July 12, 2005

MELODY OFF KEY 1

 けたたましい電話の音で目が覚めた。部屋の中は地獄のように暗い。ぼくはビッチごしに手をのばした。彼女はいなかった。受話器を耳に押し当てる。

「もしもし、こちらメアリーのブラザーです」

 男の声だった、「メアリーと話したい。だしてくれ」

「いま、いない。散歩に行っているんだろう」

 切れた。ベッドの脇に置かれた電話に受話器をもどした。灯りをつける。時計を見てみた。夕方の7時半。ぼくは、本当にビッチを窓から投げたのかもしれない。

 体を起こし、クローゼットを見た。彼女の服をまだそこにある。ドレッサーへ。40ドルを数えてみた。2枚減っている。金のそばに、メモがあった。

 こう書いてあった、「ダディ、2ドルもっていきます。一生懸命、仕事をしてくるからね。どうか、もうちょっとだけビッチに優しくしてください、ハ?」

 ぼくは思った、「むむむ、ピンプの本質に、少しだけ近付いた気がする。冷たくすればするほど、ビッチは男にすり寄ってくる。四日後、《グラス・トップ》さんの紹介で《スウィート》と仲良くなれたら最高だ。ぼくがコカインをキメていることを、ビッチに気付かれないようにしよう。ああ、腹が減った。またキメるまえに、何か食べよう」

 電話をとり、ロビーのプロレスラーみたいな女へかけた。

 ぼくは言った、「ベーコンと卵ある?」

 彼女は言った、「ちょっと待って。サイラスと替わるから」

 マギー&ジグスのマンガばっかり読んでた男がでてきた、「なんでしょう?」

「サイラス、ベーコンと卵を食べたいんだ、あと、トースト」

「わかりました、通りの向かいに食堂があるから、あっしが注文してきます」

 電話を切り、ふたたびクローゼットへ。双眼鏡を手にとった。窓辺へ。おじさんが通りを渡って《ビジー・ビー・カフェ》という食堂へ歩いていく。

 ビッチを探して、視線を上下させた。見つからない。また食堂を見てみると、ビッチがカウンターでコーヒーを啜っていた。やがて、外へ出た。ちらりとこちらを見た。

 通りすぎる車に尻をふりながら、ストリートを下っていく。黒いキャデラックに乗った客がひっかかった。客が車を寄せる。ビッチが乗りこんだ。ぼくは、さっき電話をしてきた男だろうか、と思った。

 シャワーを浴びていると、ドアをノックする音がしたから、体を拭いた。タオルを腰に巻いた。ドアへ向かうとき、ドレッサーの上のマリファナの缶を手にとって鏡のうしろへ隠した。

 サイラスが廊下で《聖者が街へやってくる》を口笛で吹いている。ドアを開けてやった。食べ物をのせたトレイを手にしていた。受け取ると、ひらひらと紙ナプキンが床に落ちた。彼がひろった。

 そのとき、向かいの部屋からかわいらしい黄色の女がでてきた。大きな茶色い瞳をのぞきこむ。彼女の前を、顔に傷のある、《悪魔のねぐら》でサックスを吹いていた男が歩いていく。脇に楽器のケースを抱えていた。

 女は、ぼくに、きらきらした視線を送ってきた。すぐに、タオルの下のチンコも見てきた。彼女の、いたずらっぽい熱い微笑みがこう言っていた、「おねがい、サイズを試させて・・」

 頭蓋骨に彼女のこと刻みこんだ。サイラスは、尻を浮かせてホールへと降りていく彼女からようやく目を離した。紙ナプキンをくしゃくしゃに丸めた。

 彼が言った、「1ドルです」

 ぼくは、ドレッサーの上にトレイを置いた。3ドルとってきて彼に渡した。

 ぼくは言った、「サイラス、ミスター・ハイドが連れてた女、いい感じだよね、どんなコなの、教えてよ、ハ?」

 彼は言った、「イェー、あのコは神父様でも聖書をほったらかして欲情してしまうようなイイ体をしてますよ。あのラッパ吹きの男と、ここ数年、一緒に暮らしているんです。野郎は、ぷ〜んと漂うあそこの香りにすっかりまいってしまってるんですよ。じつは、彼女は以前に娼婦だったみたいで。
 野郎は、それが心配なんですよ。自分の目の届かないところへはやりたがらないんです。どこのクラブで演奏するにしても、女を連れていくんです。もしあと30才も若ければ、あっしが盗んでやるんですがね・・。
 だんな、2ドルもありがとうございます。また何か必要になったら、年寄りのサイラスを呼んで下さいまし。食べ終わったら、ドアの外にトレイを置いておいて下さいな」

