June 21, 2005
DRILLING FOR OIL 1
高架を走る電車のせいで、夜中に部屋は半ダースほども揺れた。やがて、べとついた空は白んできた。ぼろぼろのカーテンから青灰色の光が射しこんだ。
彼女は、ぼくの腕に抱かれていた。あごの下に茶色くなった血の粉がこびりついている。肌から伝わってくる鼓動は、まるで猟犬に囲まれたヤマネコみたいに波打っていた。ストリートから氷売りの馬の蹄のポクポクという音が聞こえる。ワゴンのキーキーと鳴る音にもリズムがあった。
「アイスマン☆彡 アイス☆彡 100ポンドで20セント☆彡 50ポンドは10セント☆彡 スイカを冷やそう☆彡 お肉を冷やそう☆彡 お好きなときにチッタリングが食べれるよ☆彡 アイスマン☆彡 アイス☆彡」
ぼくは思った、「アイスマン、がんばってるな。ぼくもこのストリートでがんばろう。プレストンの親父が言ってたとおり、かなり酷い目に遭いそうな気がするけど、ここに決めたんだ。このストリートには金があるから。
彼女に仕事の話をするときは、クールに、自信たっぷりにやろう。口ごもったり、まだピンピンの勉強中だってことがバレないようにしなくちゃ。刑務所のピンプたちからハッスルした言葉を、完璧に思い出さないと・・」
そして、言った、「フィリス、きのうの夜、ダディはストリートを調査していたんだ。まるで詐欺師だらけの川を泳いでいる感じだった。おまえ以外のビッチだったら、外で金を稼いでこいなんて言わないと思う。ベイビー、それだけ信頼してるってことさ。
どんなピンプやビッチにも、騙されないよな。じっさいの話、おまえならイカサマにあってる暇がないほど金を稼ぐことができる。これは議会で証言してもいいくらいだ。ちがうかい? ちょっと言いすぎ?」
彼女は言った、「ダディ、あたしはもう大人なの。どんなピンプもあなたからあたしを奪うことなんてできない。あたしはダディのものなの。これからもずっとそう。ハニィ、あなたの小さな犬になって、何百万ドルも稼ぎたいよ。
もし、あたしたちがリッチになったら、あたしの娘のゲイも一緒に暮らしてもいいでしょ? まだ2才なの。可愛くて、人なつっこいの。ダディも好きになるよ。セント・ルイスの叔母さんが育ててくれてるの・・」
そのとき、ぼくは思った、「うわ・・おれは、完全なる、まぬけピンプだな。一週間も一緒にいたのに、いきなりここまでビビらされるとは。ガキがいんのかよ。聞いてないって。最悪なことに、この女がどういう人間か、まったく聞いてないからな。ほとんど何も知らないかも。最初に会ったバーでオカマに聞いたことがすべてだ。それで満足してた・・。
ヤバイな。そういえば、刑務所のピンプたちが言ってた・・・
『もっとも重要なことは、新しいビッチが、何に対して怒っているのか、これを知ることなんだ。彼女のあたまの中を覗いてみるんだ。最初にセックスしたのは誰なのか? 父親か? 他の人間か? どんな人生を歩んできたのか?
彼女自身の言葉で話してもらうんだ。もし、生まれたころまで想い出せたら、バッチリだ。すべてのピースを組み立てていく。すると、その女とは2日しか続かないのか、2年くらい付き合うのか、だんだん見えてくるはずなんだ。
何も聞かなかったら、暗闇にいるようなものさ。必要なら、泣かせてもいい。とにかく話を聞くんだ。深い眠りから呼び覚ましてあげるんだ。そして、最後にじぶんの経験と照らし合わせて、チェックしろ』
投稿者 Dada : 06:00 PM
June 22, 2005
DRILLING FOR OIL 2
ぼくは言った、「ガール、金のことだけ考えていて欲しい。きみとぼく、二人だけで生きていくんだ。きみのなかに眠っている光をぼくが解放してあげるよ。ベイビー、ストリートで死にもの狂いでお尻をふっておくれ。大金を稼いだら、娘を呼んでもいい。でも、今はダメだ。仕事の目鼻がつくまでは、子供のことは忘れるんだ。客をハメることだけを考えてくれ。
じゃ、よく聞いて欲しい。とにかく、通りに立つんだ。バーに入るな。酒を飲むな。大麻を吸うな。働いてるときは、麻薬をやっちゃダメだ。外にいるときはできるだけ頭蓋骨の中をクリアにしておいて欲しいんだ。さもないと、命を落とすことだってある。そうしたら、ぼくの金まで消える。
いいかい、ビビらせようとしてる訳じゃないんだ。ストリートにいるときに起こったことは、何もかも覚えておくんだ。毎晩、仕事が終わったら報告してもらうからね。たぶん、今夜にも、どっかのイカサマ野郎がきみをハメようとしてくる。明日の夜には、連れて行ってしまうかもしれない。
わかるね、クラック・ワイズなニガとは目を合わさないで。あと、女ピンプ。もし、女ピンプと話しているところを見つけたら、お尻を蹴っ飛ばすよ。ひたすら、白人の男とトリックするんだ。黒人の男はトラブルの種だよ。あいつら、結婚したがってるから。
きみは黒人で、かわいい。客はきみの魅力に逆らえない。奴らはセックスがしたくてしょうがない。そして金をもってる。100ドル要求して10ドル受け取るんだ。値下げしてもいい。ただ、値を吊り上げるのはダメ。知らない奴の部屋に行くなよ。20ドル以上の客は、ぼくたちがこれから引っ越すホテルの近くにあるマーチン・ホテルへ連れて行くんだ。車からはできるだけ早く降りるんだ。さっさとセックスしてどんどん稼ぐんだよ。
きみの名前は、メアリー・ジョーンズだ。捕まってもすぐ保釈金を払ってあげるから心配しないで。きみは、泥棒じゃないんだから。保証人や弁護士なんて必要ない。きみには、前科もないんだし。あと、ストリートで若くてかわいい女の子を見つけたら、カタギでもホーでも声をかけるんだ。なかよくなって話をするんだ。そして、ぼくのことをビルド・アップしてくれ。わかるだろ、ぼくがどれだけ頭がよくて、スウィートかってことを話すんだ。逆にビッチに騙されないように。このファミリーにはもっとホーが必要なんだ。ジャンキーのビッチはやめてくれよ。こんなところかな。質問はある?」
投稿者 Dada : 06:45 PM
June 23, 2005
DRILLING FOR OIL 3
彼女は言った、「ダディ、わかった。何もかもディグしたよ。もし、ちゃんとディグれてないことがあったら、改めて質問します。ダディ、あなたのことが誇らしいよ。頭がよくて強いよ。ダディといっしょにいると、すごく安全だし安心できるよ。あなたにとっての星になりたいの」
ぼくは、じぶんの知っていることを全て彼女に話した。それは、ただのピンプのたわごとだったよ。90パーセントくらいは、ホーなら知っていて当然のことだった。ストリートから身を守るために彼女が必要としていたことは、日々、変化している状況について毎日、助言してあげることだった。でも、何千通りもある危険を完全に説明するなんて、あのころのぼくには無理だったよ。
どれもこれも、刑務所のピンプから聞いた話ばかりだった。だが、彼らは小さな町の平均的なピンプだったからね。シカゴのように流れの速いストリートでピンピンしていくだけの気合いも知識も持ち合わせていなかった。彼女とぼくは、目の見えない人が、目の見えない人の手を引いてるという、まさにあれだったんだ。いろいろ話し終えると、ぼくは疲れ切っていた。ストリートでの初日に備えて、新鮮な気分になっておく必要があった。
