August 22, 2005

THE BUTTERFLY 1

 眠りから覚めた。正午の太陽が照りつけていた。クローゼットの方向から、ネズミのような音がする。ふりむいて見ると、ビッチだった。クローゼットの中で膝をついて、スーツケースやら靴やらをひっくり返している。あたまの後ろの傷がずきずきした。触れてみると、こぶの上にかりかりのかさぶたがあった。

 チビの尻を見ながら考えた、「このバカ、何やってるんだ?」

「こら、ビッチ、うるさいんだよ。傷が痛むだろうが。目が覚めていちばん最初に、なんでおまえのケツを見なくちゃいけないんだよ。しかも、クローゼットをディグしてるし。もっといい感じで一日をはじめたかったよ、糞」

 彼女は、あたまをひねって、「大麻をさがしてるのよ、ちょっと今、ブルーなの。どこにあるの? 昨晩、帰ってきたときにはもうなかったし」

 ぼくは、起きあがり、クローゼットへ。コートのポケットへそっと手を入れた。自分用のコカインをよけて、大麻の缶を取りだし、渡してやった。ドレッサーの上には、20ドル札がたったの二枚。またベッドへ戻り、もぐりこんだ。

「ビッチ、部屋の外へ隠してあるんだよ。当たり前だろ。ある夜、帰ってきたら警官とばったり、なんてことになったらどうする。缶が見つかったら、逮捕されるだろ。
 ていうか、なんで昨晩の稼ぎがこれだけなんだよ。何が起きたんだ? ひとりの客とずっとべたべたしてたとか? 大麻の吸いすぎなんだよ、おまえみたいな若いビッチが一晩で40ドルなんて、あり得ないよ。白人の男と電話してたじゃん、あいつだけで40ドルいくだろう。そのあと何してたんだ? さぼってたのか、こら、ビッチ。たったの20ドルでひとりの客とやりたい放題とかだったら、殺すぞ」

 ビッチは、もう巻き終わったジョイントの片側をぺろぺろと舐めている。ベッドへ来てぼくの隣に腰かけた。いたずらっぽく大きな目をくるくると回している。

投稿者 Dada : 06:00 PM

August 23, 2005

THE BUTTERFLY 2

 彼女が口をひらいた、「ダディ、あたしはあなたの女。もし、あなたのことを愛せなくなったら、もうあなたのためにホーはしない。この関係が解消されて、あなたがあたしを殺さなかったら、あたしは他の黒人の男を見つけるわ。でも、今はあなたのところにいたいの。ここまでは、わかってくれるでしょ。

 白人の客なんて、好きにならないよ。触られたり、涎を垂らされたりするたびに、ゲロを吐きそうだよ。ベイビートークしてるけど、憎んでるよ。ダディ、あたしはただお金が欲しいだけなの。お金を稼ぐスリルを味わいたいの。黒人のビッチとして、ホーとして、白人の男から金を巻き上げる瞬間、生きてるって感じがする。
 あいつらのほとんどは、クリーンカットされた白人の世界だけで生きてきたマクティマックスよ。美しい奥さんと可愛い子どもの写真を見せてくる奴もいるわよ。そんなとき、ふわふわの贅沢な場所で暮らしている白人のビッチなんかよりも、あたしのほうが素敵だと感じるの。白人の女たちは、バカにして笑うためにニガーのメードを雇うのよ。あいつら、黒人にはクローニン(道化)かクリーニン(掃除)しかできないと思ってるのよ。もし、自分の旦那が黒人のホーの股ぐらに顔を埋めて、モーニン(うめく)したりグローニン(うめく)してるところを目撃したら、気絶するよ。
 もちろん、あたしには絹のような髪もないし、白い肌もない。それなのに、なんで白人の野郎どもは毎晩、天国から地獄までわざわざドライヴしてくるのかしら? それは、天国にいる白い女の股間にはないものが、地獄にいる黒いホーの股間にあるから。黒くて、背が低い、あたしみたいな女が、ハイクラスな白のビッチには絶対に知ることのできない白人男の秘密をにぎっているの」

投稿者 Dada : 06:00 PM

August 24, 2005

THE BUTTERFLY 3

 ビッチはさらに続ける、「ダディ、夜、しゃべってくれなかったから、寂しくなったの。あたしは、あなたのビッチなんだから。じゃあ、きのうの夜のことを、話します。糞ったれの客にあたしを押しつけて、出ていったのは覚えてる? チャックとマーティン・ホテルでトリックしたあと、あたしは《悪魔のねぐら》へ行ったの。そうしたら、ふたりの白人の刑事に職務質問されて。あいつら、あたしを車に乗せて、のしかかってきて。ひとりはすごく卑劣で、汚い男だった。もうひとりは、金髪のいい男だった。あたしを心配しているみたいだった。