投稿者 Dada : 06:45 PM

July 13, 2005

MELODY OFF KEY 2

 ベッドに腰かけてベーコンと卵をたいらげた。気分がよくなってきた。もっとハイになりたくなってきた。すべてはコカイン・バンギンのための前座にすぎない。ネクタイの端を歯で噛みながら、腕にきつく巻き付けた。最初の注射でぐるんぐるんにキマりはじめた。《トップ》の真似をして、ゆっくり引き抜いてみた。気持ち悪くなった。便器に吐いた。だが、キマりっぷりは《トップ》の部屋のときよりもいい感じだった。

「もし魔法のように、ぼくの顔が黒から白に変わったらどうなるかな。へへ、ホテルの正面玄関から出て行って、鉄条網で囲まれた向こう側の世界へも忍び込むことだろう。羊の群れの中にまぎれたオオカミみたいに。白人どもは、ぼくが黒人だということに気付かない。あいつら全員に仕返ししてやる、口のきけない看守、初犯のぼくを刑務所にぶち込んだ白いブルドッグみたいな裁判長。この黒い地獄を抜け出しさえすれば、そこには幸せが待っている。ああ、ニガ、おまえはたしかに男前だよ。でも、おまえを白人にするブリーチ・クリームなんて、永遠に発明されないだろう。だから、ピンプしまくれ。ピンプしまくった分だけ、偉大な人間になれる。じっとしてたら、醜いニガになるだけだ・・」

 服を着て、顔にパウダーした。鏡に映っているのはハンサムな男。トレイを這うゴキブリを見た。さっさと廊下にトレイを出した。

「向かいの部屋のビッチを狙っていこう。顔に傷のある監視男のほうは、うちのチビをおとりに使って攪乱しよう。じゃ、散歩にいこっと。2人目の娼婦はすぐに手に入るだろう。なんかラッキーなことがありそうだ!」

 マリファナの缶を手に取り、他のシズルといっしょに紙袋に入れた。ドアに鍵をかけたら、エレベーターへ。途中、掃除道具入れの前で足を止めた。鍵はかかっていない。ぼくは、紙袋を棚のがらくたの奥に押し込んだ。

 コカインのおかげで、すごくいい感じだった。エレベーターが2階に止まっている。階段を使った。デスクに鍵を放り投げ、ストリートへ飛びだした。足に翼が生えたみたいだ。クールすぎて、息が止まりそうなほど、完璧な気分といったところ。気温25度くらい。コートはいらなかったかもしれない。

投稿者 Dada : 06:15 PM

July 14, 2005

MELODY OFF KEY 3

 虹色のネオンの花束が咲いている。コカインの刃の尖端で、ぼくの感覚は叫び声をあげていた。戦場を歩いているようだ。夜の闇にかかる車のヘッドライトのアーチは、巨大な砲弾の軌道にみえる。けたたましい音は戦車のようだ。おびえきった、希望を失った通行人の黒い顔が、つるつるとした窓に映る。彼らは、最前線で死んでいくことを運命づけられたショック状態の兵士たちだ。

 高架の下を歩く。陰鬱なトンネルに、恐ろしい顔が発光していた。敵の捕虜となった老いぼれの白人兵士だ。頭上で列車が絶叫した。爆弾が炸裂し、ストリートに砂まじりの雲のような破片が降り注いだ。

 ぼくは、戦闘地域のただ中で完全に憔悴していた。黄色い車を運転している将軍に口笛を吹く。その車がぼくをネオンのオアシスまで連れて行ってくれた。将軍だと思ったのは、じつは傭兵だった。脱出の代償として1ドル25セントを支払うことになった。

 下車すると、目眩のするような光へと蛾のように吸い寄せられていった。店の名前は《ファン・ハウス》。バーだった。ドアを開け、中へ入っていく。はらわたが飛び出しそうになった。青白く発光している緑色の骸骨が、床から跳ね起きて、ぼくの目の前に立ったんだ。空虚な笑い声をあげると、ふたたび床にひっくり返ってしまった。