ぼくは言った、「シュガー、一眠りしよう。くそ忙しい夜になるだろうから。そうだ! 忘れてたけど、どっかの馬鹿にきみのアクセサリーをパクられたんだよね。でも、二人でがんばれば、もっといいのがすぐに買えるよ。こんな安宿にいるのはもう、まっぴらだろ。アップ・タウンに小さくてもジャジーな家をコップしようと思ってるよ。では、子犬ちゃん、おやすみ!」
彼女は言った、「りょうかい。ダディ。寝ます。あーあ。ゲイは今ごろ、何をしてるのかな・・?」
投稿者 Dada : 06:45 PM
June 24, 2005
DRILLING FOR OIL 4
熱した油で女に火傷させられるように目がさめた。体が燃えているみたいなんだ。汗びっしょりだった。心臓は胸のおくでレッカー車の鉄球みたいに衝撃音を繰り返していた。また、神になりすました詐欺師にハメられる夢だった。いつものように、可哀想なママの背中に鞭を打っていたんだ。びっくりして目を見開いたビッチの瞳がすぐそばにあった。眉毛の傷が、まるでぱっくりと口を開けているもうひとつのあそこのように思えた。
「ダディ、大丈夫? あなたのベイビーよ、フィリスよ。どうしたの、たぶん、最低な夢をみたんでしょ、警官に追っかけられたとか?」
「ちがうよ、ベイビー。ぶっちゃけ、きみがトラブルに巻き込まれていたんだ。きみがストリートで馬鹿げたことをしでかしたんだよ。ニガのピンプの車に乗せられてしまったんだ。彼は、頭の狂ったゴリラだった。きみの喉をかっ切ろうとした。ぎりぎりのところで、ぼくが助けたんだ。何かの暗示になっていることもあり得る。だから、ビッチ、他のピンプのキャデラックには、絶対に乗ってはいけないよ!」
「ダディ、白人の客が乗ってるキャデラックだけにする。お金をもってるから。ニガのピンプなんかにお尻をふらないよ、約束する。あんな奴らに引っかかるほどマヌケじゃないんだから。安心して。その夢みたいなことにはならないから。ダディ、ヘマはやらないよ。大丈夫・・」
夕方の5時20分だった。ぼくたちは、7時までに《ブルー・ヘイヴン・ホテル》へ移動した。彼女はまっすぐに部屋へ行き、まず電話の受話器を取りあげ、きちんと繋がっているかを確かめた。ぼくは言った、
「ここに電話して、って客に言うんだ」
彼女は、北極熊のラグをひろげた。あと、照明やら何やらもってきた小物を飾り付けはじめた。フェイクの星空以外は、ぼくがこの女をコップした部屋とほとんど同じになった。そして、8時にはストリートへ出て行った。
ぼくは、ここに1週間ほど滞在することにして、このブロックだけで仕事をやるよう、彼女に言っておいた。通りに面した窓辺に立ってみる。下へ降りて行ってちょうど10分後、最初の客がかかった。白人の運転する37年型のビューイックに乗りこんでいった。ぼくは時計をみた。まるで競走馬みたいな速度さ。いっちょうあがり。9分30秒後には通りへ戻ってきた。
美しい黒人の娼婦は、白人の男たちの性欲を間違いなく引っ掻くんだ。ぼくは3人目を引っ掻いたところまで見ていた。そして、シャワーを浴び、できるだけお洒落にドレス・アップした。頭蓋骨のノートに、ホットなスーツを入手するコネクションを見つけること、と書き込む。あと、大麻とコカインを売ってくれるコンタクト先も必要だった。エレベーターを使う。鍵をデスクにあずけた。売り上げが40ドルを超えるごとに、褐色の靴の爪先にしまっておくよう、ビッチに言ってある。フォードに乗り込んだ。
投稿者 Dada : 06:00 PM
June 25, 2005
DRILLING FOR OIL 5
《悪魔のねぐら》へむかう路上で、フィリスに手をふった。若くて美しいビッチが、じぶんのために売春しているのを見るのは、ぞくぞくしたよ。
通りを挟んで、《ねぐら》と反対に駐車する。グローヴ・コンパートメントに入っているフェイス・パウダーの箱にスポンジを入れ、いい感じの黄褐色になるまで顔をはたいた。通りを横切り、 《ねぐら》へと歩きだす。
10時13分。大気は新鮮に光り輝くビッチだった。4月の最初の夜は完全にこの美しさに正気を失い、ゆらゆらと微光を放つダイアモンドの星でつくられた腕輪をプレゼントしたみたいだ。巨大な月が息を潜めて待ち伏せしている。悪魔の黄色い目玉のように、目を皿のようにして獲物を探すピンプ、ハスラー、ホーたちを、じっと見下ろしているのだった。
白い鰐皮の帽子のふちへ浴びせられる4月の風に、ぼくは生々しい優しさを感じていた。ピンプらしい悪の中にだけある、生きている喜びが産声をあげるのを聴いた。ぼくは、力強さと美しさを感じていたんだ。
こう思っていた、「ぼくは、この白人の世界のただ中で、いまも黒いままだ。これから勝ち取るすべてを、この黒く囲まれた場所にいながらにして味わうべきなんだ。単純なことさ。ひたすらピンプして金の山を築くことだ。白い世界だろうと、黒い世界だろうと、フラッシュして売れてるもののお尻にキスしたがる奴らばかりなのは、同じなんだから・・・!」
クラブまで6軒ほどの場所まで来たとき、舗道の真ん中に、男が立っていた。ぼくは、目線を下げなくてはいけなかった。なにしろ、うちのビッチよりもさらに背が低いんだ。毒薬を飲んでしまった黒人の赤ん坊みたいに見える。頭だけがお化けカボチャみたいに大きい。声は、チンチンの先っちょに管を入れられたら出してしまうような、すっとんきょうな感じ。
男は、キーキーと歌いはじめた、「ピカピカだ、ホイ、だんな、あんたの手のひらもらえたら、じぶんの手のひら捨てたいな、ぼくの汚い手のひらで、コイン1枚、ピカピカだ、ホイ、ゆっくりしてってくださ〜い♪」
ぼくは、じぶんの靴を見た。ばっちり磨かれている。でも、小人が指さす磨き台のほうへ、ふらふらと歩んだ。ビルとビルのあいだにある、路地の入り口に置かれている。赤いキャンバス布はボロボロで、風に吹かれていた。
腰かけると、小人はぼくの靴にポリッシュを擦りこみはじめた。その背中のむこうに、別の靴磨きの台が置かれていて、痩せた男が座っていた。500ドルはしそうなスーツを着ている。香水の匂いをぷんぷんさせている。
やがて、まばゆいばかりの黒に塗りなおされたデュッセンベルグが、音もなく大通りへ入ってきたんだ。その車は、ぼくの目の前に駐車した。ほろは降ろされていた。あまりにも見事だったから、三度もじろじろと眺めてしまった。
投稿者 Dada : 06:00 PM
June 27, 2005
DRILLING FOR OIL 6
後部座席に巨大な男がいるのがわかる。膝の上にはオセロット(中南米産のヤマネコ)が、胸もとにもたれて寝息を立てていた。宝石をあしらった首輪をはめている。そこから、金の鎖がのびている。
男は、二人のスペクタクルなホーのあいだに座っている。街灯に照らされて、指のダイアモンドが光っている。前の席には、三人のゴージャスな白人のホー。彼の顔は《黒いフランケン・シュタイン》という表現がぴったりだ。
何かを話しはじめた。五人のホー、全員が男のほうをむいた。まるで、彼が神で、天国への行き方を教わるかのように耳を傾けている。もうすぐ世界が終わるけれど、安全な場所を告知してもらえるとでもいうように。
ぼくは、「あれは、だれだい?」
