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November 24, 2005

THE STEEL CASKET 7

 夜、はじめて声が聞こえた。消灯していた。監舎の中は静かだった。声は、ベッドのあたまのほうにある小さな格子窓からだった。

 格子窓の向こうの通路は、いつも照明がついていた。通気口などのさまざまなパイプがある。ぼくは、手とひざをついて、小さな穴をのぞきこんだ。誰もいなかった。

 ベッドにもどった。だが、声はより大きく、はっきりと聞こえる。まるで、友だちを慰める女のように甘い。上の階の囚人たちが、からかい合っているのだろうか。

 やがて、ぼくの名前がよばれた。また身体を伏せ、格子窓に耳を近づけた。通路の角から、光があふれた。看守だ。身をよじったが、目が合ってしまった。

「おい、何をやってるんだ」

「いや、声がしたから。誰かが仕事してるのかと思って」

「おや、おや、可哀想に。もう限界かな。スリムだっけ、おまえ、発狂したな。デタラメいうのは止めろ。さっさと寝るんだ」

 だが、光がまぶたの裏に焼きつき、眠れない。リロイのことが浮かんだ。起きあがり、ベッドに腰かけた。声について思い巡らした。まさか、夢なのだろうか。

 もう一度、看守に訊ねるべきか、迷った。ひとつだけ確かなのは、夢だろうと現実だろうと、ぼくは発狂したくなかった。遠い昔、年老いた哲学者のような囚人から聞いた話が、心に残っていた。頭蓋骨の中にあるスクリーン。また、連邦刑務所で読んだ本に書かれていたことを、覚えていた。頭蓋骨の内側にいる他人。

「不吉な兆候がはじまった以上、じぶんの中の不安と戦うしかないんだ」

 声がしたとき、夢なんかじゃなかった。でも、また聞こえたら、心を守ろう。シラフのじぶんを強くたもって、バカバカしい考えを屈服させなくてはいけない。

 ここを出るまで、あらゆる瞬間に、自らの心を守る番人として立たなくてはならない。できるはずだ。番人の心を鍛えるんだ。かれは、じぶんでじぶんをトラブルに巻きこむような真似はしない。偽りの声を黙らせる。結局、現実に存在しない声なんだと、番人は知っている。

 立ちあがり、洗面器へいった。上の階から降りてくる囚人たちの足音が、入り乱れていた。顔を洗いはじめた。床に、何かがスライドし、ドン、と落ちるような音。何人かの新聞配達の少年が、ポーチに新聞を投げつけるような音。やがて、臭いがした。ふり返った。まぶたについた石けんの隙間から見た。ぼくは、ウンコの爆撃を受けていた。

 ウンコは壁にへばりつき、だらだらと垂れていた。固いやつが、足下にとぐろを巻いていた。ちぎった新聞紙でまるめたやつも。囚人たちが馬のようにいななきながら、通り過ぎた。めまいがした。大きな鉛の風船が、胸の奥で膨らみはじめた。心の番人のことを考えた。だが、かれは新人で、仕事がおそかった。ぼくは吐いた。

 何度も、何度も、くり返し叫んだ、

「よく見ろ、ただのウンコだ! ただのウンコだ! よく見ろ、怪我なんかしないよ。ただの臭いウンコだろ!」

 看守が、鼻をぴくぴくさせながら立っていた。

「うるさい!」

 ドアが開いた。熱湯が入ったバケツとブラシを受け取り、そうじした。かれは、誰がこんなことをしたのか、と質問した。ぼくは、まったくわからない、と答えた。

 正午に看守がやってきた。リロイが、どうやってウンコの爆撃手を集めたのか、説明した。奴は、パパ・トニーのときのことを持ちだし、囚人たちに、ぼくはチクリ野郎だと吹きこんだらしい。これは本当の話ぽかった。爆撃手たちは同情し、ウンコでやっつけようと励ましたという。

 リロイが5日間の刑期を終えたと聞いて、ぼくは嘆き悲しんだりしなかった。

 六ヶ月めの終わり。不安、声、無数の自殺のアイディアと、心の番人が戦っていた。

 ママの友だちから電報が届いた。危篤状態だという。医師もあきらめたらしい。でも、彼女はバウンスした。重い病だけれど、生きていた。この知らせは、タフなテストだった。

投稿者 Dada : November 24, 2005 06:00 PM