 ぼくは、そのまま震えながら立ち尽くしていた。客どもがなぜ発狂したみたいにクスクスと笑っているのか、まるで理解できないんだ。しょうがないから、ぼくもニヤニヤ笑いはじめた。カウンターへ行き、《エイモス》と《アンディ》と勝手に名付けたアホのあいだに腰掛けた。

 カウンターの向こうに居るのは、《フランケンシュタイン》みたいな顔をした背の高い男。彼は、そっと手を下にやった。タイヤの空気が抜けていくようなシューッという騒音。ぼくの座っているスツールが下がりはじめた。鼻先が、カウンターの1インチ下にあるんだ。《エイモス》がニヤニヤしながらこちらを見下ろしている。

「あんた、ここ来るのはじめてだろ? スリム? 田舎から出てきたのか?」

 と《エイモス》。

「ハハハ、よくわかってないみたい。生ビールでも奢ってもらおうよ。都会のバカバカしいスタイルに、こいつがどう反応するのか楽しみだ〜」

 と《アンディ》。

 どうやら、店にいる客全員が深南部の訛りのようだった。《フランケンシュタイン》がお情けのボタンをプッシュ。すると、スツールが最初の高さまで上昇した。コカインの効きが薄れてきたし、アホらしい仕掛け満載のダメ人間の巣に辟易してきたぼくは、ヘイヴン・ホテルの402号室に戻りたくてしょうがなかった。

投稿者 Dada : 06:00 PM

July 15, 2005

MELODY OFF KEY 4

《フランケンシュタイン》のようなバーテンが言った

「ぜんぶ、イタズラですよ。だから《ファン・ハウス》なんです。ご注文は?」

 ぼくは無視した。スツールから下りた。よくみると、メタル製の脚は平たくなっていて、床にすえつけられている。たぶん、空気コンプレッサーか何かが仕掛けてあるんだろう。一歩ひいて、「コットン農夫」みたいな2人の客を眺めてみた。鼻をいじりながら。しげしげと見回した。そして、自分の中で反撃のボタンを押した。

 こいつらみたいな南部訛りで言ってやった、「ふざけんな、おっさんたち。臭いんだよ。おまえらの誰かのお尻が臭いんじゃないの。南部の糞ニガはウンコする場所も知らないのかな。まったく、醜いトイレ野郎ども」

《エイモス》と《アンディ》は、綿のプランテーションの小作人みたいに口をあんぐり開けている。困った表情でカウンターの向こうの白人に目をやった。ぼくは、そのままドアから出た。こっちのユーモアが全然、伝わらなかったみたいだ。

 いきなり、香水の匂いの中に突っ込んだ。反射的に、ぼくは柔らかに彼女の肩に腕をまわして抱きとめた。オリヴィア・デ・ハヴィランドによく似た完璧な顔立ち。彼女のほうが大きくて、可愛いと思った。黒い仕立てスーツのえりが、ぼくの指のあいだに挟まっていた。最後に映画館に行ったとき以来、こんな美女はみたことがない。ホーだろうか。話を切りだすことにした。

「ごめんね。ちょっとビッチな出会いだね。ていうか、カタギなのかな。まあ、初対面だし、こんな感じでもしょうがない。えーっと、シュガー、この浮浪者の溜まり場みたいな店に入るつもり? やめといたほうがいいよ、あなたみたいな女性が求めてるものは何もないから。ぼくも、電話をするために入っただけなんだ。ぼくの名前は《ブラッド》。きみの名前は?」

 彼女は、優雅な曲線を描く脚を大きく開いて立っていた。舗道に、美しいお尻のシルエットが落ちている。薄いオレンジのブラウスを透かして、牛乳のような肌のみぞおちにピンク色のあざが見えた。電灯のような青い瞳、黒い髪。きれいに並んだ歯はレアな陶磁器。キューピッドみたいな唇を赤い舌が舐めた。宦官でも勃起してしまう仕草!