小人が、「ああ、だんな、よその町から来たんですかい。あれが、《スウィート》ジョーンズですよ。世界最高のニガのピンプです・・・!」
痩せた男が口をはさんだ、「あそこにいるまだらの猫みたいな女、ミス・ピーチ。あのビッチだけなんだ。それ以外の女は、《スウィート》は生きていようが死んでいようが問題にしない。それにしても、ここにいる女たちは奴のピンピンしてる女の半分にも満たない。もし宇宙にもニガのピンプがいたとしても、あの野郎にはかなわないだろう。これから《悪魔のねぐら》へ繰りだして一杯やるのさ。2万ドルはもってる。だが、襲撃しようなんてハスラーはいない。あいつは遊び半分に人を殺すから」
ぼくは、じぶんの見ている光景が信じられなかった。1938年の出来事なんだよ? デュッセンベルグは億万長者の乗る車だった。たぶん、合衆国であれを所有していたニガのピンプは《スウィート》だけだったはず。ぼくは、とにかく彼と強烈なホーたちを目に焼き付けようとした。まるで、人類の熱烈なアンコールにこたえて、キリストが復活したかのように。
いつのまにか、小人は靴を磨き終えていた。ぼくは、彼に1ドルやった。そのまま、デュッセンベルグから降りて《悪魔のねぐら》へと歩んでいく、史上最強のピンプとホーたちを観察していた。まだらの猫みたいなホーは彼のとなりだ。
ぼくは、こう考えていた、「今夜、彼となかよくなろう。絶対に怒らせないように。《ねぐら》の中でやるんだ。何かしら仕掛けよう・・!」
投稿者 Dada : 06:25 PM
June 28, 2005
DRILLING FOR OIL 7
靴磨きのスタンドからはなれた。《ポイズン》に殴打されていたホーとすれ違う。赤いキャデラックの客の助手席に座っていた。ジンのボトルをそのまま口に流し込んでいる。《悪魔のねぐら》の近くで、老いぼれのプレストンが二人のカモをギリシア人の賭博場へ引っぱっていた。《ねぐら》へ目をやると、彼はウインクして親指をジャークした。ぼくは肯き、店へ入っていった。
バンド演奏のない夜だった。ジューク・ボックスから「黄金の雨」が鳴っていた。まだ、それほど混んでいない。仕切られた席には、たぶん半ダースくらいのカップルしかいない。カウンターにいる唯一の客が、《スウィート》とその娼婦たちだ。中央に陣取っている。スツールの下でオセロットが肉球を舐めている。ぼくは、入り口近くのカウンター席に彼らと向かい合うように座った。かわいいメキシコ人の店員が、《スウィート》の目の前に立っていた。
彼は、店にいる客全員に1ドリンクを奢った。メキシコ人の女がみんなに配ってまわる。彼女が、ちらりとぼくを見た。きのうの夜、ぼくが飲んだものを覚えていてくれたんだ。《スウィート》からのプランダーズ・パンチをもってきてくれた。フロア・ウェイトレスたちは、カウンターに並べられたドリンクを受け取ると、仕切り席のカップルたちに手際よく渡していった。
ぼくは、ひたすら《スウィート》を観察していた。身長195センチはあるだろう。鉄仮面のような表情。感情の断片は消し去られている。巨大な手のひらの下の部分を、繰り返し打ちつけている。透明人間の喉を押しつぶすように。
離れた場所から見ていても、そわそわしてくるのだった。近くにいる娼婦たちは、おしっこ漏れそうだろうな、と思った。彼がにっこり笑みを浮かべようものなら、ショックで命を落とす女までいそうだ。この《スウィート》を見れば、ピンピンが「かわいい男」のコンテストじゃないことは明白だった。
女たちは、彼の煙草に火をつける。一口、一口、かわるがわるコーラを飲ませてやる。何とかしてピンプの機嫌を取ろうと必死になっている。
そして、ぼくは凍りついた。白人の女のひとりが、《スウィート》に耳打ちしているのだ。真っ暗な眼孔にハメこまれたあの世の住人のような目玉が、こちらを見た。死刑執行のハンマーが打ち下ろされる鈍い音が聞こえた。
投稿者 Dada : 06:45 PM
June 29, 2005
DRILLING FOR OIL 8
「神様!仏様!ママ! ぼくの目玉(ダブル)が、あの女に色目(マッスル)を使ってるとか思われませんように! あの女から金(スクラッチ)を巻きあげるとか、あの女を盗む(スナッチ)とか勘違いされませんように! よろしくお願いします、ぼくを指差したりしないでくれ!」
《スウィート》は、恐ろしい視線をぼくから外した。カウンターにそっとグラスを置くのが見えた。メキシコ人の女店員が大急ぎで駆け寄る。何か話してるみたいだ。彼女は肯くと、ぼくのほうを見た。
靴のかかとがスツールの足置きに当たり、フラメンコみたいに音が鳴りはじめた。ジューク・ボックスからビリー・ホリデイの歌が聴こえる。ヤリチン男への愛と憎しみの歌。ぼくは、もう一度、フィリスに会えるだろうかと考えた。彼女は、どれだけの早さで次の男を見つけるのだろう、とも。
カップルたちが注目している。闘技場みたいだ。悲劇のキリスト教徒がぼく。そして、百獣の王。しかも、オセロットのオマケつき。メキシコ人の女のコが、ゆっくりと歩んできた。ぼくの前に立つと表情がこわばり、真剣になった。哀れみすら浮かんでいる。死刑宣告を言い渡す役なんて、ごめんなんだろう。
「ジョーンズさんが、すぐに来いと仰ってます・・」
足がよろめいた。ぼくは、「ジョーンズさん」までの1000マイルを歩きはじめた。途中で、IQ175の脳をクリアにした。
《スウィート》の前まで来た。猫が足下でうなり声をあげた。黄色い瞳でぼくを一瞥する。ぼくは、猫をちらりと見ると、そのまま床に目を伏せてしまった。悪魔的なピンプの発光している目玉をのぞきこむなんて、怖くて無理。絶対、ズボンの中にウンコするな、とわかっていた。
悪魔は、座ったままぐるりと回転し、カウンターにもたれた。ぼくの目は、針のように爪先が尖ったパテント・レザーの靴に釘付けになった。その巨大な手と手がバチンと衝突するたびに、ぼくはビビりまくっていた。
そして囁いた、「ニガ、俺が誰だか知ってるだろ? 貴重なお言葉を聞くときは、ちゃんと俺の目を見なくちゃな・・・」
ぼくの頭蓋骨の中の電報係が、こんな内容をメールしてきた。
『こいつは完っ全に危険。こういう、マニアックな状況のときは、ミシシッピのニガみたいに行動してこーよ。白人のリンチ集団のリーダーの前でチビりそうになってるマヌケの役でいいんだって。相手に信じこませるんだ。慎重に。いい感じにしなくていーから。ひたすら向こうのお尻の穴に鼻を押しつけておくんだ。ぺこぺこするんだ。それだって難しくない・・?』
投稿者 Dada : 10:05 PM
June 30, 2005
DRILLING FOR OIL 9
ぼくはこう言った、「もちろん、知ってますよ、ジョーンズさん。世界に誇る黒人の神様じゃないですか。よっぽどの馬鹿か、耳の不自由な人でないかぎり、あなたのお名前と名声を知らない人なんて、いませんよ。ぼくが、あなたの目を見なかったのは、聖書にのってるマヌケのことを思い出したからなんですよ。ほら、のぞいたばっかりに殺されたっていう、、アレなんすよ」
ホーたちは、どっと笑った。ミス・ピーチは、レディじゃなかった。屁をこいて、歯を剥きだしにした。針のように尖った、パテント・レザーの靴の動きが止まった。どうだろ、うまく作用したんだろうか?
