October 07, 2005

IN A SEWER 1

 コカインをキメ、《スウィート》に電話すると、チルした考えが浮かんできた。

「いま、ぼくには、5人のホーがいる。悲惨なプレストンが《スウィート》に裏切られ、廃人にされた時と同じ数だ。もしかしたら、あの人はぼくを裏切り、女たちを盗もうとしてるのか? かれは、この場所も知っている。ぼくをハメることなんて、受話器を取るくらい簡単だ。《スウィート》は、ぼくを息子のように愛していると誓ったのに。
 この7年間、ストリートの荒波に揉まれたことで、ひとつ、わかったことがある。ピンプにとっては、ホーを手に入れることが、何よりも重要なんだ。ぼくが身を潜めているあいだ、女たちにこの頭が痛いシチュエーションを秘密にしておかなくては。《スウィート》が手をさしのべるチャンスを与えては駄目だ。かれにステイブルを操作されたらビッチだ。クリスをボトム・ビッチにしておいてよかった。
 マジで、このプレッシャーは頭蓋骨にネジを入れられてるみたいだ。《スウィート》は、ぼくを裏切らない。どんなホーよりもかれを大切な友人だと思わなくては。
 逃げまくって、どっかの街で店でもやろう。なんで連邦警察なんだよ。なんで州警察じゃないんだよ。ストリートでは一回しか逮捕されたことないのに。金を払ってゴマカしたのに。
 FBIってほんと、バカみたいに天才だから。やっぱりこの街にいて、人混みに紛れていよう。
 チビのビッチはホーなんだから。新しいピンプがあいつを殺すだろう。そうしたら、FBIの事務所まで行って、お尻にキスしてもらえばいいんだ。チビさえいなければ、目撃者がいないことになるんだから。
 州の外へ出稼ぎにいくとき、チビはいつもオフェーリアを連れていた。ぼくはチビに交通費を渡し、指示を出していたんだ。オフェーリアには何も言っていない。チビがオフェーリアを連れ回していたんだ。あの女は、本当はチビのビッチということなんだ。
 このネズミの巣にいればいい。さすがのFBIも、優秀なピンプが下水道みたいな場所にいるとは、思わないだろうから」

投稿者 Dada : 06:30 PM

October 08, 2005

IN A SEWER 2

 1945年12月になっていた。戦争は終わっていた。世界は血塗られた傷口を舐めていた。麻薬とピンプ・ゲームが、ぼくの可愛い顔を変えてしまっていた。髪が薄くなってきていた。ぼくは28になろうとしていたが、見た目は40だった。

 7年間、ぼくは「ピンプの本」を学ぶことにすべてを費やしてきた。司祭になることを欲して止まない僧侶のような情熱で、それに従事してきた。ぼくは、黒い神のように考え、行動してきた。

 だが、そのぼくが、今はキッチン付きのワンルームに引き籠もっているんだ。古めかしい二階建てのビル。建物の裏手にある1階の十号室。夜、廊下を歩いていると、ネズミどもが囁きながら路地裏から侵入してきた。蝶番の壊れたドアの下から入ってきた。

 ぼくの頭蓋骨には、漠然と不安になるような疑問がうずまいていた。もしかして、ぼくは神のイミテーションですらないのか? そんなことがあり得るのか? たぶん、ぼくは3度目の刑務所行きを待つだけの、しがない黒人ピンプでしかないんだ。

 ステイブルのホーの中で、クリスだけが訪ねてきた。いっしょにコカインを注射するのだった。ぼくがどれだけ不安なのか、彼女には悟られないようにした。神が頭痛のタネを抱えてるなんて。

 他のホーには、ぼくがこんな惨めな場所にいることをおしえなかった。まったく、神がカタギの糞野郎として生きていけるわけないだろ? クリスはすべてを知っていた。クリスにとっては、神のオナラはまだ、バラの香りがするのだ。ぼくは、彼女とスムースなシステムを開発した。いくら最高のピンプでも、やっぱりホーと個人的なコンタクトを取らなくてはならないから。

投稿者 Dada : 06:00 PM

October 10, 2005

IN A SEWER 3

 システムは単純で、しばらくのあいだ、効果的に作用した。クリスとぼくは廊下にでて、壁の電話のところへ行く。彼女がステイブルの部屋に電話する。だいたい、朝の3時か4時だった。