投稿者 Dada : 06:00 PM

July 16, 2005

MELODY OFF KEY 5

「《ブラッド》? ヘンな名前。なんか、言葉がかっこいいね。あたしの名前は、メロディ。バーで飲もうと思ってるんじゃないの。たま〜にクラブに行くけど。出会いを探してるわけじゃなくて、じつは車が故障したの。電話をかりて助けを呼ぼうと思ったところへ、こんな素敵な偶然が訪れたの。もしかして、車を修理する秘密のテクニックをしってたりしない? 大通りに停めてあるの」

 マニキュアを塗った指の先に、リンカーン・セダンのぴかぴかの新車があった。この女の子はお金持ちの上流階級だということがすぐにわかった。

 ぼくは思った、「この美しい白人のビッチには品ってものがあるな。あたまの良さそうな声だな。あんな車に乗ってるんだから、金庫には札束がうなってるとしか考えられない。金持ちの彼氏がいるかもな。ここはひとつ、ナット・ロールしておこう。彼女をものにするまで、ピンピンのことは秘密にしておこう。この子に対しては、《スウィート・ウィリアム》でいこう。うまくいけば、ピンピンしてお金を巻き上げられるようになるかも。このお尻を見るかぎり、この子にはミントの予感がある・・」

「ダーリン、残念ながら、ぼくは修理工じゃないんだ。でも、大丈夫だよ。予備校を卒業したばかりなんだけど、学校に車にくわしい友だちがいて、色々と教えてもらったから。きみは運転席にすわってて。ボンネットをみてみるね」

 彼女は、車に乗り込んだ。ボンネットを開けてみると、すぐに問題がわかった。バッテリー・ケーブルがとれていたんだ。つなぎ直した。一通りチェックして、エンジンをかけるよう、サインを送った。何の問題もなく動きだすと、彼女は幸せそうな笑顔を浮かべた。手をふっている。開いた窓に顔を入れてみた。

「車で来てるの? もし、そうじゃなかったら、あたし、あなたが行きたい場所まで送ってあげたいんだけど・・」

「ハニー、車じゃないよ。ていうか、ちょっと長くて悲しい話があるんだ。まあ、ぼくのトラブルのことなんて聞きたくないだろうけどさ。いい感じのバーの近くで降ろしてよ。そうしたら、つまんない話をきみにしなくてすむから・・」

 ぼくは、車に乗り込んだ。彼女は、すぐに車線へ合流した。そして、ドライヴがはじまった。2分のあいだ、ぼくたちは黙っていた。ぼくは、あたまの中で「長くて悲しい話」のイントロをでっちあげるのに忙しかった。刑務所で本は山ほど読んでいた。ぜったいに滑らかに語りだせるはずだと信じた。老いぼれの囚人哲学者に、ピンプよりも詐欺師になれって言われてたくらいなんだから。

投稿者 Dada : 06:00 PM

July 18, 2005

MELODY OFF KEY 6

 ぼくは語りはじめた、「メロディ、運命はなんて残酷に人間を扱うんだろうか。まるで、操り人形みたいだよ。さっき、ぼくはあの店から出てきた。何百マイルも遠く離れたガレージに電話してきたところだったんだ。1週間前、セントルイスからこの街へ来る途中、車が火を噴いた。ぼくは落ち込み、孤独で、希望を失ったまま、友だちもいないこの大都会へやって来たんだよ。

 ガレージの修理工は、悪いニュースをぬけぬけと口にしたよ。150ドルもかかるっていうんだ。手持ちは50ドルしかない。店を出るとき、絶望で目の前が真っ暗になっていたんだ。

 年老いたママは、肝臓の手術が必要なんだ。この街の郊外の建築会社で働くために出てきたんだ。こうみえても、ぼくは腕のいい大工なんだ。仕事に行くには車がいる。来週から仕事をはじめる約束になってる。ぼくがお金を稼がなくては、東から太陽がのぼるのと同じくらいの確率で、ママは死んでしまう。

 でもね、ダーリン、すごく不思議なんだ、今、これだけの問題を抱えているというのに、心が落ち着いている。ほら、あのアパートのすき間の路地できらきらと光っているゴミバケツを見て。ぼくには、あれが物凄く大きな宝石に映るんだ。屋根の上にのぼって、星に向かって叫びたいんだ、ぼくはやっと見つけたんだ、と。今夜、ぼくは美しいメロディに出会った! この世でいちばんラッキーな黒人だと感じる。ねえ、きみが実在してることを、ぼくに信じさせて。幻みたいに消えないで。お願いだよ・・」

