October 14, 2005
AWAY FROM THE TRACK 1
こうしてぼくは、中央刑務所に収監された。夜明けごろ、看守がバスケットに入ったボローニャ・サンドイッチを鉄格子の下から差し入れた。しばらくして、別の看守が黒い腐ったチッコリーをバカでかいバケツごともってきた。不味そうなので、パスしたよ。
小さな監房は、人間が2人もいれば狭く感じる広さだった。そこに8人いた。ぼくは、コンクリートの床に寝ころんでいた。丸めたコートを枕がわりにして。帽子のおかげで、通路の天井に剥き出しになっている電球の明かりを避けていた。
他の奴らは、浮浪者とジャンキーだった。2人は病気だった。そこらじゅうにゲロを吐くんだ。浮浪者は臭くて、ジャンキーに負けず劣らずウザかった。隣に寝ている酔っ払いは、人差し指で頭皮をずっと引っ掻いてるんだ。背中を床に擦りつけてるし。シラミがたかってるんだ。ピンプにとっては、せちがらい状況だったよ。
ぼくは思っていた、「1年前、ぼくがこんな糞部屋にぶち込まれるなんてだれかが予言したら、アホかと思っただろうな。あー。クリスに何もないといいんだけど。置いてきた金と服にかんして、あの子だけが信頼できる外の世界とのつながりだから。
たぶん、電話してもぼくが出ないとわかったら、彼女はあの部屋の全てを引き払うだろう。ここが州刑務所じゃなくてよかった。ここなら、賄賂をわたせば面会もできる。裁判所が移送の命令を出す前に、彼女がもろもろ片づけてくれるといいんだが」
9時になると、看守がやってきてぼくの名前を呼んだ。ドアまでいった。格子ごしに、かれは厳重にぼくを拘束した。そしてドアを解錠。かれのあとについて、通路を歩いていった。
強化ガラスに会話用の穴が開けられている場所まで来た。向こう側に、クリスがいた。泣いている。彼女を責めるつもりはなかった。いっしょに泣きたいくらいだった。身をかがめ、穴に口を近づけた。彼女は耳をよせた。
「ベイビー、泣かないで。ダディの勇敢なビッチでしょ。いいね。じゃ、聞いて。持ち物係にいる警官に20ドルくらい渡して、あの部屋の鍵をとってきて欲しいんだ。
で、緑のトレンチ・コートがあったでしょ。あれの袖に金を隠してあるから、回収して。安全なデポジット箱を借りて。荷物はきみのホテルの部屋に運んでくれ。たぶん、ウィスコンシンに連れていかれると思う。チビのビーフについて取り調べを受けることになる。
そこで、保釈金が決まるんだ。向こうで腕のいい弁護士を雇うよ。ベイビー、連絡を取り合うんだ。ぼくがウィスコンシンに到着する1日前には先に行っていて欲しいんだ。金が必要だからさ。弁護士にも、保釈のときも。わかるだろ、シュガー、いったん保釈されたら、ステイブルを復活させて、立て直しを図るよ」
穴から口を離し、今度は耳を近づけた。
「ダディ、何でも言われたとおりにする。わかった、新しい部屋の鍵を受け取ってくるよ。どこに引っ越したの? てっきり、あそこで電話を待っててくれると思ってたのに」
話が噛み合っていなかった。たぶん、あまりのストレスと苦痛で、あたまがクラック・アップしたんだ。ぼくは逮捕される前に引っ越したのか? あたまを上げ、彼女を見てみた。不思議そうな目。人差し指を穴に当ててみた。いや、引っ越してないはず。このセオリーを試してみる決意を固めた、
「クリス、何いってんの! 引っ越してないよ! 荷物は全部、あのウェスト通りの部屋に置いてあるよ。なあ、ガール、ダディの好きな冗談を言ってる場合じゃないんだよ。ノックしても、ダディがいなかったんだろ? 当然さ、ここにいたんだから」
「ダディ、ノックしてないよ。ドアが思いっきし開いてたの。トランクもスーツケースも、全部なくなってたの。ヘアブラシだけが落ちてたの。だから、お財布に入れてもってきた。ダディ、もうワケがわかんないよ。あたまが変になるよ」
憎しみをこめて彼女を見た。彼女は、大きく目を見開いてこちらを見ていた。
ぼくは思った、「《ポイズン》か《スウィート》だ。裏切り者のビッチを盗んだんだ。ハメられてる。どっちかがビッチに演技させてる。こいつは糞ったれの女優だ。この純粋ぽい目を見たら、看守でも騙されるだろう。チビよりもムカつく。手がだせたら首を絞めてる。舌があごまでダラリと垂れて、みるみる黒く変色していくところを見てやりたいよ。