 汚い男が、『このビッチ、例の8件の窃盗事件の容疑者に違いないよ、しょっぴいて、軽くショーアップしようか、なあ、カール、犯人はホーらしいしさ』

 金髪の男は、『だが、マックス、まだ素人みたいな感じだよ、ただちょっと色っぽい若い娘だよ、お母さんの世話をしなくちゃいけないんだろう。この街で、黒人が三度のごはんと屋根付きの暮らしをするのがどれだけタフか、わかってるだろ。解放しよう。重い荷物を背負った、かよわい子猫だよ、この娘は』

 汚い男が、『カール、黒人に弱いな。こいつ、金が無いそうだ。こんな真っ黒なお尻の穴じゃ、解放するには物足りないな。そうだ、お口のほうはどんな感じか、もしテストさせてくれるなら、考えてあげてもいいかな。なあ、そうしようよ。
 よーし、路地裏に車をとめるぞ。カール、きみが上のお口と下のお口をテストしてくれ。階段の上で味わってきて、報告してくれないと、ここから車を出して署へ帰り、この女をぶち込むよ。窃盗事件の犯人にしよう。運がよければ、2年ですむ』

 ダディ、金髪の男は、あたしのあたまを掴んで、股間に押しつけたんだよ。かれと後部座席に座っていたの。糞ったれのマックスは、こっちを向いて眺めていた。あたしは金髪がイクまで続けた。

 で、次はマックスが後ろに乗り込んできた。30分くらい、罵られながら、殴られたり、抓られたり。最低だったよ。金髪の男は、もう止めてくれと懇願していた。お尻が裂けそうだった。まったく、最悪な時間を過ごしたのよ。

 ようやく解放されると、マックスは二度と顔を見せるな、と怒鳴った。あたしは怖くなって、ホテルへ戻ってきたの。だから、稼ぎが少なかったの。あの男にまた見つかったら、逮捕されるから。どこか他のストリートを探してくれない、お願い」

投稿者 Dada : 06:00 PM

August 25, 2005

THE BUTTERFLY 4

 ぼくは答えた、「このお尻の四角い頭の悪いビッチ。白人の男が黒人とヤリにドライヴしてくることくらい、誰でも知ってるよ。おまえだけの秘密でも何でもねーよ。白人が天国を抜け出して地獄へやって来るのは、おまえのためじゃねーよ。馬鹿かビッチ。

 弱虫のビッチ。騙されてるんだよ。職務質問だけで逮捕できるとおまえに信じ込ませたんだよ。だから、捕まったとしてもすぐ出してやるって言っただろうが、マヌケ。いちいちそんなこと説明させんな。お尻に自分の指を突っ込んでる場合じゃないんだよ。20ドルで逃げ帰ってきやがって。アホか。しかもペッカーウッドみたいな警官に前から後ろからファックされやがって。他のストリートを見つけてくれだと? そこならハッスルするってか? いい加減にしろ、ビッチ。
 マックスとかの警官にはビビる必要ないんだよ。ビッチ、マンコが癌になるか、口が開かなくなるまで、仕事は永遠に続けられるんだぜ。さっさと消えろ。早くしないと椅子で殴る。服を着ろ。ストリートでハンプしてこい、金を稼いでこい。ビッチ、帰ってくる前に電話を入れろ。部屋に入れないからな。俺はずっとここにいる」

 彼女は、自分が話しているときは、リーファーをすぱすぱと吸いまくっていた。そして、ぼくが話しているときには、完全にハイになっている様子だった。ベッドから滑り落ちると、クローゼットへ行き、服を着ながら、あたまがふらふらと揺れていた。

 ぼくが怒っているのは、よくわかったはずだ。ぼくが、本当に彼女を殺すかもしれないと思っているはずだ。すぐに出て行った。サイラスを呼び、ごはんとシャツのクリーニングをたのんだ。ぼくは食べながら、コカインを吸引した。そのあと注射もした。あたまのうしろのこぶ以外は、だいぶ気分が良くなってきた。

投稿者 Dada : 06:00 PM

August 26, 2005

THE BUTTERFLY 5

 白人の悪魔が身分証の提示を求めたことを覚えていた。ぼくはサイラスを呼んだ。どこへ行けばいいか教えてもらった。20ドル渡せば、テストなしで運転免許証を発行してくれるそうだ。服を着て、出かけた。簡単に手に入った。1時間で戻ってきた。

 通りに面した窓のほうへ椅子を移動させ、双眼鏡で見た。まだ昼間の日射しだ。ストリートにチビはいなかった。向かいの食堂の中を覗くと、オーバーオールを着た巨体の黒人とカウンターで会話しているのが見えた。男は刺青をしている。ふたりはそろって店を出ると、マーティン・ホテルのほうへ歩いていった。