 サイドミラーの中で、ため息のでるような彼女の太ももが震えていた。もう少しで前を走っているスチュードベイカーに衝突しそうだった。

 突然、ハンドルが切られ、リンカーンのホイールがきしんだ。彼女はエンジンを止めるとまっすぐぼくを見つめた。瞳は青い感情のかがり火と化していた。サテンのような喉が波打っていた。ぼくのそばへスライドすると、そのまま深紅の唇でぼくの唇をふさいだ。舌が入りこんでくると、口いっぱいに甘さがひろがった。彼女の爪が、ぼくの太ももに食い込む。ぼくの目を、じっと見ている。

「黒い詩人のパンサー。今のキスでわかったでしょ、あたしは実在しているの。幻じゃないし、消えたりしない。どうか、バーへなんて行かないでね。アルコールじゃあなたの問題は解決できない。明日の正午まで、両親が家を空けているの。うちへ来て、コーヒーを飲みながらお話をさせて。そうして欲しいの、ブラッド、必ずいいアイディアが浮かぶから。お母さんから電話がかかってくるし、早く家に帰らなくちゃ・・」

「慈悲の天使よ、すべてをあなたの柔らかな手に委ねます・・」

投稿者 Dada : 06:45 PM

July 19, 2005

MELODY OFF KEY 7

 彼女の家は、黒人のキャンプからかなり離れた場所にあった。1時間くらい走ったと思う。白人の世界へ入っていくことは、地獄を去り天国へ入場することだった。4月の庭の香り。整然と並んでいる豪奢な家の柱。月明かりに照らされて光り輝いている。ストリートにはまったく物音がしない。ランスの聖堂はこんな風なんだろうなあ。

 ぼくは思っていた、「なんだよこれ・・? 地獄のような街に暮らしている黒人の98パーセントは、地上の楽園があることなどこれっぽっちも知らずに生き、死んでいくのか。白人たちと同じ栄光を手にするためのパスポートは2通りだね。白い肌か、うなるような札束。まじめにピンプするんだ。お金をコップするんだ。少なくとも、今夜はこの天国でシンデレラをクラックできるんだから、幸せ者だと思わなくちゃ。いいな、いいな。自分にないものをもってる女って、いいな」

 車は、彼女の家のドライヴ・ウェイに入っていく。正面に見える部屋。青いカーテンごしに食卓の灯りが柔らかく点っている。彼女は、ピンクのしっくいのガレージにリンカーンを停めた。このガレージは家とつながっていた。裏口から入る。台所を通り抜けた。闇の中なのに、きらきらと光っていた。半ば真っ暗な家の中を泥棒みたいに移動した。ふかふか絨毯が敷かれた階段をのぼり終えると、彼女は止まった。

「ブラッド、あたしはこの家で生まれたの。この辺に住んでいる人はみんな知り合い同士だから、だれか友だちが通ったとき、この家に人がいると知ったら、遊びに来るかもしれないから、奥にあるあたしのベッドルームがいいと思う・・」

 ベッドルーム。鏡台の上にある小さな青い灯りを点けた。部屋は水色と生成の白でまとめられていた。クイーン・サイズのベッドには、青いサテンのキャノピーが付いている。ぼくは、鏡台の隣にある白い絹の寝椅子に腰かけた。彼女が、アイボリーのラジオのスイッチを入れた。ドビュッシーの《月の光》の甘い旋律が満ちた。

 彼女は、仔牛のなめし革製の小さな靴を脱ぎ飛ばした。ストリートにいる時よりもこの部屋で見るほうがきれいだった。指のさきで、ぼくの耳たぶを撫で撫でしはじめた。「ママのかわいい黒パンサーさん、逃げちゃだめよ。あたしは下へ行ってコーヒーをメイクしてくるね・・」と言うと、下りていった。

 ぼくは思った、「よーし、お金のために彼女をクラックするんだ。最低でもCノートはかたいな。まず、Cノートなら悪くないよな。もっとクラックするけどさ。もし、おちんちんちんにむしゃぶりついてきたら、ベッドに縛り付けてペッパー仕込みのセックスだ。こんな天国でずっと暮らしてきた女、あんなの体験したことないでしょ。フリップさせまくりだな。しかしながら、キャノピーがあるベッドなんて初めてだ。すごいなキャノピー。しかも、天国にあるキャノピーかあ。いいな、いいな」