でも、ムリだし。もういいよ。《アイスバーグ》でいよう。あいつ、必死だったよ、とか報告されたら余計ムカつくし。この女と新しい彼氏にネタにされたくないや」
回れ右をして、彼女から歩き去った。通路の向こうに、こちらに背中を見せて看守が立っていた。すぐに監房に戻されるほど近くにいなかったのがラッキーだった。20フィートほど歩いたとき、ある考えが頭蓋骨に爆発したんだ。
「あいつだ、痩せっぽっちのビルの使用人だ、痩せっぽっちのビルの使用人だ、逮捕されるとき見ていた男だ! あいつが速攻、部屋の鍵をこじ開けたんだ。やばい、クリスとちゃんと話して、ぼくらのゲームを仕掛けないと。もし、ぼくが彼女を疑ったことに気づかれたら、今度こそ別れることになる。マジであの子しかいないのに!」
すぐに引き返した。彼女は、まだ立っていた。さっきより激しく泣いている。ガラスに口を近づけ、ぼくは言った、
「クリス、逮捕されたとき、あのビルの男が見ていたんだ。そいつが全部もってったはず。ベイビー、ぼくたち、いつもいっしょにいただろ、だから、きみがあの部屋にいてくれたら、何も盗まれずにすんだのに、とか、あり得ない考えが浮かんだんだ。きみは何も悪くない。こうして離ればなれになってるのは、ぼくのせいだ。ちくしょう、早く終わらせないと。この街の弁護士に、50ドルくらい渡してやって。キャデラックを売るために必要な書類を揃えて、州刑務所まで来させて。車のスリップも持ち物係のところにあるから。財布に入ってる。あれを売れば、2500ドルくらいになるだろう。その金プラス、きみが稼げるだけ稼いで、ウィスコンシンまでもってきてくれ」
投稿者 Dada : 06:00 PM
October 15, 2005
AWAY FROM THE TRACK 2
ぼくは、ウィスコンシンに移送された。クリスは3000ドルをもって来てくれ、州刑務所の口座に振り込んでくれた。
ママも面会に来た。彼女は、ぼろぼろになっていた。ぼくが政府から50年の禁固刑をくらうと思いこんでいた。
ヒアリングの結果、保釈金は20000ドルに設定された。保証人が立て替えた。かれに2000ドルの手数料を払った。州でいちばんの弁護士を雇い、1000ドルを支払った。
クリスとぼくは、ストリートに戻った。4ヶ月が保釈期間だった。そのあいだに、2人の新人ホーと3人の年季の入ったホーをコップした。1ヶ月以上もった女はいなかった。
みんな、ぼくが置かれている状況を知っているのだった。女たちは、ヘビに食われるカエルを太らすようなことはしないんだ。《スウィート》ともほとんど会わなかった。もう、かれを友人だと思わないようになっていた。ぼくは転落していくだけのピンプだった。《ポイズン》がナンバーワンになった。
いくら稼いでも、すべて弁護士の費用に消えていった。そうしなくてはいけなかった。裁判の延長手続きを何度もやっていたから。でも、ついに法廷に立つことになった。チビのビッチとオフェーリアが証人として来ていた。彼女たちは、怖ろしくてぼくを見るのをためらっていた。ぼくは、政府にとってあきらかに矯正すべき人間だった。
懲役18ヶ月の判決が下ったとき、ふたりのビッチは笑っていた。ママは気を失った。クリスはワーワー泣いた。まあ、たしかに弁護士の腕はよかった。告発された罪状だと、10年くらってもおかしくなかったからさ。クリスは、ストリートへ戻っていった。彼女は、ぼくが出てくるまで待っていると誓った。
リーヴンワース刑務所は、政府がA級刑務所と名付けている施設だった。巨大で、脱獄は不可能になっていた。偉大な精神科医たちによって運営されているということだった。看守はぜんぜんキツイノリではないんだ。その必要がないんだ。鉄格子以上にキツイ、目に見えない精神的な足かせが用意されているから。アルカトラズ刑務所という言葉が、連中がときどきちらつかせる切り札だった。
投稿者 Dada : 06:00 PM
October 17, 2005
AWAY FROM THE TRACK 3
囚人たちのクリックがたくさんあった。もっとも危険なクリックは、南部の囚人たちだった。とにかく黒人が嫌いなんだ!
