとは思えないほど、げっそりとした醜い男。鏡を見るのも止めた。もはや、監獄じゃなかった。悪夢の中に、規則正しく並べられた苦痛と苦悩の光景。

 ママは、ベッドから起きあがれなくなった。手紙を書くこともできないほど症状が悪化していた。友人が代筆した手紙や、電報を受け取っていた。みんな、彼女が天国に召される前に、ぼくが出所することを祈っていた。面会人があった。看守がついてきて、ずっと後ろに立っていた。ステイシーだった。妊娠していた。中年のハスラーと暮らしているらしい。彼女の目を見れば、ぼくがどれだけ酷い顔をしているのか、わかった。やがて、手紙は1ヶ月に1通になり、送金もしてくれなくなった。

 4ヶ月目の終わりには、脳性麻痺みたいに頭蓋骨ががたがた震えだした。あるとき、真夜中すぎに囚人のひとりが発狂した。すべての囚人を起こし、神と母親を侮辱しはじめた。看守が拘束し、ひっぱり、ぼくの監房の前を通過していった。

 こちらまで正気を失いそうな光景だった。素っ裸で、狂人にしか理解不能な言語を、泡だらけの口から発している。精霊を呼びだす呪文。両手で、勃起したペニスをしごいていた。ぼくは、まくらを顔に押しつけた。チビのビッチが鞭で打たれたとき、そうしたみたいに。

 次の日、ぼくはチーフに会わせて欲しい、と申請した。あのナチのような男だ。だが、無視された。1週間後、ひざのあいだに頭蓋骨を埋め、トイレで押し黙っていると、朝食へむかう囚人の足音がせまってきた。すぐ近くを、ぐずぐずと通り過ぎてゆく。

 見あげると、ほとんどオレンジ色に濁った二つの眼球。見覚えのある顔に埋めこまれていた。リロイだった。もう何年も前に、クリスというホーをあいつから奪ったんだ。むこうも、まだ覚えていた。ぼくを睨みつけ、やがて歪んだ笑いを浮かべ、歩き去った。

 すぐに看守を呼び、あいつの罪状を調べさせた。全部、説明してもらった。1940年から、リロイは100回以上、逮捕されていた。すべて酒が原因。精神病院へ2度、収監されていた。ぼくは、42才だった。20才のときにクリスを略奪したんだ。あいつを他の監舎へ移すよう、訴えた。女のことをいい、奴にどれだけ恨まれてるかを伝えた。だが、看守は無理だと答えた。

 奴は、泥酔して捕まり、たったの5日間の禁固刑だった。監舎の中をうろつき廻るはず。復讐しようとするはず。5日間、注意しなくてはいけなかった。ドアから遠くに足をおいた。ナイフとか入手して、通路からハックしてくるかも。ぼくは、一日中不安にかられていた。ガソリンを撒かれ、燃やされたらどうする?

投稿者 Dada : 06:00 PM

November 24, 2005

THE STEEL CASKET 7

 夜、はじめて声が聞こえた。消灯していた。監舎の中は静かだった。声は、ベッドのあたまのほうにある小さな格子窓からだった。

 格子窓の向こうの通路は、いつも照明がついていた。通気口などのさまざまなパイプがある。ぼくは、手とひざをついて、小さな穴をのぞきこんだ。誰もいなかった。

 ベッドにもどった。だが、声はより大きく、はっきりと聞こえる。まるで、友だちを慰める女のように甘い。上の階の囚人たちが、からかい合っているのだろうか。

 やがて、ぼくの名前がよばれた。また身体を伏せ、格子窓に耳を近づけた。通路の角から、光があふれた。看守だ。身をよじったが、目が合ってしまった。

「おい、何をやってるんだ」

「いや、声がしたから。誰かが仕事してるのかと思って」

「おや、おや、可哀想に。もう限界かな。スリムだっけ、おまえ、発狂したな。デタラメいうのは止めろ。さっさと寝るんだ」

 だが、光がまぶたの裏に焼きつき、眠れない。リロイのことが浮かんだ。起きあがり、ベッドに腰かけた。声について思い巡らした。まさか、夢なのだろうか。

 もう一度、看守に訊ねるべきか、迷った。ひとつだけ確かなのは、夢だろうと現実だろうと、ぼくは発狂したくなかった。遠い昔、年老いた哲学者のような囚人から聞いた話が、心に残っていた。頭蓋骨の中にあるスクリーン。また、連邦刑務所で読んだ本に書かれていたことを、覚えていた。頭蓋骨の内側にいる他人。