投稿者 Dada : 06:00 PM

July 20, 2005

MELODY OFF KEY 8

 階段から、彼女の小さな足の微かな音がした。銀のトレイを手にしてもどってきた。かしこまって、コーヒーでも飲もうということだね。銀のトレイは鏡台の上に置いた。

「ね、カップに注いでおいて。ちょっと服を脱ぎたいから。そのあとお話しよ」

 ぼくは、2つのカップに注いだ。じぶんのを飲みはじめた。彼女は、ウォークインクローゼットへ入っていった。しばらくすると、出てきた。身につけているのは、黒のパンティと、赤い透ける生地の小さなナイトガウンのトップスだけだった。彼女の、小ぶりだけれど彫刻のような胸がよくみえた。こちらを見つめながら、ゆっくりとベッドの端に腰をおろすと、足を組んだ。コーヒーのカップを手渡してあげた。

「それで、この街にしばらくのあいだ滞在するつもりなの?」

「ベイビー、もし、励まされて、心が強くなれたら、一生ここにいるよ。ベイビー、こんな状況のときにきみと出会いたくなかった。いい会社に入りたいんだ。だけど、車のことやママのことで気持ちがふさいでるんだ」

 すると、彼女は指をぱちんと鳴らし、

「エウレカ!」

 といって、ベッドからおり、部屋を横切ってドレッサーへ。いちばん上の引き出しを開けると、預金通帳をとりだした。またベッドに座った。左手の人差し指の爪で、白い歯をこつこつと叩いている。計算をしているみたい。眉毛にしわを寄せている。急に立ち上がって、預金通帳をしまいぴしゃりと閉めた。

 ぼくは思った、「なになに、どうせ演技でしょ。はやく金出せよ」

 彼女は、前かがみになり、いちばん下の引き出しに手をかけ、メタルの豚をとりだした。それを、ドレッシングテーブルの上にのせた。

「ブラッド、今、あたしにできることは、これが精一杯。お小遣いをもらえるのは、まだ一週間先なの。100ドル足らずしか口座にないみたい。けれども元気を出して、ここに、小銭だけど100ドルはあるから。あたしを信用して、あなたが黒人としてどれだけ問題を抱えているのか、よく分かるの。これは、ローンということにしましょう」

投稿者 Dada : 06:45 PM

July 21, 2005

MELODY OFF KEY 9

 ぼくは、どれくらい重いのか、豚の貯金箱をもちあげてみた。たしかに重い。Cノートくらいはありそう。だから、彼女の腕を引っ張ると、ぼくの隣に座らせた。腕をまわした。抱きしめて、キスをした。糖尿病になって死にたいのかというくらい、舌を絡ませ、甘さを吸った。金をもらえば、これくらいしてやらないと。青い炎のような瞳の真ん中を覗きこんだ。

「ベイビー、きみは今夜、世界の秘密をひとつ、発見したんだよ。受け取ることよりも与えることのほうが素晴らしいなんて、誰でも知ってることじゃない。狂ってるように聞こえるかもしれないが、ぼくはこう思うんだ、きみが、こんなに美しくて、思いやりのある人間じゃなければよかったのに、と。なぜなら、この愚かな心が、きみをがっかりさせるのが怖いから。なのに、どんどん魅かれていくんだ。ベイビー、そうです。ぼくは、田舎のニガです。どうか、ぼくの心を傷つけないで、お願いだよ・・」

 この演技は、確実に彼女の心を捉えたようだ。青い瞳の炎はやわらかになり、憂いをたたえ、真剣になった。なめらかな手が、ぼくの頭を抱いた。

「ブラッド、ベイビー、あたしは白人だけれど、どんな黒人よりも不幸に育てられてきたのよ。両親は何もわかってない。愛情と理解を求めて、あたしの魂が悲鳴をあげるとき、あの人たちは、何かを買い与えて涙を止めようとするのよ。彼らにとっては、白人じゃなければゴミと同じ。心が狭くて、冷たいの。もし、あなたがここにいたことがバレたら、死ぬか、あたしを追い出すか。あなたなら、あたしを幸せにできるよ。愛と理解に飢えてるの・・」