 女たちのひとりが電話にでる。クリスが、長距離電話のオペレーターのふりをした。彼女がそういう才能をもっていることは、偶然とはいえラッキーだった。女たちは気付かなかった。クリスとぼくは、ニューヨークやボストン、フィラデルフィアからの電話だと信じ込ませていた。

 電話にでると、ひとりひとりに話しかけた。四つのベッドルームすべてに回線を引いてあったから。一回の電話で全員と話し、ゲームをタイトにすることができた。

 たしか、最初の電話はニューヨークからということにした。全員が受話器を取るのに、1分ほどかかったと思う。

「えっと、ガールズ、ダディのことが恋しいのは知ってるよ。みんなこう思ってるんだね、ダディはいつ、この街に帰ってきてくれるのかしら? 神様! たまには自分の男と会いたいホーたちのことを、あの人は忘れてしまったの? いや、あたしたちは試されてるのよ。ストリートでとにかくハンプしなくちゃ。クリスにお金を渡して、かれにチェックしてもらうのよ。もう、ホーを無視することが、そんなに楽しいのかしら? なんてな。ガールズ、ダディは必ず戻ってくるよ。当たり前さ。100万ドルの秘密を教えてあげよう。口にボタンをかけてくれ」

 クリスがすかさず割り込んだ、

「3分経ちました、このまま話し続けるなら、プッシュしてください」

 ぼくはつづけた、

「チミたちは、世界でいちばん幸運なホーだ。ダディは、白人の彫金師と知り合ったんだ。かれは政府のために働いていた。じつは、仕上げたばかりのプレートを入手したんだ。そして、誰も見たことのない美しい100ドル札を300枚、偽造した。完璧だよ。政府でも見分けはつかない。
 いま、ある問題が発生してるけど、1年も経てば解決するよ。したら、政府のしらないところで紙幣を印刷する。その白人の友だちは、紙の作り方も知ってるから。クールにやる。旅をして、インクその他、必要なものも必ず手に入れるつもりさ。いくつかは入手困難だろうが、100万ドルのためなら、あきらめるわけないだろ? 紙ができ次第、数百万ドルくらいプリントします。
 そして、世界でただひとりの100万ドルの金持ちピンプになって、街へ凱旋するつもり。チミたちのために、ハワイにビーチとマンションを購入しよう。お金がなくなったら、また刷ればいいだけだから、心配しないで。
 だから、おとなしく留守番してね。そして、お金を稼いでね。そうだ、クリスは1時間ほど前にタクシーで空港へ向かったから、たぶん2、3時間でそっちへ帰る。彼女に、例の紙幣のサンプルを渡しておいたから、それぞれ好きに使ってくれ。どこで使ってもいい。銀行に預けてもいい。ダディを信じろ、完璧だよ」

 電話を切った。このストーリーで、全員を興奮させることに成功した。さよならのコーラスから、それを感じ取った。クリスに、白人の天才がシリアルナンバーを変える技術も開発した、と付け加えるよう言っておいた。刑事から追われないようになったら、この話をどう終わらせるのか、ぼくにはわかっていた。

 一生、ひっぱりつづけることもできる。天才が他の容疑で逮捕された、とか。あいつが出所するまで待たないとだから、とか。工場がどこにあるか、あいつだけが知ってるから、あいつが服役中に殺されてしまったから・・。

 翌日、クリスが電話してきた。ホーどもは浮き足だっていたらしい。一晩中、偽札の話でもちきりだったらしい。ぼくは、ずっとステイブルを抱えていられそうだった。天才だと思った。

 それから、ホーどもに電話するたびに、ぼくと白人の天才は偽札造りの重要なアイテムを入手していった。もうそれほど時間はかからないと言ってやった。《スウィート》が、ぼくは金持ちのカタギのビッチから大金をせしめて西海岸にいる、という噂をストリートに広めてくれた。

投稿者 Dada : 06:00 PM

October 11, 2005

IN A SEWER 4

 ぼくは、眠ることすら出来なくなっていた。他の住人がドアをノックするたびに、刑事だと思って飛びあがった。壁の電話が鳴っていると教えに来ただけだった。ちゃんと眠れたと思ったら、悪夢だった。汗まみれの陰惨な台に、ママがぼくを縛り付けるんだ。ぼくは、また刑務所へ行くことを怖れていた。悪夢と、白昼に襲ってくる罪の意識が、頭蓋骨を痛めつけていた。

