« IN A SEWER 3 | メイン | IN A SEWER 5 »

October 11, 2005

IN A SEWER 4

 ぼくは、眠ることすら出来なくなっていた。他の住人がドアをノックするたびに、刑事だと思って飛びあがった。壁の電話が鳴っていると教えに来ただけだった。ちゃんと眠れたと思ったら、悪夢だった。汗まみれの陰惨な台に、ママがぼくを縛り付けるんだ。ぼくは、また刑務所へ行くことを怖れていた。悪夢と、白昼に襲ってくる罪の意識が、頭蓋骨を痛めつけていた。

 コカインを注射するのも止めた。恐れと心配を増幅させるだけだったから。ぼくは、《トップ》がヘロインを打ったあと、どれだけ幸せそうだったかを思い出した。まるで、美しく平和な夢を見ているかのように、ぼーっとしていた。コカインの次は、ヘロインをやることになる。

 クリスマス・イヴに、クリスが訪ねて来た。クリスマスのお昼すぎまでいた。女たちのパジャマ、コロン、バスローブなんかを持ってきてくれた。彼女は、女たちにきちんと金を払っていた。

 ぼくのキッチン付ワン・ルームは、スーツケースでひしめき合っていた。高級なスーツが何着もあるのに、来ていく場所が無いんだ。完全に孤独なピンプ野郎とは、ぼくのことだった。

 たしか1月10日の真夜中、《スウィート》が訪ねて来た。かれは、ヴェルベットのメルトンのコートを脱ぎ、小さなクローゼットへかけた。その週は、氷点下10度以上の寒さだった。

 1946年の新年。数年ぶりに、新しいキャデラックが発売された。旧型となったキャデラックのために、ぼくはガレージの家賃を払い続けていた。クリスがたまに行って、エンジンをかけた。

「糞、新しいキャデラックに乗って空気を切り裂いたら、どれだけ最高だろう!」

《スウィート》が訪ねてきたのは、初めてだった。こめかみのあたりが白髪になっていた。灰色の瞳に宿した怒りは、力を弱めていた。ヘロインとストリートの荒波が、かれを酷い姿にしていた。間違いなく老人になりつつあった。かれは、ベッドのわきにあるスーツケースに腰掛けた。ぼくは横になっていた。ミス・ピーチもオバサンになっていたが、ミンクのコートと毛皮のブーツを着てゴージャスに見えた。かれは、コートと靴を脱がせた。そして、ドレッサーに置いた。彼女は、ぼくを見上げながら床に座った。

「バーグ、悪いニュースだ。警官がおまえの写真をもって聞き込みをしてるよ。必死になって探してる。ピンプの《ポイズン》が、おまえの女たちにちょっかい出してる。クリスをタイトに捕まえてないと、盗まれるぜ。彼女はここも知ってるしな。
 今夜、出ていったほうがいい。他の部屋を探すんだ。クリスや他のホーにも居場所を言うな。おれは親友だ。スウィートハート、愛してるよ、俺がおまえのステイブルの世話をするよ。
 もう追われなくて済むよう、何とかしてやるよ。とりあえず、女たちに電話するんだ。叔父さんの《スウィート》が、何週間か、おまえらの面倒をみるってさ。簡単だろ、友人」

 ぼくは、身震いしながら、しばらく横たわっていた。もし、ぼくの継父のヘンリーが、ぼくを憎んでいると言ったとしても、ここまで最悪な気分じゃなかっただろう。ぼくは確かにストリートを制したが、どうしても殺すことができなかった身内の糞野郎に傷つけられ、追い出されようとしていた。ぼくは、かれを見た。何とかして声を冷静に保ち、目に痛みを浮かべないようにした。

「ああ、《スウィート》、あんたみたいな友人を他に探そうとしたら、ビッチな時間がかかるだろうな。考えただけで、絶叫したくなるよ。ぼくの人生の話はもう十分したろ。ヘンリーが好きだったくらい、あんたのことを愛してるよ。ママよりもあんたのことを愛してるかもしれない。
 そんなことを告白したからといって、ぼくをカタギの弱虫野郎だなんて言わないで欲しい。あんたには冷血になれと教わった。この地上でぼくを傷つけられるのは、あんただけさ。ストリートの連中は、《アイスバーグ》と呼ぶ。
 奴らは、ぼくが父親のように慕ってる男にあたまが上がらないと聞いたら、大笑いするだろう。たのむから、この弱味をバラさないでくれ。あんたへの愛を殺すような真似はしないでくれ。あんたのおかげで、全員に知られしまうから。
 ぼくは発狂して、キチガイのビッチみたいに、ストリートを走り回るかもしれない。《スウィート》、一日かそこら、考えさせてくれないか。クリスは《ポイズン》なんかに奪われない。もう一回、頭蓋骨の中を整理してみるよ。たぶん、ステイブルのことは、お願いするかもしれない」

 こう話しているあいだ、かれはずっと人差し指を剣のようになったパンツの折り目に這わせていた。灰色の瞳は、スーツケースと散らかり放題の部屋を魅力的な芸術のように眺めていた。かれは息を飲み、宝石だらけの指をあごの下にあてた。

「バーグ、この部屋が、おまえの頭蓋骨をぶっ壊しちまったみたいだな。おまえを裏切るくらいなら、《スウィート》は右腕を切り落とすだろう。スウィートハート、おまえは俺にとっても、ただ一人の友人だ。糞、ハニー、おまえはこれから何百人もホーを抱えられる。俺にホーがひとりもいなくなっても。ダーリン、ホーを盗もうとなんてしないよ。何か必要なものはあるか? 今からダウンタウンへ行って、ホーをふたりばかりピック・アップするから」

「いや、大丈夫だよ。何もいらない。明日、話をしよう。もしまた何か耳にしたら、真っ先にぼくに教えて欲しい。あんたが寄ってくれて嬉しかったよ」

 ぼくは、かれの重たい足音がリノリウムの廊下を遠ざかっていくのを聴いていた。やがて、立ち止まった。音が大きくなる。戻ってきてるんだ。かれのいたスーツケースの辺りを見てみた。忘れ物は何もない。ドアを叩く音。開けてやった。ミス・ピーチを抱いていた。かれは、純金の差し歯を光らせて、今までに見たこともない笑いを見せた。

「バーグ、おまえに言うのを忘れてたよ。老いぼれの《プリティ・プレストン》が、《悪魔のねぐら》の裏の路地で凍死してたぜ。可哀想に、新聞紙にくるまってた。1週間前、ギリシア人に撃たれたんだ。焚き火の近くにばかりいて、舗道のカモを引っかけないからさ。酔っぱらいの、半分白人のバカだから、氷点下10度でも新聞紙でいけると思ったんだろうな」

 そう言うと、回れ右して歩き去った。ぼくはドアを閉め、ベッドに倒れた。3時頃、クリスから電話があった。ぼくは、次のニセ長距離電話まで待機していて欲しいと言った。《ポイズン》と、たぶんFBIが彼女に目をつけていることも。

 彼女は、そんな隙は与えないと言った。半ダースほどのビルの玄関と裏口を抜けて、ぼくのところまで来ているという。このビルにも、裏口から入ってきて、玄関から出て行っているという。ぼくのドアに来る前にも、一度、路地裏へ出たりしるらしい。

 たぶん、尾行はされてないだろう。ぼくは、とにかく安全な場所にいるよう言った。部屋からここに電話しないように、とも。ビッチの誰かが内線で聞いていたら、非常にビッチだから。

投稿者 Dada : October 11, 2005 06:00 PM