 さて、422号室に住んでいる、顔に傷のあるラッパ吹きがひとりでホテルから出てきた。オンボロのフォードに乗り込むと、走り去った。そこで、いいアイディアが浮かんだ。いつかはチビもいなくなるんだ。受話器をとり、フロントにたのんで422号室につないでもらった。元娼婦だという、黄色くて美しい女が出た。サイラスの話を聞いておいてよかった。おかげで、上手く話すことができた。

「さあ、自分をコントロールして。420号室のベッドルームからかけてるんだ。夢見がちな目をしたハンサムなニガさ。尻にタオルを巻いていたセクシーなニガだよ。きみが透視したチンコの持ち主だよ、今もギンギンに勃起してる。きみがじっくりと鑑賞した、甘くてもっこりとしたあそこの男だよ、覚えてるかい?」

「たぶん・・。でも、お願いだからやめて。面倒はごめんだから。何が欲しいの? レディはヘンタイとは話さないわ」

「100万ドルが欲しいんだよ。あと、しまりがよくて、罠みたいな、美しいビッチ。わかるでしょ、ヘンタイじゃない。廊下で目が合った瞬間から、きみのパンティを肉棒がロックオンしてるんだから」

 女は笑った。スリルを感じているんだ。ラッパ吹きがカタギにさせても、彼女の体の中にはまだホーの血が騒いでいるってわけさ。この女はレベルが高かった。高校の非常階段でセックスしたことがあるとか、そういうレベルじゃなかった。

「あたし、お酒のめないし、あなたのこと、よく知らないし」

「ちょっと、夢の中で会ったじゃん。覚えてないの。目を開けるといつもいなくなってて、でもあそこは濡れてる。そんな夢の中だけの男が、今ここにいるんだよ。
 ラッキーなんだよ、ビッチ。さっき、夢から出てきたんだ。ぼくは生きてて、現実に廊下をはさんだ向かいの部屋にいるんだ。こっちへおいでよ、スイッチを入れてあげるよ、番犬のことは心配しないで、さっき何処かへ行ったのを見たよ。ベイビー、ぼくのホーのひとりに、20ドルが入ったケーキを焼かせて届けるよ」

「ねえ、結婚してたりしないよね? やだよ、喉をかっ切られたりしたら。今の生活を壊されるのも困るし、わかってるの」

「ああ、結婚してるよ、ピンプ・ゲームと。きみだって、まだメンバーのひとりなんだよ。ここのところ、会費を支払ってないじゃないか。これから俺のところへ来れば、またいいホーに戻れるよ、さあ、はやくしろよ!」

「裸なのよ、何か着るから。数分でいくよ。麻薬中毒じゃないよね? あたしは大麻しかやらないんだから」

「ちがうよ、シュガー。ただ愛に飢えた男さ。大麻なら、ブラック・ガニオンがあるよ。ベイビー、知ってるだろ・・」

 電話を切った。ドレッサーへいき、顔にパウダーした。ブラシをかけた。こぶに当たらないように。髪は黒く、つやつやにカールさせた。クローゼットへいき、黄色いローブを着た。ダランスキーにダンスホールで逮捕される直前に買ったものだった。

投稿者 Dada : 12:15 PM

August 27, 2005

THE BUTTERFLY 6

 ぼくは、廊下ではじめて彼女と会ったとき、もう心の中をのぞいていたのだった。つまり、彼女はセックスが大好きだということをしっていたんだ。ぼくのあそこに釘付けになった瞳。きょうは、タオルすらしていない。あの女がドアを開けた瞬間を狙って、固くなったペニスを見せつけてやるつもりだった。

 たぶん、あの美しい腕にコカインを注射することもできるだろう。新しい世界を知って、ますますエロくなるはず。スカーフェイスのラッパ吹きから、彼女を奪うことだって可能だろう。そして、明日にはストリートに立たせることも。

 ぼくは思った、「あのビッチのおかげで、ピンピンが加速するぞ。年季が入ったおばさんじゃない。まだ19にもなってない、クジャクのお尻みたいにセクシーなビッチ。クールにやろう。クイズを出そう。どっかの阿呆に蹴られてホーをやめたんだろう。そこへ、あのスカーフェイスがあらわれたんだろう。
 まず、ピンプとしての役割を確認しよう。その上で、いつもより少しだけスウィートで高級感のあるブルシットをかますんだ。刑務所の白人ピンプが話していた、ジゴロっぽいノリも入れていこう。とりあえず、サイラスに電話しておこう。スカーフェイスの男とやりあう覚悟は出来てないからな」