「ベイビー、きみの全財産を、この黒い競走馬に賭けておくれ。きみのためなら、ぼくは全てのレースに勝利するだろう。美しいひと・・」

「ブラッド、あなたは黒いパンサーよ。あたしは白い子羊。パンサーが子羊の魂と体を食べることは、誰にも止めることが出来ない自然界の摂理なの。子羊は、パンサーのためならいくらでも待つ。子羊はそういう動物よ。さあ、今からあたしが言うことを、よく聞いて。そして、ベッドの中でショックを受けないように、あたしの悲劇を解決する糸口を探しだして・・」

投稿者 Dada : 06:50 PM

July 22, 2005

MELODY OFF KEY 10

「ブラッド、世界でもっとも有名な建造物の柱には、欠陥があることを知っているかしら。パルテノン神殿の話よ。その欠陥は、《エンタシス》と呼ばれてるの。それは、人間の目から見て完璧に見えるよう、必要とされているものなの。あたしは、この柱みたいなものなのよ。あたしは古くないし、美しいだけなのに。あたしの悲劇はね、あたしにも《エンタシス》があるということ。しかも、本物の《エンタシス》が完璧さのために存在するのに、あたしのは、完璧さを隠してしまうの。意味わかりますか?」

 こう思った、「ハ? どういうこと? ようするに、こいつのメンコは変な風になってるのかな。ヨコになってるとか? もし、そうだとしても、オマケみたいなものさ。こんなに可愛い女なんだから、ピンピンして娼婦にしたところで、ちょっとした違いなんか、客は気が付かないでしょ!」

 こう言った、「ベイビー、メロディ、まだ何もしてないんだ。きみみたいに可愛いひとだったら、頭が二つあっても何も問題ないよ。さあ、ベッドに仰向けに寝て。黒いパンサー・スタイルの愛を教えてあげるよ。長いタオルとかもってる?」

 彼女は、廊下へ出て、クローゼットへ行くと、長くて細いのを手渡してくれた。赤いトップスと黒いパンティを脱ぎ、ベッドによこたわった。ぼくは、彼女の「欠陥」に目をやった。どこが《エンタシス》? 陰毛はなかった。つるつるしてた。ぼくは、両足をベッドの足に縛りつけてやった。左手を頭のほうへ。そのとき、電話の音。彼女が、右手で受話器をとった。

「ハイ、お母さん。元気よ。お父さんと楽しんでるの? ママ、早くふたりに会いたいよ。予定通り、明日帰ってくるの? よかった。時間通りに空港へ行くから。もう寝るところ。『アフリカ・アンソロジー』を読んでいたところなの。ワトゥーシ族の戦士について調べてたら、興奮しちゃったわ。おやすみ、お母さん。オー、パパにマイアミのビーチでいいお洋服をゲットして来てって伝えといて。この夏、地元のビーチに旋風を巻き起こしたいから・・!」

 ぼくは、せっせと自分の服を脱いだ。彼女が電話を切った。自由になった右手をさっそく縛りつけた。そして、見下ろした。相手の目が訴えかけている。

「ねえ、ブラッド、忘れないで。あなたは田舎者じゃないわよね。こんなことでショックを受けるようなひとじゃないはずよ。あたしの体の他の部分と同じように、あたしの《エンタシス》をスウィートに受け入れてくれるわよね!」

投稿者 Dada : 06:00 PM

July 23, 2005

MELODY OFF KEY 11

 ぼくは、なんで《エンタシス》がどうこうと心配してるのかな、と思っていた。毛が剃ってあるのはもう見たし。ベッドに膝をつき、彼女の腹へすり寄った。顔を近づけてみた。何かがある。肌と同じ色をしたベルトが、股間に巻きつけてある。お尻から、ベルトをひっぺがした! びっくりして、床に落ちて足をばたばたさせてしまった!