《スウィート》は、身を乗り出して、ぼくのあごを掴んだ。顔を上に向けさせ、巨大な手のひらをあたまの上に置いた。ぼくは、お尻の穴が緩まないようお腹をきゅっと締めた。灰色の指のせいで、あの世へ逝ってしまいそうだった。彼が口をひらくと、唇のあいだに涎でできた蜘蛛の巣の橋がみえた。
「小僧のニガ、誰だ? どこから来た? 何となく俺に似てるじゃねえか。おまえのママとセックスしたのかな? ハ?」
ぼくは、もう少しで、そのトラップを踏むところだった。
こう返した、「ジョーンズさん、あなたの前では、誰が誰とか関係なくなりますって。この町で生まれたんですよ。うちのお袋もあなたの追っかけだったかもしれない。ビッチなら、それが自然ですよね? ぼくも、もしビッチに生まれてたら、絶対、あなたにお金を納めてますもん、、」
「フン。なあ、ニガ。白人のいい女は好きか? 俺のホーのひとりが、おまえとヤりたいそうなんだ。俺は、ホーが欲しいというものは手に入れてやる。20ドルで、この女とセックスしてくれないか?」
頭蓋骨が注意報を発令した。「馬鹿! 尻の穴、引き締めろ!」
「ジョーンズさん、ぼくは、じぶんの女じゃないとセックスしないですよ。すみませんけれど、ぼく、じつはピンプです。あなたと同じ稼業やらせてもらってます。だから、ピンプから金は受け取れないんです。じぶんの決めた原則が、『リバース・トリックはなし』と言ってます。
ジョーンズさん、ぼくは、パーティー野郎じゃありません。あなたと同じくらい、偉大なピンプになりたいんです。もし、今、ピンプ・ゲームの原則を破ってしまったら、もう何者にもなれないと思ってます。あなたは、地球上で最高のピンプです。それは、わかってます。あなたも、ピンプの原則に従って、偉大なピンピンをされているはずです。どうですか? こんなヘナチョコ・ピンプに、スタートからいきなり原則を破らせて、楽しいですか?」
白人のホーが《スウィート》に寄りかかってきた。皇帝ネロに判決を下すよう催促しているんだ、
「ジョーンズさん、この可愛らしいおにーさんと、たっぷり楽しませてよ、誰もあなたにノーと言えないはずでしょ。この子、じぶんがピンプだなんて夢を見てるのね、おねーさんがお仕置きしなくちゃ。ダディ、さあ、命令して。誰がボスなのか、わからせてあげて」
彼は、女をどかした。ぼくの胸を締めあげていた大ヘビが力を緩めた。彼の目のなかにある髑髏が、軽蔑の色に変わっていく。ぼくは深く息をした。
「おしっこ野郎! 緑の尻のニガ、おまえのどこがピンプなんだよ? ピンプと書くこともできないだろ? ピンプのお尻のピンプル(*訳者註 ニキビ)にもなれねーよ。ニガ、天井にあたま突っ込んでやってもいーんだぜ? インチキな奴の口からピンプって言葉が出てくるだけでイラつくよ。さっさと失せろ、マンコ。俺のチンコしゃぶらせるぞ」
オセロットが、スツールの下から這いだしてきた。お腹を揺すって、眠たそうに、ぼくのことを睨んでいる。
ぼくは、ダビデじゃなかった。運がいいことに違った。このキチガイのおっさんに腹の底が煮えくり返るほどキレていたことは確かだ。でも、笑って5ドル札を取りだした。カウンターへ投げると、すごすごとドアを抜け、ストリートへ出た。ベルトに38口径マグナムをはさんだゴリアテと、ポケットの中の投石器ひとつで戦うことにはならなかったんだから、よかった。
投稿者 Dada : 06:45 PM
July 01, 2005
DRILLING FOR OIL 10
開けたドアが、プレストンの親父のあたまに直撃してしまった。ドアのブラインドの隙間から覗いていたんだ。よっぽど痛かったのか、手でさすっている。ビビっているように見えた。
彼は言った、「小僧、あいつはキチガイだって言っただろ。しっかりしろよ、モグラの郵便配達夫からお手紙を受け取るハメになるぜ。とりあえず、俺にママの住所を教えておけよ。おまえの亡骸を届ける家を知らないとな。これからどこに行くつもりなんだ?」
「見ろよ、プレストン。まったく仲良くなれなかったよ。それどころか、完全にカマされたよ。糞、ぼくはカウンセラーじゃないんだからさ。あそこまで狂ってる奴は無理だよ。ちょっと考えたいから、フォードへ戻るよ」
歩き去るぼくに、彼は舌打ちをしていた。ぼくは、フォードの座席に崩れ落ちた。クラブでかいた冷や汗で、体が臭かった。パンツもびしょびしょ。
遠くに、ぼくとヤリタイとか言ってた白人のホーが見えた。《ねぐら》のドアを開けたまま押さえている。《スウィート》が出てきた。後ろからホーの行進が続く。連中は、デュッセンベルグへと歩いていく。
赤いキャデラックから、編みこんだ髪をてかてかに光らせた、背が高い褐色の肌の男が出てきた。酒をあおっていたポイズンのホーの隣にいた男だ。
《スウィート》のホーたちが、車に乗りこんでいく。《スウィート》と髪がてかてかの男は、舗道で立ち話をはじめた。おたがいの背中を叩き合っている。かなり仲が良さそうだった。ミス・ピーチは、隣で尻尾をふっている。
ぼくは、思わず大声をあげてしまった。プレストンが、フォードの窓を叩いているんだ。ドアを開けてやった。彼はすべりこんできた。目を大きく見開いている。ぼくの肩越しに、外の《スウィート》を睨みつけている。
海岸に打ち上げられたサバみたいに、口をぱくぱくさせている。そして、ふくろうを象った、錆び付いた21口径のピストルを押しつけてきた。大統領暗殺の瞬間が訪れたかのように、がたがたと震えている。
「小僧、あいつを憎んでるな。ちがうか。威圧されてムカついてるんだろ。おまえがどんな目で奴を見ていたのか、ちゃんと知ってるぜ。あんな野郎がこの地球上に存在していいはずがない。さあ、おまえがやるんだ。
名声を勝ち取れ。これを握りしめて、後ろからそっと近寄れ。あの男が舗道で《グラス・トップ》と話しこんでいる隙を狙うんだ。耳ん中に銃口を突っ込んで引き金を引いてやれ。猫も殺せ。簡単だ、小僧、できるだろ・・!
この国のニガども全員がおまえのことを好きになる。さあ、偉くなるチャンスだぜ。行けよ、小僧、今しかない。こんな機会は二度とないんだぞ!」
ぼくは、「プレストン、ぼくはマーダー・ゲームに興味ないよ。そんなこと考えたくもないんだ。舗道で奴の脳ミソをぶっ飛ばして、全てを台無しにしてしまうなんてさ。ただ、あいつの脳ミソを少し頂戴して、ぼくの頭蓋骨の中で使いたいだけさ。プレストン、あんたは老人だからな。もうマスタードを凹ませる力も無いんだろ。ぼくなんかよりずっと酷く、何千回もあいつにスクリュー、カマされてるんだものな。お気の毒に。
もう負け犬なのに、ムリヤリ勝とうとすんなよ。やるなら、じぶんで行ってあいつを殺してきてよ。さあ、プレストン、この銃を持ってってよ。ここから出て行って。あんたのことは好きだけど、そっとしておいてよ。ハ? まったくもう今夜はファンキーな経験をしたよ。ちょっと、頭を切り換えないと・・」
「小僧、おまえ、もう俺には気力が無いっていうのか。あいつはな、俺を破壊したんだ。俺を再起不能にしたのはあいつなんだ。だが、ただのニガだ。クマじゃない。あの猫だって、虎じゃない。いいか、今から行ってやるよ。よく見てろ。全てにケリをつけてやるから・・!」
そして、老いぼれのプレストンは車から飛び出した。ぼくは、運転席から見ていた。足が悪いから、体がよたよたしていた。独立記念日によくポスターに描かれる、勇猛な《スピリット・オブ・76》みたいだった。
投稿者 Dada : 06:25 PM
July 02, 2005
DRILLING FOR OIL 11
ぼくは、プレストンに《スウィート》伯爵を殺すだけの度胸が、本当にあるのだろうか、と考えていた。彼は《スウィート》と《グラス・トップ》から6メートルほどのところまで来ている。コートのポケットに手を突っ込んで、準備OKな感じ。肩と背中は硬直して真っ直ぐのびていた。こちらからは《スウィート》の背中が見える。奴は舗道のほうを向いている。
こう思っていた、「あのおっさん、殺るかもしれない。なにせ、理由があるんだから。《スウィート》に散々、悲惨な目に遭わされてるんだ。血の海になるのかな。《スウィート》め、あっさり殺されちまうのかな。それとも、首をちょん斬られた鶏みたいに、そこら中をのたうちまわるのかな。ミス・ピーチはどうするんだろう。プレストンの喉をかっ切ろうとするかも。
プレストンが成功してしまったら、次はポイズンと会わなくちゃだな。ピンピンの技術を仕入れよう。彼がいちばんのピンプになるんだから。ひょっとすると《スウィート》のホーの2、3人は、ぼくのものになるかも。デュッセンベルグもいただいて、あんな車を乗り回してる若きピンプ、なんてことになったりしたりなんか、するのかも・・」
プレストンは、通りを渡って《スウィート》に近寄ろうとする。ゆっくりと歩いていく。黄色い手をポケットから出したのが見えた。《スウィート》とすれ違い1メートルほど追い越したところで振り向いた。やる気だ!