 ぼくは、ドアの鍵をはずしておき、電話のほうへいくと、サイラスを呼び出した。

「きいてくれ、重要なことなんだ。422号室に住んでる、お尻のキュートな黄色い女といい感じなんだよ。あんたとフロントの女に5ドルずつあげるから、ラッパ吹きの男がホテルへ戻ってきたら、電話してくれないか。バレたらヤバイから、たのむよ」

「えー? ラッキーだな、お兄さん。YMCAのシャワー室にまぎれこんだオカマよりラッキーだな。準備はオッケーなのかい? ああ、電話しますよ。エレベーターも止めましょうか。あとで、すこしだけ覗いてもいいですかい? ハ?」

 電話を切った。足首に冷たい風がふれた。リビングにいくと、彼女がいた。ほとんど裸のような格好だった。窓辺の椅子に、足を組んで座っていた。ストリートを眺めるのをやめ、ぼくのほうへ向き直ってじっと見つめてきた。

投稿者 Dada : 06:25 PM

August 29, 2005

THE BUTTERFLY 7

 彼女は、ピンクの蝶が刺繍された黒のネグリジェを着ていた。太ももくらいの丈。薄い絹のむこうに白いパンティが透けていた。からだは、《プリティ・ガール》みたいになめらかな曲線を描いていた。黒い髪は、塔のようにまとめられている。中国の王様みたいに。ちょっと狂った微笑みが、メロンレッドの唇に浮かぶのを見た。もし、この娘にペニスが生えていたとしたら、ぼくは喜んでオカマのゲームに参加するだろう。

「ハイ、あたし、なんでここにいるんだろう?」

「ベイビー、パーティーのとき、そんな質問はしなてくいいよ。淫乱な遊びからは逃げられないよ。わかるでしょ、ベイビー、甘い電気ショックのせいで、農場の子どもは羊にキスするんだよ。同じパワーが、路地裏のネコにへんな鳴き声をさせるんだよ。わかるでしょ、じゃあ、リラックスして。これから極上のリーファーを巻いてあげるから。ベイビー、きみの運命は変わったんだよ。大当たりを引き当てたんだよ。ぼくをみつけたんだ。イェー、ぼくの名前はブラッド・・」

「ブラッド、はじめまして。あたしはクリスティン。クリスとよんで。長くは居られないよ。注意深くしないと。彼、嫉妬深いから」

「クリス、ぼくが、どれだけワイルドなのか、ちゃんと見ててよ。人生が1時間に思えるほどのスリルさ。理解しあうことが必要だろ、きみに必要なのは、本当の男」

 クリスの肩ごしに、窓からストリートのチビが見えた。こちらを見上げている。白人の客の車に乗り込んでいくところだった。深い紫色の闇が、昼間の光を掃き散らしていく。ベッドルームへいった。注射器を満たすと、針を尖らせたままポケットに入れた。ジョイントを2本巻いた。ひとつはピュア。もうひとつは煙草を混ぜた。親指でコカインを吸った。タオルをとって、入り口のドアの下の隙間に詰めた。お香を焚いた。

投稿者 Dada : 06:00 PM

August 30, 2005

THE BUTTERFLY 8

 ぼくは、クリスにリーファーを渡した。自分のやつにも火を点けた。彼女と同じものを吸ったら、ふらふらになる。目が覚めたら金を盗られてた、なんてことにならないように。グレタ・ガルボみたいな女の前でも、セックスの前にまず金のことを考えた。

 椅子をもうひとつ引っぱってきて、夕闇のなかで向かい合って腰掛けた。大麻が彼女のあたまの中に満ちていくのを待った。美しい指先にはさまれたリーファーは、残り少なかった。煙草を混ぜてあるほうも吸わせた。彼女の瞳が、とろんとしてきた。

「スウィートハート、ハイになっちゃった、ブラッド、笑われると思うけど、あなたがタオル1枚であらわれたとき、あたしがどう思っていたか、わかる?」

「たぶん、『えー? あそこがひくひくしちゃう、あのブラウンのかわいい男、ピンプみたい! あー、ホーをやっていればよかった、すぐにでも、タオルの下のスリラー・キラーをぺろぺろとしゃぶるのに!』 そんな感じだろ、エロいヒト」

 彼女は、くすくす笑って、椅子をぼくの膝にちかづけた。革の背もたれに大きくもたれかかった。ピンクのヒールを、ぼくの椅子に投げだしてきた。

 ぼくは、クリスの黄色い脚にサンドイッチされた。街灯が、彼女を照らしている。くすくす笑いは止まらなかった。ぼくは、ローブのポケットに入れてある準備万端の注射器をまさぐった。それを取り出し、椅子のそばに隠した。彼女の太ももの内側に、青い血管が脈を打っていた。