 コカインを注射するのも止めた。恐れと心配を増幅させるだけだったから。ぼくは、《トップ》がヘロインを打ったあと、どれだけ幸せそうだったかを思い出した。まるで、美しく平和な夢を見ているかのように、ぼーっとしていた。コカインの次は、ヘロインをやることになる。

 クリスマス・イヴに、クリスが訪ねて来た。クリスマスのお昼すぎまでいた。女たちのパジャマ、コロン、バスローブなんかを持ってきてくれた。彼女は、女たちにきちんと金を払っていた。

 ぼくのキッチン付ワン・ルームは、スーツケースでひしめき合っていた。高級なスーツが何着もあるのに、来ていく場所が無いんだ。完全に孤独なピンプ野郎とは、ぼくのことだった。

 たしか1月10日の真夜中、《スウィート》が訪ねて来た。かれは、ヴェルベットのメルトンのコートを脱ぎ、小さなクローゼットへかけた。その週は、氷点下10度以上の寒さだった。

 1946年の新年。数年ぶりに、新しいキャデラックが発売された。旧型となったキャデラックのために、ぼくはガレージの家賃を払い続けていた。クリスがたまに行って、エンジンをかけた。

「糞、新しいキャデラックに乗って空気を切り裂いたら、どれだけ最高だろう!」

《スウィート》が訪ねてきたのは、初めてだった。こめかみのあたりが白髪になっていた。灰色の瞳に宿した怒りは、力を弱めていた。ヘロインとストリートの荒波が、かれを酷い姿にしていた。間違いなく老人になりつつあった。かれは、ベッドのわきにあるスーツケースに腰掛けた。ぼくは横になっていた。ミス・ピーチもオバサンになっていたが、ミンクのコートと毛皮のブーツを着てゴージャスに見えた。かれは、コートと靴を脱がせた。そして、ドレッサーに置いた。彼女は、ぼくを見上げながら床に座った。

「バーグ、悪いニュースだ。警官がおまえの写真をもって聞き込みをしてるよ。必死になって探してる。ピンプの《ポイズン》が、おまえの女たちにちょっかい出してる。クリスをタイトに捕まえてないと、盗まれるぜ。彼女はここも知ってるしな。
 今夜、出ていったほうがいい。他の部屋を探すんだ。クリスや他のホーにも居場所を言うな。おれは親友だ。スウィートハート、愛してるよ、俺がおまえのステイブルの世話をするよ。
 もう追われなくて済むよう、何とかしてやるよ。とりあえず、女たちに電話するんだ。叔父さんの《スウィート》が、何週間か、おまえらの面倒をみるってさ。簡単だろ、友人」

 ぼくは、身震いしながら、しばらく横たわっていた。もし、ぼくの継父のヘンリーが、ぼくを憎んでいると言ったとしても、ここまで最悪な気分じゃなかっただろう。ぼくは確かにストリートを制したが、どうしても殺すことができなかった身内の糞野郎に傷つけられ、追い出されようとしていた。ぼくは、かれを見た。何とかして声を冷静に保ち、目に痛みを浮かべないようにした。

「ああ、《スウィート》、あんたみたいな友人を他に探そうとしたら、ビッチな時間がかかるだろうな。考えただけで、絶叫したくなるよ。ぼくの人生の話はもう十分したろ。ヘンリーが好きだったくらい、あんたのことを愛してるよ。ママよりもあんたのことを愛してるかもしれない。
 そんなことを告白したからといって、ぼくをカタギの弱虫野郎だなんて言わないで欲しい。あんたには冷血になれと教わった。この地上でぼくを傷つけられるのは、あんただけさ。ストリートの連中は、《アイスバーグ》と呼ぶ。
 奴らは、ぼくが父親のように慕ってる男にあたまが上がらないと聞いたら、大笑いするだろう。たのむから、この弱味をバラさないでくれ。あんたへの愛を殺すような真似はしないでくれ。あんたのおかげで、全員に知られしまうから。
 ぼくは発狂して、キチガイのビッチみたいに、ストリートを走り回るかもしれない。《スウィート》、一日かそこら、考えさせてくれないか。クリスは《ポイズン》なんかに奪われない。もう一回、頭蓋骨の中を整理してみるよ。たぶん、ステイブルのことは、お願いするかもしれない」

 こう話しているあいだ、かれはずっと人差し指を剣のようになったパンツの折り目に這わせていた。灰色の瞳は、スーツケースと散らかり放題の部屋を魅力的な芸術のように眺めていた。かれは息を飲み、宝石だらけの指をあごの下にあてた。