このとき、《スウィート》はバッファローのような頭をまわしてプレストンのほうへ向き直った。ミス・ピーチが緊張する。歯のないプレストンの顔の真ん中に真っ暗な洞窟がぽかんと開いた。あの弱虫のおっさん、灰色の眼球と猫の姿にびびりあがってしまったんだ。《スウィート》ににっこり笑いかけている。大急ぎで、何ももたない手をポケットから出した。
もし、《スウィート》が睨み付けなかったら、プレストンが成功していた。けれども、今、プレストンは禿げあがった頭をぺこりと下げた。そのままギリシア人の賭博場へ歩き去る。がっくりと肩を落としていた。背中は丸まったまま。あのおっさん、栄光へのチャンスを完全に逃したんだ。
ぼくは《スウィート》を眺めながら、何とか仲良くなる筋書きはないか、思いを巡らせていた。だが、まったくいい案は浮かばない。ついに、彼もデュッセンベルグへ乗り込んでいった。オセロットが膝にぴょこんと乗った。白人のホーのひとりが声をあげている。《グラス・トップ》がばっちりキメた髪の毛を手で押さえながら《悪魔のねぐら》へ入店していく。
こう思っていた、「あの、かわいいホーみたいな顔をした、てかてか頭と仲良くなれば、《スウィート》に繋いでくれるかもしれないな・・」
さっそく、スポンジを取りだして、もう一回、メイキャップした。フォードから降り、再び《ねぐら》へ行く。混んできていた。幸運にも、カウンターの中央にスツールが空いていた。
てかてかのジョーカーは隣の席だった。さっき5ドル札を投げて残りの4ドルをチップにしてやったばかりだから、メキシコ人の女の子はすぐに注文を取りにきてくれた。プランターズ・パンチを啜る。スツールの足置きをドラムのように靴で鳴らす。ライオネル・ハンプトンの《フライング・ホーム》がフロアをロックしているところだった。
白人の女たちの団体が後ろのブースに陣取っていた。まるでPTAの会合みたいだ。鼻をつくようなパフュームの香りをぷんぷんと撒き散らしている。尻をぷるぷるさせている。たぶん、ライターとか編集者たちだろう。『黒人男性のセックスの傾向』とかいって、緊急リサーチしてるんじゃないかな。
さて、時間が無かった。隣のかわいらしいジョーカー野郎がいつまでもいるとは思えないからさ。鏡に映ったお色気むんむんの白人女たちから目をそらし、横に向き直った。そして、袖のあたりに軽くふれてみた。
間違いなく、彼もやくざな世界の住人だった。いきなり触ったものだから、スツールから3インチくらい飛び上がった。唐辛子を塗ったキリをお尻にぶっ刺されたようなリアクション。衝撃を受けた表情で、ぼくを見た。切れ長の瞳を大きく見開いて、完全に警戒している。神父のベッドに裸でいるところ尼僧長に発見された尼さんみたいな感じ。
ぼくは言った、「ジーズ、どうも、ジム。考えごとしてるとは、思わなかったんだ。ごめん、まるでカタギみたいに手をふれてしまった。ぼくの名前は、ヤング・ブラッド。プレストンの友だちで。あんた、ヤバイって評判の《グラス・トップ》でしょ。一杯おごらせてもらえたら、光栄です・・」
すると、彼はてかてか頭を押さえながら、「イェー、メン、おれは《グラス・トップ》だ。何なんだよ。まったくよ。馬鹿じゃねえの。若い馬鹿は、礼儀がまるでわかってない。あんな風にディグされて、おまえみたいな馬鹿ヅラが目の前にあったら、飛ばされるだろうがよ。わかってんだろ?
いや、のっけから、しょっぱい話するつもりないんだけど。おまえの顔を見ればわかるよ。がんがん成り上がっていきたいんだろ。そういう顔してるよ。怒ってないけどさ。まあ、奢りたいんだったら、コーラにするよ。おねーちゃんに砂糖をたっぷり入れるように言ってくれよん」
投稿者 Dada : 06:00 PM
July 04, 2005
DRILLING FOR OIL 12
メキシコ人の女のコはグラスに砂糖をスプーンで入れ、コーラをもってきてくれた。《グラス・トップ》はストローで飲んだ。グラスを手で持ち上げている。ぼくは、彼の明るい茶色の手の静脈に、醜く黒い跡が続いていることに気が付いた。麻薬中毒にちがいなかった。つまり、どこでコカインをコップできるのかを知っているだろうし、たぶん大麻もあるだろう。しかも、《スウィート》の親友のひとりなんだから、ぼくは2つの用件を片づけられそうだ。
「それで、プレストンを知っているんだっけ。仕事は何をしてるんだ。コソ泥か強盗といったところかな。ハ?」
「子供のころからプレストンを知ってるんだ。彼がピンピンしてるころ、よく靴を磨いていたのさ。ぼくは、コソ泥でも強盗でもない。ピンプなんだ。あなたもピンプだよね、さっき、通りで最高のピンプと話しこんでいる姿を見たから」
「おまえが、ピンプ? 聞いたことないな。どこでピンピンしてるんだ。シベリアか? 言っておくが、《スウィート》は最高のピンプじゃない。最高のピンプは、俺なんだ。ピンプは、車と同じなのさ。いちばん有名な車が、いちばん性能がいい訳じゃない。俺がデュッセンベルグだとしたら、あいつはフォードみたいなものさ。質も美しさもこっちの方が上。だが、向こうのほうが広告を打ってるし、運も味方してるということ。
あいつには、10人のホーがいる。俺は5人だ。この街のホーたちは、俺がどれだけ偉大かということに、まだ気が付いていない。もし、女どもが気が付いてしまったら、バットで女どもを追い払わないといけなくなる。それで、おまえには、何人のホーがいるんだ?」
「まだ、ひとりしかいないんだ。刑務所から出てきたばっかりでさ。あと1年で10人にはなると思う。この街は、ぼくの噂でもちきりになるよ。だから、《スウィート》みたいな偉大なピンプと友だちになりたくて。もっと何千回もピンピンして学ぶべきことがあるのは、知ってるからさ。そんなに馬鹿じゃないよ。それに、コカインと大麻のコネクションが欲しいんだ。現時点では、暗闇で誰かが通りかかるのを待ってる、子供みたいなものだね」
「まあ、まあ。熱くなるなよ、《ブラッド》。俺さ、ちょっとキャデラックのドアを開けっぱなしで来ちゃったんだ。ちとロックして戻ってくるわ」
ぼくは、鏡ごしに彼が出ていくのを見ていた。左へ曲がり、ギリシア人の賭博場の方へ歩いて行った。プレストンのところへ、ぼくのことをチェックしに行っているな、と理解した。彼が出ていくとき、後ろのブースの白人女たちがいっせいに振り向いた。ケーリー・グラントじゃないんだから。
ジューク・ボックスから、ブルース。誰だか知らないが、こんな風に歌っていた、「ゆっくり悪くなっている、医者は呼ばないでくれ、医者はもう良くならないことを知ってるから、ママに手紙を書いて、ぼくの状況を伝えてあげて、ゆっくり、ゆっくり、ぼくは悪くなっていると・・」
思い出した。これは、親父がいちばん好きなレコードだったんだ。高級なヴィクトローラのプレーヤーでよくかけていた。家のドアを開けると、何もかもが消え失せていた日の顔をよく覚えている。親父はまだ生きているだろうか、と考えた。生きているのなら、シカゴにいるのだろうか。もし親父に会うことがあったとしても、伝える言葉なんてない。
投稿者 Dada : 06:00 PM
July 05, 2005
DRILLING FOR OIL 13
白人の女たちが、鳥みたいに首をのばして入り口を見た。鏡の左側へ目をやると、《グラス・トップ》が戻ってきた。女どもがざわめいた。
「ジャック、白人の女、ときどき怖くない? レイプされそうだよ」
「ハハ。あんな女を脱がして、体じゅうひっくり返しても、Cノートなんて1枚も出てこない。平凡な主婦なんだから。家庭での中途半端なセックスに飽きてるんだ。簡単にヤれるニガを、物色しているのさ。