 コカインのせいで、冷たい緊張が体に走っていた。クリスの右足をもちあげると、頬ずりした。ひざ小僧に噛みついた。彼女がうめいた。瞳の奥をのぞきこむ。長い、絹のようなまつ毛に、真珠の涙がたまっていた。街灯の灯りの下で、まるで無垢な子鹿のようだった。ぼくは、自分が老人になったような気がした。

投稿者 Dada : 06:45 PM

August 31, 2005

THE BUTTERFLY 9

「そんな目でみないで。あたしの心がよめるんでしょ。そんな風にみられたら、不安になる。催眠術か、いつか本でよんだことのあるロシアの怪僧みたい」

「クリス、ぼくのホーになるんだ。すべてをシェアしよう。こんなリーファーなんて、前菜にすぎない。大麻は低級なスカンク女がやるものさ。ヘロインは墓場へ直行の奴隷がやるもの。美しくて、すばらしい人間たちは、コカインなんだ。
 クリス、コカインを注射すると、魔法の音楽が蜘蛛の巣のように降り注ぐ。そして頭蓋骨のなかで、鐘が鳴るんだ。体中の穴という穴に、ぼくのチンコを挿入されているような気持ちになる。きみの体のなかに、秘密の炎が点火されるんだ。奇跡なんだよ、クリス。スリルを味わうだけなんだ、中毒にはならない。きみが弱虫じゃないことはしってるよ。さあ、このゲームを試してみる?」

「怖かったり、傷ついたりしないなら。そうしたら、すぐに止めてよ。量も少なめにしてね、ベイビー。どこに刺せばいいの?」

 ぼくは、彼女の左足をもちあげ、椅子の肘掛けに乗せた。太ももの上のほうに、太い血管があった。そっと針を刺した。びくっとなった。注射器の中は赤くなった。そっと押し込んでいく。彼女は目を大きく見開いた。白い歯で、下唇を噛んでいる。

 やがて、注射器は空になった。針を引き抜いた。彼女は、身をこわばらせている。肘掛けから脚をおろした。足首をぼくの脇腹にこすりつけた。喉がひくひくしている。

 ぼくは、自分が最初のときに吐いたことを思いだした。椅子をスライドさせ、大急ぎでベッドルームへいってゴミ箱を取ってきた。ぎりぎり間に合った。彼女はいきなりぶちまけた。ぼくは、ゲロをトイレへ流して洗い、戻ってきた。彼女は、笑いながら足をさすっていた。

「ごめんなさい。汚くしちゃって。ダディ、あ〜ん、やばい、これ。ベイビー、ここに来て、こんな気持ちになれたことを、感謝しているの。あの鐘の音はなんなの? ベイビー、こんなのをいつもやっているの? 毎日やりたいよ。いつもこんな感じでいたいよ。ねえ、ベッドにいこうよ、そろそろ《ミスター・スリラー》に挨拶したい」

投稿者 Dada : 06:55 PM

September 01, 2005

THE BUTTERFLY 10

「ビッチ、ぼくのホーになるなら、いつでもあたまをメローにしてやるよ。でも、今はちがう。《ミスター・スリラー》はカタギの彼氏がいる女とは何もしない。さあ、奴が帰ってくるまえに部屋へ戻って服を着るんだ。おまえ、結婚してんじゃないのか?」

「ちょっと、何人の女がいるの? たぶん、いっぱいだよね。あたしなんか、かまってくれなそう。愛してくれるまえに、長い行列に並ばないといけないんだね」

「ホー、ぼくの質問に答えろよ。警官のつもり? もし、ぼくのホーになったら、何も心配しなくていい、尻の穴と金のことだけ考えてればいい。さあ、答えるんだ」

「ブラッド、答えたくないの、どうしてかというと、彼と結婚しているから。リロイ、これが夫の名前なんだけど、あのひとは命の恩人なの。昔は素晴らしかったのよ。イケメンだったし。事故が起こる前までは、あんなに嫉妬深くなかった。あたしたち、もう2年も示談の成立を待っているの。ブラッド、正直な話、あなたはタイプよ。どうしていいかわからない。この2年で、あなたが夫以外で初めて話した男だなんて、信じてもらえる? もうリロイを愛してないよ」

 コカインのおかげで、彼女は早口にまくしたてた。顔に傷のある彼氏を殺さないかぎり、今夜セックスするのは無理だろう。計画を変更しなくてはいけなかった。まず、リロイから彼女を引き剥がすことだった。この女は、ぜったいに大金を稼ぎ出すはずだ。たぶん、何かいいアイディアが浮かぶだろう。もしかしたら、示談金とやらもせしめることができるかも。もちろん、永遠に待っているなんて嫌だ。状況によっては、示談金はあきらめよう。