「不吉な兆候がはじまった以上、じぶんの中の不安と戦うしかないんだ」

 声がしたとき、夢なんかじゃなかった。でも、また聞こえたら、心を守ろう。シラフのじぶんを強くたもって、バカバカしい考えを屈服させなくてはいけない。

 ここを出るまで、あらゆる瞬間に、自らの心を守る番人として立たなくてはならない。できるはずだ。番人の心を鍛えるんだ。かれは、じぶんでじぶんをトラブルに巻きこむような真似はしない。偽りの声を黙らせる。結局、現実に存在しない声なんだと、番人は知っている。

 立ちあがり、洗面器へいった。上の階から降りてくる囚人たちの足音が、入り乱れていた。顔を洗いはじめた。床に、何かがスライドし、ドン、と落ちるような音。何人かの新聞配達の少年が、ポーチに新聞を投げつけるような音。やがて、臭いがした。ふり返った。まぶたについた石けんの隙間から見た。ぼくは、ウンコの爆撃を受けていた。

 ウンコは壁にへばりつき、だらだらと垂れていた。固いやつが、足下にとぐろを巻いていた。ちぎった新聞紙でまるめたやつも。囚人たちが馬のようにいななきながら、通り過ぎた。めまいがした。大きな鉛の風船が、胸の奥で膨らみはじめた。心の番人のことを考えた。だが、かれは新人で、仕事がおそかった。ぼくは吐いた。

 何度も、何度も、くり返し叫んだ、

「よく見ろ、ただのウンコだ! ただのウンコだ! よく見ろ、怪我なんかしないよ。ただの臭いウンコだろ!」

 看守が、鼻をぴくぴくさせながら立っていた。

「うるさい!」

 ドアが開いた。熱湯が入ったバケツとブラシを受け取り、そうじした。かれは、誰がこんなことをしたのか、と質問した。ぼくは、まったくわからない、と答えた。

 正午に看守がやってきた。リロイが、どうやってウンコの爆撃手を集めたのか、説明した。奴は、パパ・トニーのときのことを持ちだし、囚人たちに、ぼくはチクリ野郎だと吹きこんだらしい。これは本当の話ぽかった。爆撃手たちは同情し、ウンコでやっつけようと励ましたという。

 リロイが5日間の刑期を終えたと聞いて、ぼくは嘆き悲しんだりしなかった。

 六ヶ月めの終わり。不安、声、無数の自殺のアイディアと、心の番人が戦っていた。

 ママの友だちから電報が届いた。危篤状態だという。医師もあきらめたらしい。でも、彼女はバウンスした。重い病だけれど、生きていた。この知らせは、タフなテストだった。

投稿者 Dada : 06:00 PM

November 25, 2005

THE STEEL CASKET 8

 7ヶ月目、とても悲しい日があった。ニューヨークに到着して2日目で逮捕された泥棒が、上の階へ収監されたんだ。夜、同じ並びの囚人に呼ばれ、本を貸してやった。しばらくして、上からぼくの名前が聞こえた。次の朝、かれは、ぼくのところへ来た。

 本当にアイスバーグなら、パーティータイムを知っているか、と訊く。イエス、と答えた。黙りこんだあと、かれはときどき、ぼくの話をしていた、と言った。一緒にハッスルしてたガキが、アイスバーグていう有名なピンプになった、って。

 パーティーは刑務所で、美しい売人の女と知りあった。で、モノにした。女は、パーティーの刑期を代わりに引き受け、犯罪から足を洗い、カタギになるよう尽くした。

 ところが、パーティーは逆ギレして、彼女の腕をヘシ折ってしまった。2ヶ月後、ヘロインをコップした。じつは、このときの売人は、彼女の親友だった。ヘロインだと思って買ったモノには、電池のアシッドが混ぜてあった・・。これを聞いて、眠れなくなった。

 不安の中で、結論を下す時がきた。ぼくは、ピンピンと麻薬にまみれてきた。いままで、こんな場所からは出たいと、本気で望んだことがあっただろうか。刑務所に入っても、何も学んでこなかったんじゃないか。心のゲームを終わらせたとき、見えてきたものは、救いようのない人生のパターンだった。