いいか、あいつらは、お互いの秘密はバラさないからな。旦那たちは、本当に起きていることを知らないんだ。万が一、知り合いの白人の男が来たらどうするか? 『ご近所のみんなで、スラムの見学に来てるの』とか言ってごまかすんだよ。ジャック、ようするに、秘密のセックス・クラブだよ」
「ハハ・・・。トップ、ところでさ。ぼく、へとへとなんだ。《ガール》をキメたいんだよね。どこかで手に入ったりする?」
「小僧、お疲れなんだろ。もちろん、いい話があるよ。そういうことは俺に聞いてくれ。《ガール》も《ボーイ》もこの街で最高のが手に入るから。リーファーもヤバイのがあるよ。なあ、ブラッド、おまえが気に入ったよ。ハートがあるからな。どのくらい欲しいんだ?」
「《ガール》、どのくらい?」
「5キャップが5ドル。16キャップが100ドルかな。だいたい、1オンスで1000ドルくらい。近所にいい感じの部屋を借りてるんだ。そこに行けば、月までぶっ飛べるぜ。来るかい、ピンプのおにーさん・・」
「是非。ホントにメロウなネタだったら、100ドルくらい買うよ!」
また、5ドル札をカウンターへ投げた。メキシコ人の女のコが飛んできて、白い歯を見せた。まるで、ぼくが彼女の歯医者だというように。
2人で外へ出て、《グラス・トップ》のキャデラックに乗りこんだ。ぼくの足が、ボトルを蹴っ飛ばした。ポイズンのホーが飲み乾したジンだった。車は赤いつむじ風のように大通りへ発進した。ビリー・エクスタインのシロップのような曲、《この小屋、売ります》がラジオから流れていた。
こう思っていた、「もっと急いでピンピンしなくては。最低でもキャデラックは買わないとダメだ。1年以内に、デュッセンベルグを乗りまわさないと。あらら、もう1時半じゃないか・・。ビッチの様子を見てくるのを忘れてた。まあ、いいか。いま、流れは変わりつつある。このてかてか頭のジョーカーが、ぼくを《スウィート》まで連れて行ってくれる・・!」
そして到着。《グラス・トップ》のアパートは、ぴかぴかだった。なんていうか、ジャズ。テクニカラーの光が、外壁を照らしていた。ロビーには、ゴムで造られた背の高いフェイクの植物が茂っている。
クロームと真鍮のエレベーターをつかって2階へ。彼の部屋へ入った。分厚い赤の絨毯がびっしりと敷き詰められている。フレッシュな黒と金色の塗料が、壁と天井に塗られていた。
鏡に囲まれた小さなエントランス・ホールで、ポリネシアンぽい美女がぼくのコートと帽子を受けとった。柔らかいラベンダーの絨毯に足が沈みこんだ。遠くから、コンソール音響マシンの心地よい音が聞こえてくる。インク・スポッツのリード・テナーが、《囁きのグラス》を歌っていた。
トップとオリーヴ色の肌をした美女の案内で、子宮のようなリビングに通された。窓はヘヴィー・ラヴェンダーで装飾されている。ストリートの街灯も、太陽の光も、このピンプの部屋へ侵入することは許されていないのだった。
投稿者 Dada : 06:25 PM
July 06, 2005
DRILLING FOR OIL 14
ぼくと《グラス・トップ》は灰色の長いソファに腰かけた。上から銀色の布を垂らして天井を低くみせるのに、だいぶお金を使っているように見えた。ただ一つの灯りは、ガラス製のカクテル・テーブルに取り付けられている。光はこぽこぽという水の音とともに、淡い青色に明滅していた。
黄色、赤、オレンジのたくさんの熱帯魚たちが、テーブルの下、6インチほどのところに作られた水槽の中を泳ぎ回っている。ラヴェンダーの絨毯の下に、灰色のゴム・ホースを這わせてあった。もちろん、新鮮な水を循環させるためのギミックなのだろう。
ポリネシアンの美女は、ほとんど裸だった。注文を待っているベル・ボーイのように、脚を大きく開いてぼくたちの前に立っている。テーブルから発せられる光のせいで、赤いガウンを纏っているだけの彼女のシルエット、コカ・コーラのボトルのように浮かびあがった。ぼくには、太もものあいだの陰毛が、4インチほど立ち上がっているように見えた。3Dスタイルの希少なプッシーをお持ちの女性だと思った。その部分からムリヤリ目を引き剥がし、顔を見てみた。淫乱なモナリザのよう。夢見心地だった。
彼は言った、「ビッチ、注射器を2本もってこい、《ガール》と《ボーイ》も何キャップか。そうだ、《ブラッド》、こいつはレイデルという名前」
きびきびと尻をふりながら、ぼくの側を通り過ぎると、あまりの美しさに溜め息が出そうになった。コーナーにある白い巨大な音響機器は、聴いたことのない音楽を再生している。『もしも、パイプが乾いたら、ハイになってる証拠、何もかもがダンディ、走って買いに行けばいいのはキャンディ、ペパーミントは売ってない、ああ、完全にキマッてきたよ、家賃も払わなくていいくらい、じゃ、もう一服キメよう、完全なる悪人・・』
「このジャンキーの色男、たしかに本物のピンプだ・・」ぼくは思った。
「ぼくにもヘロインをキメさせようとしてくるな。コカインすら、きっちりキメたことないのに。両方とも断ったら、田舎者だと思われるな・・・」
ぼくは言った、「いや、あんたの言った通りだ。この家はヤバイ」
「ベッド・ルームだけで5部屋あるんだ。この街のホーたちはとことん見栄を張らないとついてこないよ。これだけの物を手に入れなくては、ここじゃピンピンできないんだよ。さてと、このコカインをキメてみな、しばらく動けなくなるから。服を脱いだほうがいいぜ。グルーヴにゆだねるんだ」
女が注射器を運んできた。スプーンと、1ダースほどの白色と茶色のキャップも。彼女はそれらをカクテル・テーブルの上に置いた。ぼくらの手元にスライドさせる。水槽の中で水が大きく動いた。熱帯魚たちは暴れている。彼女は前かがみになり、《トップ》の靴を脱がせはじめた。ぼくは、ポケットに手を入れてCノートがあることを確かめた。何時間か前、ヘイヴン・ホテルを出るときに股間から1枚、抜いておいたんだ。
「これは俺のおごりだ。サンプルだよ。あとで欲しいだけ売ってやる」
2人ともパンツ1枚になった。彼のは、キャンディ・ストライプの絹だった。じぶんの白い綿のトランクスが、乞食みたいに思えた。
投稿者 Dada : 06:45 PM
July 07, 2005
DRILLING FOR OIL 15
女は、ぼくらの服を両手にもち、部屋を横切るように置かれた巨大な椅子の手すりにかけた。もちろん、ぼくのお金にはいっさい手をつけなかった。隣に立っている。すると、テーブルのはしっこ、《トップ》の傍らの電話が鳴った。彼は受話器を手に取った。
「ハイ、こちら、《おたのしみの家》。何がお望みですか? ああ、アンジェロか。彼女ならここにいるよ。いや、全然しらふだよ、すぐ行かせるわ」
電話を切って言った、「ビッチ! コートを着るんだ。すぐにフランクリン・アームズ・ホテルのベル・ボーイ長のところへ行け。ディンプルや他の女に処理しきれないくらい客が来てるらしいんだ。キャデラックの鍵を忘れるな、大急ぎで到着するんだ、いいな、ビッチ!」
女は、3分もしないうちに飛び出して行った。じぶんの男に儲けさせてやりたい一心なのが、よく理解できた。フランクリンで待っている客たちのチンコは、じゅうぶんなサービスを受けることができるだろう。
ぼくは思った、「うちのチビのマンコも、もっとカルティヴェイトして、あの女みたいな形にしてやらないとダメだな・・」