ぼくは、他の刑務所から来た囚人の情報も知っていた。ピンプ、麻薬の売人、強盗なんかが集まる場所によく顔をだしていた。
夜の10時くらいまで、囚人たちのための新聞や雑誌なんかを、交換してまわるのが仕事だった。いつのまにか、6ヶ月がすぎていた。あるとき、ピンプの友人がいる監房のまえに立ち止まると、かれは鉄格子をつかんで興奮していた。《トップ》が黄色くなった感じの男だった。みんなは《ドール・ベイビー》と呼んでいた。
「バーグ、おまえ、あのかわいいビッチ、俺にはムリだって言っただろ。ところが、今朝、あいつが俺に話しかけてきたぜ? 靴の売り場にいるんだってよ。もうセックルする場所も見つけてある。
だからいったろ、あの子と付きあってるお尻の四角いペッカーウッド野郎なんか、相手にならないんだよ。あのビッチ、400ドルはもってる。今週の配給で俺にいろいろ買ってくれるとさ。ストリートにいようが、ムショにいようが、《ドール・ベイビー》は同じようにピンピンしてますよ」
このビッチは、ぼくも見たことがあった。かれは、ひょろ長い白人の少年。うるんだ青い瞳とブリーチされた絹のような髪。デブの赤ら顔の南部出身の奴が完全にホレていて、ときどき運動場でこの少年を抱きながら、ニキビをつんつんしていた。この男、みんなに怖れられていた。危ない南部の囚人たちのリーダーだったから。
「ドール、やめとけよ。あの彼氏、ミシシッピ出身だぜ。おまえ、運動場で心臓をえぐられるよ。悪いこといわないから、あと1年くらいで出所だろ」
次に運動場で《ドール》とビッチをみたとき、かれらはお金をやりとりしながらクークー笑いあっていた。ドッジボールとかまったく見てないんだ。ゲームが終わると、デブの南部野郎と取り巻きが《ドール》のいちゃいちゃを邪悪な目でチェックしはじめた。そのとき、ぼくは50ヤード離れたところにいた。
何百人もの囚人たちが洗濯場から行進してきて、運動場で遊ぼうとしていた。急に《ドール》が大きく手を広げ、叫び声をあげたと思ったら、消えた。灰色の影が動いた。見ると、3人の看守がかれを取り囲んでいる。うつ伏せに倒れ、口から血を吐いていた。ジャケットには、ぱっくりと赤い穴が空いていた。
聞くところによると、奴は一命をとりとめたが、長いこと昏睡状態だったみたい。残りの刑期をビッチなしで過ごしたそうな。
ぼくはといえば、クリスからの送金も連絡も途絶えていた。寝台列車のポーターと結婚したという噂をきいた。赤ちゃんもいるらしい。旦那になった男、あいつがどれだけのボス・ビッチだったか、絶対知らないんだろうな、と思った。
投稿者 Dada : 06:00 PM
October 18, 2005
AWAY FROM THE TRACK 4
ある朝、ぼくは健康診断のために行進していた。道路の向こう側にいる囚人たちは、作業にむかうところだった。すると、暗い表情をしたひとりの囚人が、何かを振りあげるのを見た。太陽の光の下でキラリと光った。ナイフだ。そして、他の囚人に振りろおした。やがて、殺してしまった。看守が駆けつけてきて、すぐにマサカリ野郎をどっかに連行していったのだった。
ぼくは、あと2ヶ月で出所だった。あるとき、《スウィート》を知っているというパスポート偽造罪の老人とお喋りをした。強盗を働く奴らをやり玉にあげ、奴らがピンプや詐欺師とくらべて、どれだけあたまが悪いか、盛りあがっていた。大声で話していた。4階を担当している夜勤の看守が、1階まで降りていったことを確認していたから。
「いや、ほんと、強盗はアホだね。アホな男がタバコ屋の前を通るだろ、したら、店主がレジの金を数えてる。すると、もう馬鹿げた考えがフラッシュしちゃうんだ。
『あ、俺の金!』
泥棒野郎は、店内に入ってくる。ところが、店主はむかしアクロバットをやってたか、元海兵ばりの空手の達人なんだよ。野郎はアホだから、勝ち目がないことに気付いてない。世の中には何十億という人がいるってことも考えたことがない。だれに殺されてもおかしくないのに。ということで、男は手に棒を握りしめたまま、ストリートに叩きのめされる。あはは、強盗する奴はアンダーワールドの中でもいちばんキチガイだね」