 リロイが彼女を失うことは目に見えていた。あんな醜い顔と嫉妬では、これ以上、独り占めすることは不可能だった。とにかく、クリスがぼくと同じレベルで話してくれるか、それが知りたかったんだ。サイラスは、この女が元ホーだと言っていた。それで、こんな風に聞いてみた、

「クリス、きみの人生の話をざっくりでいいからしてよ。聞き終わったら、答えを見つけてあげられると思うから」

投稿者 Dada : 06:55 PM

September 02, 2005

THE BUTTERFLY 11

 彼女は「いいよ、ひざの上にのせてくれるなら、話すよ」

 ぼくは肯き、クリスを膝の上にのせた。彼女は、首に腕をまわしてきた。耳元に頬が触れた。コカインで激しくなった心臓の鼓動が、胸から伝わってきた。視界のすみで、通りにいたビッチが食堂へ入っていくのを見た。ぼくは、たのむから部屋に電話しないように、と考えていた。クリスの説明を中断されたら困るから。

 クリスの風船のようなお尻が、ぼくの膨張した股間を刺激していた。まったく、こっちは必死になってピンプ・ゲームをしようとしているのに。《ミスター・スリラー》は分かってない。ただ、固くなに勃起するのが俺の仕事だと言わんばかり。馬鹿だから、さっさとベッドで女の餌食になりたがってる。しっかりと見張ってなかったら、あっという間にダメになる哀れな奴さ。(それがチンコさ)

「12才までは、いい想い出しかなかったの。それまで、パパは優しくて、いい人だった。働き者だったし。腕のいい大工だった。でも、ママが亡くなってから、変わった。
 あたしをベッドに押し倒した。あたしと一緒に寝たいというの。ずっとママと寝ていたから、寂しくて仕方がないって。最初は何も起きなかった。一ヶ月後のある夜、悪夢にうなされた。野獣に乳首を吸われているの。目を覚ましたら、パパだった。
 大声で叫んだ。すると、思いっきり平手打ちされた。パパの顔はねじれて、憎悪に満ちていた。会ったこともない狂人みたいに見えた。あたしは気を失った。気がつくと、パパは泣きながら、あたしに許しを請うていた。
 しばらく、あたしはただ横たわっていた。そして、無感覚な体をパパに任せるようになった。パパの体が憎かった。学校にいるとき、みんながあたしの体の恥と汚れを知っているような、怖ろしい感覚に囚われることがあった。15才になるころ、あたしは生きている骸骨のようになっていた。それまでに、ありとあらゆることをパパにされていたから。あんな男、死んで地獄に墜ちればいい。
 野獣のようなパパに、あたしは殺されかけていた。お皿も洗えないほどにナーバスになっていたの。何十枚も割ったわ。鳥も生きていけないような量しかものが食べられなかった。ある日、雑貨屋からの帰り道で倒れてしまった。目をあけると、病院だった。体はぼろぼろで、妊娠していた。1ヶ月ほど入院していたわ。退院してから1週間ほど、パパと暮らした。そして、彼が寝ているあいだに、金をくすね、洋服を背負ってウィチタの街から逃げだした。
 ここへやって来て、ウェイトレスの仕事をみつけた。すぐに《ダンディ・ルーイー》という名前の若いピンプが引っ掛けにきた。あたしは、彼が大金持ちだと思った。あたしにもお洒落をさせてくれて、ウェイトレスを辞めさせた。でも、彼は冷酷な黒い糞野郎でしかなかった。女を殴るのが好きだった。そして、とことん働かせた。彼は、ホーのひとりに経営させているハウスであたしを働かせることにした。しょっちゅう、お尻の穴に靴を突っ込まれていたわ。
 おかしなことに、お腹がふくらんできても、お金を稼ぐことができた。妊娠してる女の子とヤリたがる客はたくさんいるのよ。そうやっているうちに、流産してしまった。2ヶ月後、《ダンディ》は警察に捕まって懲役5年になった。
 それで、バーテンの仕事をしているときに、リロイと出会ったの。その店で演奏していたのよ。あたしは病気だった。バーに立っているときに、2回も気絶していた。医者は休養が必要だと言っていた。休まなければ、死ぬかもしれないとも。リロイが看病してくれたお陰で、あたしは回復することができたの。
 彼は、優しかった。あたしには、誰か世話をしてくれる人が必要だった。17才になる4ヶ月前、彼と結婚した。それから、バンドといっしょに中西部をまわった。ところが、オハイオのヤングタウンでバンドが解散してしまったの。あたしたちは行き詰まった。リロイはクリーニング工場で働きはじめた。2週目に、ボイラーが爆発した。彼はあんな顔になってしまった。弁護士は、1万ドルの示談金を請求できると言ってるんだけど。リロイは狂ったように嫉妬深くなったわ。
 あたし、ハッスルしてもいいよ。ブラッド、あなたの女になるよ。あなたについていくよ、ブラッド、わかってくれた? あたし、どうしたらいいんだろう?」