彼は言った、「あれは、若くていいビッチだよ。1年前にハワイでコップしたんだ。いま、この街にはコンベンションか何かで2000人のカモが来ている。片手に20ドル、片手にチンコを握りしめた連中さ。
レイデルは、もう36時間も眠っていない。俺の他のホーたちも、フランクリンで今日の早朝から働きっぱなしだ。この3日間で、5000ドルは堅いと思ってる。もちろん、アンジェロに30%ピンハネされるだろうが。あと、女ひとりにつきCノート1枚、警官へ《オイル》を渡さないといけない・・」
そう言うと立ち上がり、ズボンからベルトを抜き取った。ぼくのベルトを、ぼくの腕のちょうど肘の上あたりに巻きつけている。
「なあ、トップ、ぼくだってカタギじゃないけどさ」ぼくは言った、「ヘロインはやらないんだ。コカインやるよ。そっちのほうが興味あるな」
「ボク、ミンクの次はテンだみたいな感じで、金玉つかんでムリヤリ強烈なネタをやらせようなんて思ってないから、安心しな。まあ、ヘロインよりもヤバイ飛び方するモノなんてないけどな。ゆっくり覚醒していくのもいいだろうし、好きにしなさい。あのな、ヘロインていうのは、ピンプのゲームに本物の《アイス》を注入してくれるんだ。わかんないだろうな・・」
彼は、コカインのキャップを緩めてスプーンに入れ、目薬のスポイトを水槽に入れた。スポイトを水でいっぱいにし、全部スプーンに注いだ。黄色い台のテーブル・ライターを点火すると、スプーンの底面を近付けた。灰皿から小さなガーゼを拾い出している。それをスプーンの中に放り込み、スポイトの先に薄いセロファンを巻いた。針を取り付けている。針の先端をガーゼに刺し、スプーンの水をスポイトに吸いあげた。
きつく巻かれたベルトの下で、血液が波打つのを感じていた。静脈にくぼみが生じているのがわかった。コカインの、鼻を突くような甘い匂いがする。手のひらに汗がべっとり。彼の右手に注射器。左手でぼくの二の腕を掴んだ。ぼくは顔をそむけ、目を閉じた。針の痛みを予感しながら、下唇を噛みしめた。
「うわ! おまえの静脈、きれいだな〜」
針が刺されたとき、ぶるっと震えた。大きく目を見開いて見た。ぼくの血液がスポイトに吸い込まれていく。彼はぐんぐん押している。血の混じった液体がどんどん注入されていくのが見えた。それは、まるで数トンものニトロが体の内側で爆発するような感覚だった。心臓が大変なことになってる。喉がかきむしられるよう。頭のてっぺんから爪先の穴という穴にチンコをぶち込まれてるような感覚。それらがいっせいに射精するような感覚。
ぼくは、初めてコカインを注射したショックで、電気椅子に座らされた死刑囚のようにしばらくは小刻みに震えていた。からからに乾いた口を開こうとする。けど、できない。ほとんど体が麻痺してるんだ。ぐるんぐるんに揺れている内臓から熱いゲロの塊がほとばしってくるのを感じた。臭い匂いの緑色のゲロがロープみたいに細いアーチを描いて、ゴミ箱の黒い口へと吸い込まれていくのが見えた。胸に冷たい金属が当たっている。と、思ったらマニキュアをした《トップ》の指先だった。
「1分もすれば落ち着くよ、ボク。この街で最高のネタがあるなんて、大嘘だったと思ってるな、まあ、しばらくじっとしてな」
投稿者 Dada : 06:00 PM
July 08, 2005
DRILLING FOR OIL 16
ぼくは、まだ口をきくことができない。頭蓋骨のてっぺんがぶっ壊れたみたいだ。中身が全部、吹き飛ばされてしまい、目玉しか残っていないようだ。ところが、微かにチクチクするような快感が、体の中でダンスしはじめたんだ。頭の中で、メロディアスな鐘の心地よい響きが鳴った。
じぶんの手と足を見た。スリリングな光景がはじまっていた。宇宙でいちばん美しいものとしか思えないんだ。無限大の力が沸いてくる。
「ぼくみたいに、美しくて賢いニガが、歴史上、最も偉大なピンプになるのは、当然のことじゃないか。どんなビッチがこの魅力に抗えるというんだよ?」
ふり返り、隣にいる醜い男のほうを見た。
彼が言った、「鐘の音は聞こえたか? ヤバイだろ」
「イエー、メン、はっきりと聞こえたよ。いま、ぼくにメイクできないビッチがいたら会ってみたいよ。コカインは注射がヤバイんだね。こりゃ、鼻で吸うのはストリートにいるときだけにしよっと。それ以外は、打たないと」
「ブラッド、おまえ、話がわかるな〜。誰が売ってくれるのか、忘れんなよ。買えば買うほど、安くしてやるよ。愛してるぜ、ブラッド。俺たち、タイトにやっていけそうじゃねーか・・」
彼はじぶんの腕を縛りはじめた。32才くらいだと思うが、もう静脈が見えなくなってるんだ。結局、右の太ももの内側に注射した。針を刺しっぱなしにしたままヘロインをゆっくりと注ぎ込み、やがて抜いた。
「ジャック、なんで刺しっぱなしにしたんだい?」
「メン、わかってねーな、これがスリリングなんだよ。針を抜くときに、ヘロインがあり得ないくらいグルーヴィなんだな・・」
さて、ソファに座って注射しまくっていたら、完全に時間の感覚がなくなってしまった。2キャップ目からは、じぶんで打つようになった。最初のヒットほどの衝撃はなかった。《トップ》も、100%コーストしていた。テーブルの上には、まだ3キャップのヘロインが残っている。コカインは無かった。ということは、5キャップも打ってしまったんだ。腕時計を見ると、午前5時。服を取って急いで着た。冷え切った胸の奥で、心臓がばくばくしていた。
「《トップ》、ぼく、行くわ。16キャップの《ガール》とリーファーを1缶もらっていくよ。ほら、120ドル置いておくから」
彼はソファから体を起こした。金を拾いあげると、ベッド・ルームへ消えた。戻ってくると、ゴムで巻いたタバコの箱を手渡してくれた。
「あのな、ちょっと落として一眠りできるように、《イエロー》こと睡眠薬を入れておきました。おまえ、どこに住んでるんだ? 麻薬をもってストリートを歩きたくないだろ。タクシー、呼んでやるよ」
「ありがとう。ブルー・ヘイヴンに泊まってるんだけど。《ねぐら》の近くに車を停めてあるんだ。そこまで歩くよ。外の空気も気持ちよさそうだし」
ぼくは、リビングからエントランス・ホールへ続く通路に立っていた。彼はまたヘロインのキャップを開けようとしている。
こう思った、「この人に《スウィート》の話を持ち出すのは、いましかない。あいつに嫉妬してるみたいだから、上手く聞かないとな・・」
言った、「ねえ、《トップ》、思うんだけどさ、《スウィート》よりあんたのほうがクールだし、知識もあるよね。どのくらい上なんだい?」
彼の手が止まった。質問に答えたのは、口ではなく目だった。ぼくは、プレストンのおっさんが、ぼくと《スウィート》が一度クラッシュしていることを話してはいないだろうと踏んでいた。臆病者だから。
彼は言った、「おまえ、《スウィート》を個人的に知ってるのか?」
「いや。じつは、昨日の夜、《ねぐら》で初めて会ったんだ。背の高い金髪の彼のホーが、ぼくとヤリタイとか言い出して。《スウィート》が20ドルでぼくに女を抱けと命令したんだ。もちろん、ピンプの原則に従って、そんなのは断ったよ。したら、ぶちキレちゃって。出てけとか言われて。天井に頭をぶち込むとか脅されてさ。いや、マジでヤラレると思ったけど。
それで、彼と友だちになる機会を、逃してしまったんだ。今さら、彼に紹介してくれるような力のある人間が、この街にいるとは思えないし。あんたでもムリなのかもしれないな。しょうがないよ。なんだかんだで、《スウィート》は気難しい奴なんだろうし。それに、あんたと仲良くなれたんだから、《スウィート》にこだわる必要もないかも。