「この臭いチンコのついてるオカマ野郎!!!」

 この男のリアルな《エンタシス》は、ピンク色。かちんかちんに勃起していて、コブラみたいに太くて、30センチもの長さがあったんだ。

 こいつ、火のついたマッチを押しつけられたみたいに泣きだした。

「約束したのに! お願い、ブラッドったら、約束を守って! じつはすごくイイんだから! あなたが思ってるよりも美味しいのよ!」

「野郎、女と約束したんだよ。男じゃねえよ、馬鹿。おれはピンプなんだ。ウジ虫じゃない。こんな糞だめみたいな場所、さっさと出ていくよ。オカマだった迷惑代として、この豚の貯金箱をもらっとくわ」

「この、汚らしいニガの嘘つき野郎! 泥棒! 紐、ほどけよ! 糞ったれのニガ! 逆にてめえの黒いケツ縛って見てやるよ、こら!」

「メーン、おまえみたいに狡猾だったら、すぐほどけるだろ。まったくよ、その《エンタシス》で殺されるところだったよ、オカマ・・!」

 ぼくは、階段を下りていった。裏口から出た。通りまで歩いていく。住宅地を脱出するまで、1時間くらいかかったよ。高速のインターセクションまで来きたら、ちょうどタクシーが通ったのはラッキーだったな。

 ヘイヴン・ホテルまで戻ってくると、メーターは14ドル30セントだった。運転手に15ドル渡してやった。窓のほうを見た。チビのビッチがいた。午前2時だった。ハロウィーンの悪夢みたいだったよ。骨折り損のくたびれ儲けですよ。おまけに、すっかりシラフに戻っていた。

 エレベーターに乗ると、ある考えが襲ってきた。あの白人野郎、ぼくを逮捕させようとするかも。親が帰ってくるまでに、タオルがほどけなかったらどうなる? あいつ、証言をするだろう。ニガの強盗が襲ってきて、自分を縛りあげて金を奪ったというかもしれない。

 いずれにせよ、ヤバかった。5〜10年食らう、という考えが頭をぐるぐる回りだした。自分でほどいたとしても、ぼくを襲いに来るくらい怒ってるかも。ダランスキーとペッパーにハメられた件を思いだした。掃除用具入れから隠していた紙袋を取り出すときには、汗びっしょりになっていた。

 コカインを内ポケットにうつし、402号室をノックした。チビのビッチがドアを開けた。にやにやと笑っている。

「ハロー、ダディ、エンジェル〜! あなたの犬っころビッチ、今夜はお尻をしこたまふりましたわよ! あら、豚の貯金箱?」

「だから何だよ、ビッチ、ホーががんばったからってメダルでももらえると思ってんのか?」

 ビッチの質問には答えず、こいつに《エンタシス》が付いてないか、よーく見てみた。この女、素っ裸だった。中へ入り、ドアを閉めた。70ドルが棚の上に置いてある。ぼくは振り返り、ビッチに顔をちかづけた。あっちからキスしてきた。《口づけ》の銅像のところに、豚の貯金箱を置いた。

 ぼくは、大麻のカンをビッチに渡した。彼女はベッドに座り、いくらかをつまんで新聞の上にひろげた。ジョイントを巻きはじめた。ぼくは、服を脱ぎはじめた。バスルームへ行き、シャワーを浴びながら口についたオカマ味を洗い落とした。ギャングスターのいい香りが漂ってきて、鼻をついた。

 シャワーの水流の中で、ぼくは叫んだ、「ガール、ドアの下に隙間があるからさ! 雑巾かなんかでふさいどいて! あと、2本巻いといて!」

 体を拭きながら出てくると、シーツにもぐりこんでいる彼女の隣へ。ジョイントを受け取り、深々と吸いこんだ。タバコをとって、先から葉をほじくりだした。そこに大麻の吸い殻をまた詰めて、尖端をひねってから火を点けた。いい感じ、上物だった。

 うん、頭蓋骨が夢みたいに浮かぶ気持ち。次から次へといいアイディアが浮かんできた。問題は、ひとつひとつに鞍を取りつけて乗ろうとする直前に、どれも忘れてしまうことだった。たぶん、野生の馬を追いこもうとする、酔っぱらいのカーボーイみたいな気持ちなんだろうな。

 ギャングスターは、たしかにホーをハイにさせる。けれども、こいつは頭が混乱するから、ピンプには向いてないと思う。あの美しいオカマ野郎が、ぼくの胸の中にわけのわからない種を埋めていた。野生の花が、満開に咲いている。ぼくは、夢中でチビのビッチにむしゃぶりついた。温かく泡立ったトンネルの奥のほうへ、眠るように吸い込まれていった。今夜は、鎮静剤はいらなかった。

- つづく -

投稿者 Dada : 06:00 PM