 ママの状況と、残された刑期が、この考え方に強く影響していた。さらに、年齢と、失った時間。ピンピンなんて、若い男がやるクダラナイもんだって、やっと理解したんだ。

 ぼくは、人生の半分以上を、しょうもない、危険な職業に費やしてしまった。きちんと8年間、学校にいってれば、今ごろは医者か弁護士になってた。なのに、みてみろ、確かに抜け目ない(slick)男にはなったけど、全然、賢く(smart)ない。偽札みたいな栄光のなかで40年を過ごし、まともな職歴もなければ、未来もない。カタギの客なんかより、よっぽど大バカだ。あいつらは金を取られただけ。ぼくは、バーの向こう側にある、人生を台無しにするクラブに5回も参加してしまった。

 いいピンプは、プレッシャーを操る。だが、ある日、じぶんに跳ね返ってくる。そのとき、ピンプは犠牲者となる。ぼくは、ホーたちとの駆け引きや刑務所に、ウンザリしていた。

 9ヶ月目の終わりになっていた。オフィスに面談を申し入れた。釈放される日について、異議を唱えた。11ヶ月ということになってたから。

 ここにブチこまれる前に、州刑務所に30日間、拘留されてるんだ。このままだと、1年の刑期になる。法律は、ほとんど分からないけど。でも、面談では、ここに11ヶ月いろ、といわれた。だが、これ以上監禁されて、何もかもゲロッてしまうことすら、もう怖くなかった。頭蓋骨は、完全にコントロールできていた。

 ママは、カリフォルニアでいつ死んでもおかしくない。最期の時がくる前に、行ってあげなくちゃ。ママのことを愛してるって、母親として感謝してるって、きちんと伝えなくちゃ。もう、ホーなんかどうでもよかった。ママが大事だった。ぼく自身のためと同じくらい、ママのために出所したかった。

投稿者 Dada : 06:00 PM

November 26, 2005

THE STEEL CASKET 9

 2週間くらい、独房に寝ころがっていた。ぼくは、10ヶ月で釈放されるのが合法的である、という信念を紙に書きだした。なんとなく強引な理屈も入れておいた。すべてを暗記した。ひとりぼっちで、リハーサルした。やがて、ドラマティックな抑揚と流れるようなデリヴァリーが必要だと気がついた。あと2日で、10ヶ月目が終わるという日。2度目の面談を申し込んでから、2週間。ついにオフィスへ呼びだされた。

 ナチのような男の前に立ったとき、まるでスケアクロウみたいな姿だったろうな、ぼく。ひげ面で、汚くて、ぼろぼろ。奴はシミひとつないイキフンで、ぴかぴかの机の向こうに座っていた。人を小馬鹿にしながら。ぼくは語りだした、

「警備隊長殿、職務に性急なる貴殿の態度が、わたくしの緊急なる面談の要請を、無視させていたように思われます。本日は、わたくしの合法的な拘束期限の履行という、非常に重大なイシューについてきっちりと議論させていただきたく、まいりました。
 貴殿はフェアな人間でなく、偏屈な黒人差別主義者であるとの噂がサーキュレートしておりますが、わたくしは即座に無視し、耳に入れないようにしてまいりました。貴殿のような市民的地位と知性の持ち主は、いっぽうでイルな評判と偏見を抱かれるものだという、わたくしのドグマティックなまでの信念があるからです。
 フェア・プレイの精神に基づきまして、失礼なくらい単刀直入になることをお許し願いたい。もし、明後日までに、わたくしを釈放して下さらなければ、市内に手配いたしました当方のエージェントが、わたくしだけでなく、この所内に日々、歴然と存在する多数の他の非合法的監禁、および不愉快なアクティヴィティを暴露すべく、一連のプロセスを発動いたします。
 ほぼ10ヶ月に渡って、動物のように扱われてまいりました。おかげさまで、本物の動物みたいに、目や耳が研ぎ澄まされております。求めるものは、法の精神です。論点を明瞭にします、貴殿の合法的な代理人たる看守長殿がわたくしを逮捕したのです。たとえ月面のような場所であれ、30日間拘束したのですから、当施設において、しかるべく処遇していただきたい。警備隊長殿、反論される余地は皆無に思われます。失礼なくらい真剣に、わたくしのリリースが合法的なスケジュールで履行されることを確信しております。サー、ご面談、ありがとうございました」

 かれの表情から、侮蔑が消えていった。ぼくは、ブラフじゃないと信じさせたんだ。リスクは避けたいと敵の目が語っていた。この腐った刑務所において、禁止された品目の差し入れがいかに容易であるか、奴もよく承知していた。エージェントにタコをあげることなんて、ガキの使いみたいなものさ。その夜、眠れなかった。朝、釈放の通知がきた。合法的なスケジュールで、出所することになったんだ!

- つづく -

投稿者 Dada : 06:00 PM