「バーグ、この部屋が、おまえの頭蓋骨をぶっ壊しちまったみたいだな。おまえを裏切るくらいなら、《スウィート》は右腕を切り落とすだろう。スウィートハート、おまえは俺にとっても、ただ一人の友人だ。糞、ハニー、おまえはこれから何百人もホーを抱えられる。俺にホーがひとりもいなくなっても。ダーリン、ホーを盗もうとなんてしないよ。何か必要なものはあるか? 今からダウンタウンへ行って、ホーをふたりばかりピック・アップするから」

「いや、大丈夫だよ。何もいらない。明日、話をしよう。もしまた何か耳にしたら、真っ先にぼくに教えて欲しい。あんたが寄ってくれて嬉しかったよ」

 ぼくは、かれの重たい足音がリノリウムの廊下を遠ざかっていくのを聴いていた。やがて、立ち止まった。音が大きくなる。戻ってきてるんだ。かれのいたスーツケースの辺りを見てみた。忘れ物は何もない。ドアを叩く音。開けてやった。ミス・ピーチを抱いていた。かれは、純金の差し歯を光らせて、今までに見たこともない笑いを見せた。

「バーグ、おまえに言うのを忘れてたよ。老いぼれの《プリティ・プレストン》が、《悪魔のねぐら》の裏の路地で凍死してたぜ。可哀想に、新聞紙にくるまってた。1週間前、ギリシア人に撃たれたんだ。焚き火の近くにばかりいて、舗道のカモを引っかけないからさ。酔っぱらいの、半分白人のバカだから、氷点下10度でも新聞紙でいけると思ったんだろうな」

 そう言うと、回れ右して歩き去った。ぼくはドアを閉め、ベッドに倒れた。3時頃、クリスから電話があった。ぼくは、次のニセ長距離電話まで待機していて欲しいと言った。《ポイズン》と、たぶんFBIが彼女に目をつけていることも。

 彼女は、そんな隙は与えないと言った。半ダースほどのビルの玄関と裏口を抜けて、ぼくのところまで来ているという。このビルにも、裏口から入ってきて、玄関から出て行っているという。ぼくのドアに来る前にも、一度、路地裏へ出たりしるらしい。

 たぶん、尾行はされてないだろう。ぼくは、とにかく安全な場所にいるよう言った。部屋からここに電話しないように、とも。ビッチの誰かが内線で聞いていたら、非常にビッチだから。

投稿者 Dada : 06:00 PM

October 12, 2005

IN A SEWER 5

 次の日の午前1時に《スウィート》から電話があった。隣の部屋の住人が受話器を取り、ぼくのドアをノックした。オーバーコートを着て廊下へ出ると、外は氷点下の気温だった。

「バーグ、《ポイズン》がおまえの若いビッチを盗んだぜ。フェイだ。あの女がおまえの致命的な秘密を知ってないといいんだが。さあ、居場所を変えろ。また連絡する」

 切れた。とりあえず戻り、ベッドに寝た。

「《ポイズン》はビッチにクイズをだすだろう、したら、例の偽札造りの話が漏れるだろう。自分のゲームをタイトにするために、奴はそんな話は嘘だと彼女の目を覚ますに違いない。ぼくが本当はこの街に隠れていることも、ぶちまけるだろう。
 クリスだけが頼りだ。彼女がいなかったら、1時間でひとりぼっちになってた。残りのステイブルをアンダーグラウンドに連れて行くためにも、彼女の助けが必要だ。追っ手がせまったら、ぼくだけ街を出ることも考えなくては。そのあと、すぐにステイブルに後を追わせよう。
 他の3人のホーもあっというまにもってかれるな。奴に本当のことを知らされたら、ぼくの女でいることなんてしょっぱくてしょうがないから。クリス、急いでくれ、連絡してくれ」

