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April 05, 2005

TORN FROM THE NEST 2

 きびしい冬の時代の始まりだった。ママは、髪巻きアイロンとくしを小さなカバンに詰め込んで、おれを暖かく毛布でくるみ、冷酷な街へと仕事へでるようになった。片手にカバン、片手におれ。そして、ドア・ベルを鳴らす。

「マダム、あなたの髪をカーリーに、美しくして差し上げますよ。どうかチャンスをください。たったの50セントなんです。奥様の髪を、新しい硬貨みたいに、ピカピカにできるんですから」こんな調子で語りだすのだった。

 そうして、ふと毛布をずらし、幼いおれの大きな瞳が、相手にも見えるようにするのだった。氷点下の日の空の下、ママの腕に抱かれたおれの姿は、魔法みたいなものだった。ママは、おれと二人で生きていこうと必死だった。

 ママの新しい友だちとシカゴからインディアナポリスへ移ったのは、1924年の春ごろのことだった。ママの働いていた洗濯場が火事になったんだ。

 インディアナポリスでは仕事がなくて、六ヶ月くらいろくな物が食べられなかった。一文無しでいつもお腹はペコペコ。でも、救いの手は差し延べられた。天使みたいなニガが、おれたちの生活に入りこんできたから。

 彼は、しなやかで美しいママと出会うと、すぐに恋に落ちた。名前は、ヘンリー・アップショウ。いま思うと、ヘンリーがママのことを愛したのと同じくらい、おれは彼のことが大好きだった。

 インディアナポリスの親戚に会いに来ていた彼は、イリノイ州ロックフォードにある、自分のクリーニング屋へおれたちを連れて帰った。ロックフォードの下町でニガのやるビジネスなんて、クリーニング屋しかないんだけど。

 ニガなんてずっと抑圧されてるけど、あのころの彼みたいな立場のニガって、いちばん最低だったし、苦労したんじゃないかな。

 ヘンリーは、信心深くて、志が高くて、いい人間だった。やさしい人だった。いまでもこんな風に考える。もし、ヘンリーと別れることがなかったら、おれの人生は、どんなだっただろうかと。

 彼は、ママを王女のように扱った。彼女が欲しがったものはみんな手に入れてあげた。流行の服を着たママは、すっかりイケてる女の人になった。

 毎週、日曜日に、磨きあげられた黒のドッジに乗って、三人で教会へ行った。清潔でいい感じの服を着たおれたちが廊下を歩くと、みんなが注目したよ。

 ニガの弁護士や物理学者なんてめずらしいけど、それくらい注目された。

 ママはそこらの市民会館じゃセレブリティだった。おれたちは、生まれて初めて、いい暮らしを手に入れることができたのだった。

投稿者 Dada : April 5, 2005 06:35 AM