老人は賛成し、ぼくは下の階へむかって歩きだした。すると、隣の房から「シーッ」という不気味な息づかい。新しく移送されてきた囚人が、鉄格子を握りしめて立っていた。ネズミみたいな顔をした痩せた人。ぼくは立ち止まった。ぼくを見て、せせら笑っている。腕に力をこめて、バーをへし曲げようとしている。
「おま、おま、おま、シラミ、だ、だ、だらけの、ピ、ピ、ピンプ、この野郎、お、おま、マンコ、な、舐めてる、ピ、ピンプめ、生きては、で、出られないと思え」
ぼくは、急いで下へ降りて、仲間に聞いてみた。
「あー、バーグ、あいつを怒らせた? ルイスバーグでひとり殺してるんだよ。50年くらってる。有名な強盗だよ。気をつけたほうがいいぜ。精神病院いってもおかしくないくらい危ないから」
なんてことがあって、1週間後、看守がまた健康診断の召集をかけた。ぼくは、監舎の敷石に立っていた。モップとワックスをかける前に、タバコでも吸おうと火を点けた。
なんか、上のほうから興奮した声がした、
「上を見ろ! バーグ」
見上げると、体が凍った。何かの影がまっすぐに落下してきたんだ。黒い稲妻みたいに。シャツの肩をかすめたとき、「ヒューッ」という音が聞こえた。1ダースのシンバルを鳴らしたような音をたてて、敷石に直撃。見下ろすと、鉄製のモップ絞り器が3つに割れていた。石も粉々になり、ロールシャッハ・テストの模様みたいになっている。精神科医が診断するインクの染みみたいに。
この刑務所の精神科医なら、なんていうかな、などと考えていた。あいつ、けっこう、当たってるから。1ヶ月前、ぼくにこう言ったのだった、「ピンプは心の底で母親を憎んでいる。同時に、シビアな罪の意識をもっている」
上を見た。ネズミ顔の強盗の笑い顔が見下ろしていた。こいつ、4階から下をチェックしていたんだ。ぼくの頭蓋骨に爆撃するために、健康診断の号令があるまで待っていたんだ。ロールシャッハ・テストの結果は簡単だった。ネズミ顔の強盗はピンプを殺すのに罪の意識なんて感じない、ってこと。その夜、ぼくは叫び声を上げて危険を知らせてくれた囚人に、タバコをあげた。
爆撃野郎は、独房送りになった。2週間後、こんどは別の囚人をナイフで刺そうとした。ということで、奴はアルカトラズ刑務所に送られた。それを聞いて、やっぱり、エクスタシーを感じました。
投稿者 Dada : 06:50 PM
October 19, 2005
AWAY FROM THE TRACK 5
ぼくは、2度目のときと同じくらい、たくさん本を読んだ。精神医学、心理学、精神神経学・・・難しいのを読んだ。のちに、鉄の棺桶に閉じこめられて1年くらい白人たちに踏みつけられたとき、自分自身をカウンセリングするのに役立った。
ついに、出所することになった。1947年の早春。ママのところに1週間くらいお世話になったあと、再び街へ戻った。
60ドルと、刑務所でもらった服しかなかった。保釈中に買ったスーツはクリスにもっていかれた。たぶん、ポーターのダンナはぼくと同じサイズだったんだろう。スーツがないからって、《ディック・トレイシー》みたいな恰好はしなかった。
《スウィート》は、まだペントハウスに住んでいた。ホーは3人になっていた。《ポイズン》は、ベタな過ちを犯していた。カタギの白人女をホーにして、尻を蹴りまくっていたんだ。ダウンタウンのお偉方も、いい加減ブチ切れた。警察をクビになり、ホーはひとりになった。この女からだけ金をせびる、ダメピンプになった。
ぼくは、1週間ごとに契約を更新するアパートを借りた。ビルの管理人にチクられ、そいつに金と服を全部パクられた部屋と同じスラムの区画だった。ぼくにはフラッシュもグラマーもなかった。ピンプとして全然イケてなかった。運に見放された負け犬ピンプ、それだけだった。ホーが欲しくて、欲しくて、しょうがなかった。
ピンプの人生では、過去は何の価値もない。今日、何をしているのかがすべてだ。ピンプの名声なんて、たいまつの下の氷みたいにあっというまに溶けて失くなる。若くて美しいホーは、いま、輝いているピンプが好きなんだ。カッコつかないピンプなんて、相手にしてもらえない。ピンプのクローゼットは、スペクタクルでなきゃいけない。車は高級で、テカテカでなきゃいけない。ふたたびピンピンするために、ぼくは、そんなカマシ・アイテムを手に入れなくてはならなかった。
- つづく -
投稿者 Dada : 06:00 PM