投稿者 Dada : 06:50 PM

September 03, 2005

THE BUTTERFLY 12

 ぼくは言った、「たいへんだったね。可哀想に、ベイビー。ぼくの女になれば安心だよ、きみを守るから。愛情を注いで、理解するように努めるから。エンジェル、心配しないで。サン・バレーの雪のように人生はスムースになると思うから・・。ハッピーになれるよ、あたまの半分がぶっ飛んでるみたいに。ぼくたちふたりの肌の色を合わせれば、まさかというくらい可愛い子どもが生まれるよ。金を稼いでからだけどね。ところで、リロイは《悪魔のねぐら》でずっと演奏するつもりなの・・?」

「あ! 忘れてた。昨夜で最後だったの。店はあと6週間やって欲しいと言ってるんだけど、彼はコンボを解散しようとしてる。メンバーをちゃんと働かせるのが難しくて、頭痛のタネになってるから。いま、彼はエージェントと外出してる。たぶん、もっと大きいバンドと東海岸のツアーに出るんじゃないかな。そうなるといいんだけど。バンドのメンバーは、奥さんは家に留守番させたがるから。ダディ、すぐに行動して。一刻も早くあなたの女になりたいよ」

 ぼくは、いい香りのするクリスの頬を吸いながら、これを聞いていた。この黄色い金脈をスカーフェイスから引き剥がす計画を練りはじめた。そのとき、ベルが鳴った。彼女は飛び起きた。ぼくは電話へ駆け寄った。フロントの女からだった。

「ごめなさい、ちょっとミスがあって。422号室の男が、数分前に上へ行ったよ。他の客と支払いのことでハッスルしてたものだから・・。彼が戻って来たのは見えたんだけど、すぐにコールできなかった。さっさと部屋を片づけたほうがいいよ!」

 リビングへ走った。彼女を椅子から追い立てた。ドアのほうへ引っ張っていき、廊下をのぞいた。スカーフェイスが20ヤードのところまで来ている。たぶん楽譜だろう、紙の束を腕に抱えている。もう片方の腕に、持ち替えようとしていた。

 一枚の紙が、カーペットの上に落ちた。立ち止まり、それを拾っている。ぼくは、彼女の部屋のドアが半分、開いているのを見た。すぐさま脇にどいて、クリスの尻を叩いた。彼女は、ものすごいスピードでじぶんの部屋へ飛び込んだ。男は、口をあんぐりと開けたまま、今は鍵のかかったドアのほうへ歩いていく。

 クリスの姿を見られたことは間違いなかった。スカーフェイスは不可解な表情をしている。ぼくは、そっとドアを閉めた。そのまま、聞き耳を立てていた。いきなり爆弾のような衝撃が走った。誰かがドアを力まかせにぶん殴ったんだ。大急ぎでベッドルームへいき、ジャック・ナイフを取ってきた。ふたたびドアへ戻り、ナイフを背中に隠したまま、ゆっくりと開けた。

 スカーフェイスが立っていた。まるで《ハイド氏》のようだ。彼のオレンジがかった茶色の瞳は、時計仕掛けのようにスピンしていた。楽譜の束が、無造作にドアの前に投げ捨ててある。彼の右手は、コートのポケットの中。何かを握りしめている。鉛管か、銃身か。ぼくは、殺られるまえに殺る動きを思い描きながら、挨拶した、

「やあ、ジャック、どうした。保証人と電話してたんだよ。裁判所から2人殺した容疑をかけられてて。ヤバイんだ。セールスならお断りだぜ」

 彼は、まるでスカーフェイスのゾンビみたいに、こちらを睨み付けながら突っ立っていた。やがて、目の前の床に目を落とした。そこには、ピンク色の蝶があった。

投稿者 Dada : 06:45 PM

September 05, 2005

THE BUTTERFLY 13

 スカーフェイスは、呻くように深いため息をした。まるで、最後の呼吸のように。かがんで蝶を拾いあげた。不気味なゾンビ野郎はもう片方の手もポケットから出した。ぼくを睨みつけている。瞬きひとつしないオレンジ色の目から涙がこぼれ落ちた。憔悴しきった頬を震わせながら、蝶を引きちぎりピンクの糸くずをカーペットに落とした。