 午前3時、クリスから電話。ぼくはパジャマのまま電話に走った。話しながら、ほとんど凍え死にしそうだった。

「ダディ、部屋からかけてるの。《ポイズン》が、フェイと彼女の服をもって行ったよ。あいつ、ファミリー全員にあたしたちが仕掛けたゲームをバラしたわ。ドット、ローズ、ペニーはあいつのところへ行くって。泣きながら荷造りしてる。引き止められない。彼女たち、あたしを憎んでるから。奴はあたしのベッドルームにも来た。もう自分の女になったみたいな態度だったわ。ピストルがあったら、撃ち殺してたよ。
 こう言われたの、『ミス・ビッチ、あのニガーは終わったよ。おまえが最後のホーだ。おまえみたいに美しいビッチが、自分しか女がいないようなピンプと一緒にいるわけないよな。フェイをコップしたから、俺のホーは8人になった。俺はゲームの中にいる。ひとりのホーも手放さない。この街で最高のピンプになったんだ。おまえは、この街で最高のホー。おまえが自分の男として選べるピンプは、俺しかいないんだよ。ビッチ、来い、8人のステイブルの女王にしてやるよ。服をまとめろ、フェイと一緒に来るんだ。《アイスバーグ》は刑務所行きだぜ?』
 ダディ、どうしよう。《ポイズン》はここに戻ってくるわ、あたしをレイプすると思う。ホント、どうしよう。絶叫して、そのまま独房に入っちゃいそうだよ」

 裏口のドアの下の隙間から吹きつける零度の空気のせいで、ぼくは気を失わずに済んでいた。がたがたと震える足を、冷たい汗がしたたり落ちた。喉が渇き、けいれんした。まるでエコー室から聞こえるような自分の声が響いた。

「クリス、冷静になるんだ。ぼくは《アイスバーグ》だぜ。いつものように、解決策がある。さあ、よく聞いて。荷物をまとめるんだ。ビルから出て、使用人をつかまえろ。そいつに金を払って、キャデラックを隠したガレージの近くにあるホテルまで連れて行ってもらうんだ。チェックインして、荷物を置く。キャデラックを運転してホテルへ戻り、荷物をピックアップ、ダウタウンへ行く。そこで別のホテルにチェックインしろ。車は再びガレージに隠すんだ。そのあと、電車に乗ってホテルへ帰る。終わったら電話して」

 部屋に戻り、冷たい水で顔を洗った。鏡を見た。ハロウィンの化け物。フレッシュな青二才のかけらも残っていなかった。かつて輝いてた白目は血走り、衰えている。どっかのジョーカーみたいな黒いくまは、インクをこぼしたスパイグラスのよう。

 鎮静剤を探しはじめた。たかぶった神経を落とさないと、どうにもなんない。コカインなら少しあった。そんなのいらない。とにかく頭蓋骨を落ち着かせたかった。でも鎮静剤がないんだ。

 どっかのスーツケースの中にノートがあるはずだった。そこに15ブロックも離れてない売人の電話番号が書いてある。そいつならもってる。なかったら、もういいや、ヘロインを売ってもらおう。1キャップなら中毒にならないし。この苦痛をキックしないとやってらんない。

 クリスから電話があるまで、2時間はかかるだろう。電話番号が見つかった。1時間以内に6キャップ買うことになった。

 トレンチ・コートの袖に、ピンで留めた札束を隠してあった。そいつを取り出す。コートのポケットに突っ込んだ。グレープフルーツを入れたみたいにふくらんだ。すぐに帰って来るんだから。また金を戻した。6800ドル以上あった。30ドルだけ抜いた。パジャマのパンツとシャツを重ね着し、重たいコートを羽織り、靴をはいた。

 地獄のように急いでいた。ドアを閉めると、内側から鍵がかかる音がした。売人と電話で話してから5分もしないうちに部屋を出たんだ。午前4時、北風が頭蓋骨から帽子を吹き飛ばそうとした。でも、気持ちよかった。外の空気を吸うのは数ヶ月ぶりだった。

投稿者 Dada : 06:00 PM

October 13, 2005

IN A SEWER 6

 曇り空が頭上を覆っていた。氷のようになった舗道を滑りながら、ようやく売人のところへ到着した。オールナイト営業のチリ・レストランの2階。店の中は混雑していた。通りには誰もいなかった。ぐらぐらする階段をのぼって、5キャップのヘロインを手に入れた。売人は、煙草の箱のセロファンをとり、その中にネタを入れた。はしをひねってから、丸めた。

 受け取ると階段を降り、歩きだした。手には《シズル》をにぎっている。チリ・レストランの前を行き過ぎた。店の前に、小綺麗な恰好をした茶色い肌の男がふたり、立っている。まぶしいくらいの明かりが舗道に漏れていた。まるで、交番の面通し室を歩いているようだった。

 こちらを観察しているのがわかった。身を硬くしている。ひとりが胸に手をやった。振り返ると、小さな紙片を取り出して相棒に見せている。ぼくは足を速めた。

《シズル》のことを思い出し、投げ捨ててさらに速く歩いた。この暗闇では、何かを捨ててもわからないはずだ。肩越しに後ろを見た。かれらが走りだした。背の高いほうの手には警棒。ぼくは走った。