だから、今、ただひとつの理由は、厄介な奴を敵にしておきたくないってことかな。あんたの手に余るっていうんなら、忘れてくれ。ぼくも《スウィート》になるべく近寄らないようにしつつ、次の機会を待つよ。《トップ》、あんたが好きだ。ぼくのせいで、あんたに何か起きて欲しくないし・・」
投稿者 Dada : 06:00 PM
July 09, 2005
DRILLING FOR OIL 17
彼は、ぼくの話を真剣に聞いていた。やがて、女みたいなあたまをのけぞらせて、ソファから床へ転がり落ちた。肘を腹に当てて大笑いしている。人類史上もっとも笑えるジョークを聞いたみたいだった。おさまったとき、ハァハァと喘いでいた。髪の毛を手で押さえている。
「《スウィート》は、そんなに危ない奴じゃねえよ、馬鹿」 彼は言った、
「黄色いニガしか殺したことないしさ。この2年くらい、一人も殺してない。危険度90%といったところさ。中傷されたり、ホーにちょっかい出されたりしないかぎり、簡単に殺しをやるような男じゃない。
勿論、白人どもを憎んでいる。白人のホーには、激しくタイトにピンプするんだ。白人のホーの尻に蹴りを入れるとき、白人全員に対してやってるつもりなんだ。あいつらが黒人に対してやったことのお返しだ、とかよく言ってるよ。頭蓋骨の中は、憎しみで腐りそうになってる。
あのな、彼は、おまえのことなんて覚えてないよ。ホーとの肉体関係を断られたからといって、あいつは何にも感じてない。白人のホーにじぶんの強さを示すために怒ったんだ。ホーには、じぶんが神であるかのように思わせてるからな。神にノーといっても怒ったりしないだろ。そんなこと、デラウェアから出てきたばかりのカタギでも知ってるよ。
いいこと教えてやる。週末、あいつに届け物があるんだ。時間が決まったら、おまえの部屋に連絡してやるよ。途中でピック・アップするから、一緒に《スウィート》の家へ行こう。あいつは醜くて口の悪い、ただのニガさ」
ぼくは言った、「420号室にランカスターという名前で泊まってるよ。あのさ、ちょっと間抜けなこと言ったかもしれないけど、勘弁してくれ。暗闇で誰かが通りかかるのを待ってる子供、だって言っただろ。ぼくのコートをプルしてくれてありがとう。また、あとでね!」
「わかったよ。すぐ捨てられるよう、シズルは手の中に入れとけ。あと、ドラッグ・ストアで針を買って帰りな。インシュリンも買えよ!」
玄関へ歩いていった。鏡を見ながら、スポンジを顔に軽くはたいた。エレベーターへ。1階まで降り、ドアが開いた。容赦のない朝の日射しにたじろいだ。
舗道へ出ると、《グラス・トップ》の赤いキャデラックが大通りから入ってきた。フランクリン・アームズへ行っていた彼の5人のホーだ。
ぼくは、フォードへ歩きながら考えた、「いやーヤバイ、一晩中働いて、5人で何千ドルも稼いでいるわけか。あの部屋に住んでるのがぼくで、ホーの帰りを待ってても、ちっともおかしくない気がするよ!」
夜の住人たちは、すっかりストリートから消えていた。出勤するカタギの人たちが、路面電車乗り場に列を作っていた。フォードに乗り込み、ヘイヴン・ホテルへUターンした。途中、終夜営業のドラッグ・ストアがあったから、駐車場に車を停めた。10ドルの双眼鏡を手にとってカウンターへ行き、インシュリンと針、目薬を注文した。インシュリンは、怪しまれないように買うわけ。5分後、ヘイヴン・ホテルへ到着した。
アパートメントの窓を見上げた。カーテンが揺れている。カーテンを閉めるチビの暗い顔が浮かんだ。ロビーを抜け、エレベーターへ。《トップ》の部屋を見てしまったら、本当にみすぼらしい場所だった。
エレベーターの中で、こんな風に思った、「もし、ビッチが早くも嫌気がさしていて、客を取りたくないとかゴネはじめたら、蹴ろう」
4階で降り、420号室へ。タバコの缶に巻かれていたゴムをはずした。蓋を開け、じぶんのコカインのパケットを取り出した。アルミホイルに包まれ、小さなゴム風船の中に入れてあった。懐中時計用のポケットに移した。リーファーの上にころがっていた鎮静剤をつまみ、水なしで飲み込んだ。
ドアをノックする。1分ほども待った。さらに強くノックした。ようやくチビが開けた。目をこすっている。ぐっすり眠っていたフリをしてる。彼女はベッドへジャンプした。ぼくに背中を向け、耳まで毛布をかぶった。
投稿者 Dada : 06:00 PM
July 11, 2005
DRILLING FOR OIL 18
部屋に入り、マリファナの缶をドレッサーの上に置いた。いくらかの札束がある。数えてみた。40ドルしかない。あわててクローゼットへ行き、茶色の靴に手をいれてみた。空っぽだ! 双眼鏡、じぶんの金、目薬などを、コートのポケットに隠した。窓辺にある《口づけ》のレプリカの灰皿に、まだ煙草がくすぶっている。
「ビッチ、どういうことだよ? 足でも骨折したのか? まさか、俺がいなくなったあと、すぐに仕事を切りあげたとか? 今夜の売り上げがこれだけ? ふざけんな、こっち向けよ、顔を見せろよ、ビッチ!」
ぼくはベッドの端に立っていた。右手がレコード・プレーヤーのカバーに触れた。指をうごかすと、プレーヤーの後ろにあるモーターに触った。まだ熱かった。カバーを開けてみた。《レディ・デイ》がセットされている。ビッチは、ゆっくりとこちらを向いた。目を細めて、口をぽかんと空けている。この女、こうやって一晩中、時間を潰していたんだ。ホーのくせに、結婚した奥さんみたいな真似をしていた!
「ねー、あなたにとって、あたしはビッチでしかないの? 娼婦のフィリスとか、かわいいおチビちゃん、て呼んでよ。あたしだって人間なんだから。そうよ、それが今夜の稼ぎ。悪くないでしょ? わかんないことだらけのストリートなんだし。自分なりに、トリックしたつもりよ」
このとき、もちろん、まだコカイン、がんっがんに効いていた。頭蓋骨の中には、凍え死にそうなほど、冷たい風が吹き荒れていた。
「クソビッチ! ビッチは死んでもビッチなんだよ。ビッチ、くだらないこと言ってると、死んだおチビちゃんと呼ぶことになるよ。臭いビッチだな、おまえが人間だってことくらい知ってるよ。白人のチンコ専用の黒いゴミバケツだろ。この根性なしの馬鹿。マジできっちりと金を稼いでこいよ。さもないと、窓から放り投げるぞ。客のことなんかどうでもいい。おれの言うことをちゃんと聞け。つべこべ言うな。心臓、蹴っ飛ばして、踏み潰すよ。おれがいいと言うまで口を開けるな、ビッチ」
言い終わると、ぼくは服を脱いだ。彼女は、ぼくをじっと見たまま横たわっていた。ヴードゥーの医者みたいに目がぎらぎらしていた。ベッドに入る。女に背中を向けた。ビッチがじりじりと寄ってくるのがわかった。
ぼくの首を狙っている。トカゲのような舌が首に這いだす。目の上のかさぶたが耳にあたった。ぼくは、ベッドの端へとうごいた。
彼女が言った、「ダディ、ごめんね。愛してる。怒らないで・・」
ぼくが体を震わせると、ベッドはきしんだ。右足のかかとをバネにひっかけた。右肘をついて体を起こした。左手の肘が右の頬に当たるくらい引くと、力をこめて彼女の腹にめりこませてやった。彼女はうめいて、足をバタバタさせている。凍え死ぬ寸前の人みたいに歯をガタガタさせている。
ぼくは、ようやく鎮静剤が効きだしたのを感じていた。あたまの中に真っ黒な重たいカーテンが引かれるのを感じていた。意識を失う直前、こんな風に考えた、「この女にぼくを窓から放り投げるだけの腕力はあるだろうか・・?」
- つづく -
投稿者 Dada : 08:08 AM