 彼は、こちらに背中を向け、歩き去った。ぼくはドアを閉めると、すぐに少量のコカインを注射した。ローブを脱ぎ捨てた。冷たい汗がしたたり落ちていた。シャワーを浴びた。窓辺にあるクリスがいた椅子に腰かけた。甘い香りは、まだ立ちのぼっている。それから1時間くらい、廊下の向こう側から喚き散らす声と、啜り泣く声が聞こえてきた。スカーフェイスがクリスを責めているんだ。時計の針は深夜を差していた。朝から何も食べていなかったけれど、腹は減っていない。コカインが効いていた。

 ぼくは考えた、「あの嫉妬に狂った阿呆がクリスを殺さないといいんだけど。何百ドルもの札束で焚き火をするようなものだぜ。もし彼女が結婚していなくて、ここに銃があったら、今すぐ行って解放してあげるんだけどな」

 電話が鳴った。サイラスだった。

「どうなりました、お兄さん。彼女、ベッドでどうでした? 男に捕まったとか? 忙しかったんですよ。チェックを入れる暇が無くてね。心配してたんですよ。女に聞いたら、連絡するのが遅れたそうだから。エレベーターで足止め喰らわしたんだけど」

「危なかったよ、サイラス。でも、ぼくはピンプだから。いつまでもベタベタしてないよ。週末、宿泊代を払うときに、あんたとおばさんにチップをはずむよ。サイラス、スカーフェイスや彼女について、新しいニュースが入ったら、すぐに伝えてくれ」

「イエー、大丈夫ですよ。ここの出来事は何でも耳に入りますから。必ず伝えますよ。じゃ、おやすみなさい。あっしは帰るから」

 受話器を置き、ベッドに横になった。ぼくは、マックスと金髪警官がまたチビを路地裏でレイプしてないだろうか、と考えていた。大麻を吸った。やがて、眠りに落ちた。また電話のベルが鳴った。ビッチだった。

「ダディ、あなたのベイビーよ。2時を過ぎたわ、帰ってもいい?」

「ビッチ、幾らになった?」

「30ドル。へとへとだよ、ダディ。今日の客は黒人ばっかりだったから」

「いいよ、風呂に入りな。つべこべ言うな。いらつかせんな。心配させやがって」

 ビッチは、12時間も働いていたことになる。へとへとだろう。風呂に入って30分もしないうちに、ぼくの隣でいびきをかいていた。再び電話が鳴ったとき、ぼくもうとうとしていた。灯りをつけ、受話器を取った。クリスだった。

投稿者 Dada : 05:00 PM

September 06, 2005

THE BUTTERFLY 14

 クリスがささやいた、「ダディ、長くは話せないの。リロイは寝てる。あたしのネグリジェから落ちた蝶をみつけたみたい。まるで狂人のように怒ったわ。そっちへ行ったことに気付いたの。さらに悪いニュースがある。バンドの話は無くなったわ。断ってしまったの。今のコンボを率いて、オハイオをまわることになると思う。

 彼のエージェントは、一夜かぎりのショーをたくさんブッキングしてる。あたしも一緒に連れて行かれるわ。ダディ、あたしたちのこと、忘れないからね。連絡するから。たぶん、明日の正午には出発することになる。お別れのキスをするチャンスはあるかしら。愛してるわ、ブラッド。そして、いつか《ミスター・スリラー》と・・・」

 電話が切られる瞬間、リロイの眠たげな声が、啜り泣くように彼女の名前を呼ぶのを聞いた。ぼくは、チビのほうを見た。デカい口をおっぴろげて眠っている。泡のようなよだれが、あごまで垂れている。酸っぱい匂いのする髪の毛は、先のほうがよじれていた。下の階にある美容院へ行かせたほうがいいだろう。

 ぼくは思った、「何なんだよ、このブレークは。罪深いほどイケメンなのにさ。隣にいるのは泡だらけのネズミみたいなビッチ。廊下をはさんだ向かいの部屋には、世界一顔が醜い男。そいつの隣には、あんなにかわいい女がいるのか。しかも、あの女はぼくのことが好きなんだ。どうなってんだよ。クリスをモノにしたら、この手で彼女の《ベル》を鳴らしまくってやる」

 そのあと、眠れなかった。昼頃にチビが目を覚ました。すぐに通りを渡って、食堂でメシを買ってきてくれた。14時には、仕事へ出かけていった。

 サイラスから電話がきた。クリスがチェックアウトしているという。ぼくは、彼女とスカーフェイスが車に荷物を積み込み、走り去るのを眺めていた。

 その日も、チビは午前2時ごろ戻ってきた。稼ぎはたったの20ドル。白人の客を避けていた。マックスと金髪の警官のせいだ。ぼくが何度言い聞かせても、ダメだった。3ドルとか5ドルでいいから、黒人の客ばかり選ぶようになってしまった。白人の客をとってマックスに逮捕されるのを、怖れているようだった。

- つづく -

投稿者 Dada : 12:35 AM