「止まれ! 止まれ! 止まらないと撃つぞ!」

 角までたどりつき、体半分ほど曲がったとき、今度は4人の白人の警官がむかってきた。パトカーにのってクルーズしてくる。照明を浴びせられた。体が動かなくなった。全員がぼくを見ている。するすると開いた後部座席の窓からショットガンの鼻先がのぞくのが見えた。

 ふたりの警官が、滑るようにして角を曲がってきた。それを見たとき、ぼくはむしろ嬉しかった。クルーズしている警官たちは、ここ1週間、だれも殺してないだろう。ひさしぶりの獲物になるのだけはご免だったから。

 ぼくは、追いついた警官ふたりに組み敷かれた。パトカーに乗った白人の警官たちは明かりを消し、そのまま走り去った。背の低いほうがぼくの手を後ろにして手錠をかけた。写真を確認している。しげしげとこちらを見ている。

 背の高いほうが言った、「イエー、このアホで間違いない。この目を見ろよ」

 頭のてっぺんから爪先まで調べられた。10ドル札を1枚、発見された。角まで引っぱっられていくと、痩せた黒人が立っていた。ぼくを見て頷いている。見覚えがあった。同じ建物の住人だ。電話の小銭をつくるために、雑貨屋に何度もお使いにいってもらった男だった。

 警官のひとりが、コートの内ポケットに写真を戻すとき、ちらりと目に入った。ぼくが写っていた。パール・グレイの鮫肌のスーツと黒いシャツ。《トップ》といっしょに撮った4年前の写真だ。ふたりの白人の警官に尋問されたことがあったんだ。《トップ》は憎まれていた。白人のホーを抱えていたから。かれらは買収に応じず、ぼくらは殺人容疑で逮捕され書類を取られた。2時間かそこらで釈放されたけど。この街でピンピンするようになってから捕まったのは、後にも先にもその1回だけだった。

 シボレーの後部座席に押しこまれた。連中は前に乗り、背の高いほうが運転した。ぼくは口をひらいた、

「ジェントルメン、ぼくを捕まえたところで、金を貰えるわけじゃないだろ、最高級のスーツが2、3着は買える金を払うよ、今夜は見逃してくれ」

 背の高いほうが答えた、

「バカ、どこにそんな金あんだよ、激安スーツも買えねーくせに」

「部屋に帰ればあるんだよ。ぼくは《アイスバーグ》だ。信じられるか? 近くまで連れて行ってくれ、金をとってくる。数百ドルをチミたちに渡して消えるよ。どうだい?」

 背の高いほうと低いほうは、顔を見合わせた。

 背の低いほうが言った、

「俺らを舐めてもらっちゃ困る、おまえは白人の女を売春させた容疑でFBIに指名手配されてる。たった400ドルかそこらじゃ、おまえの言葉なんか聞こえないぜ」

「わかったよ、兄弟。同じ黒人だろ。それなのに、ぼくだけ裁判所までしょっぴかれてリンチされるんだぜ。仲間が白人に吊されるのを黙って見てるのか? ひとり2000ドルだすよ、FBIなんて黒人の世界から叩きだすんだ」

 背の高いほうが言った、「おまえの部屋はどこだ?」

 すぐに考えをめぐらせた。部屋の話をしたのはマズかった。もし場所を教えたら、あり金全部もってかれた上に逮捕されるか、殺されるかも。容疑者なんだし。あとで金だけ盗みにくる可能性もある。ワンルームの鍵はポケットの中にあった。ぼくは試してみることにした。

「なあ、《スウィート》ってしってんだろ。友だちなんだよ。かれの家まで行ってくれ。5分で4000ドル用意する。ぼくの部屋には連れて行けないんだ。ちょっと親しい友人が来てて。到着してから、あんたたちの気が変わったら困るんだ」

 背の高いほうが言った、

「残念だが、見逃しはしないよ、たとえ4000ドルもらっても。さっきパトカーに思いっきしチェックされてただろ。思い出したよ。ダウンタウンの警官たちにもう知られちまってる。悪いな、兄弟。まあ、しょうないだろ? 連邦刑務所も悪くないところさ。ひょっこり登場してくれてありがとう。おかげでこっちは大手柄だ」

- つづく -

投稿者 Dada : 06:00 PM