April 13, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 1

 すべてが変わりはじめた。奈落の底へと落ちていく長い旅のはじまりだった。実際には、あるチビのハスラーとの出会いが決定的だったと思う。そいつとはすごく気が合って、すぐ友だちになった。

 そのハスラーの友だちはみんなに《パーティータイム》と呼ばれてた。23になるまでに四回、刑務所に入ってた。毎年、秋になるたびに強盗か窃盗で捕まってた。なんでこのあだ名が付いたのかというと、どっかで金を稼ぐたびに真っ先に近くのアンダーグラウンド・クラブへやって来るからだ。

 ドアを開けて、中へ入ってきた途端に叫ぶ、「おーい、貧乏人の、バカ野郎たち、パーティータイムのはじまりだ、ジョー・エバンス様が、おまえらのオチンチンを燃やすためにキャッシュをたっぷり持ってきてやったよ、くさいマンコから手をどけて集まってこい、おれとトウイストしようぜいっ!」

 のっぺりしたアフロ系の顔立ちが頭蓋骨にはりついて、まるで原始人をみてるようだった。背が低くて、力持ちで、てかてかのニガだった。

 真昼の太陽もまっ黒に染まるほどの醜いニガだったけど、ヘンに白人の女にモテるところがあった。「ニガのセックスは頭の先から爪先までトロトロになる」という神話を信じこんで黒人街をふらついている女どもには、たまらない魅力があったんだろうな。

 路地の裏手に面したところには、《ヤリ部屋》があった。おれがはじめてパーティータイムを見たのは、そこを壁の穴からのぞいているときだった。見た瞬間、かなり飛ばされた。海賊みたいな白人の男と、そいつの連れてる小さいけどムチムチの白人女、そしてパーティータイムが、服を脱いでいるところだったからだ。三人とも素っ裸になると、なにか喋っているようだった。それで耳をぴったり押しつけて聞き取ろうとした。同時に、ちょっとだけ開いていた窓から横目でのぞくようにした。

 白人の野郎がパーティータイムのチンコを、明の陶器をあつかうようにやさしく手にとり、重さを確かめている。そして、興奮した声でこう言った、「おいおい、ハニィ、信じられるか、このチンコ」

 赤く点った部屋の灯りの中で、女はダビンチの肖像画が動いているような感じだった。瞳が性欲で青く燃えているのがわかった。そうしてペルシア猫のようにベッドへねそべっていた。パーティータイムは、ベッドの脇で女を見下すように立っていた。彼はニガの死刑執行人。斧のようなチンコの影がおんなの白い肌、バラ色の乳首を覆っている。

 おれのチンコはびんびんになっていた。さらにぴったりど窓に顔を押しつけた。こんなのロックフォードではいっぺんも見たことがなかった。そして、ついに、ベッドの端っこに置いた椅子に座っていた白人の男が、聞いたこともない変なかけ声をかけはじめた、「よーし、ニガ、チンコを入れるんだ、ヤッちまえ、虐めてやれ、めちゃくちゃにするんだ、よーし、いいぞ、いいぞ、よーし、そんな感じだ、いけっ いけっ」

投稿者 Dada : 05:00 PM

April 14, 2005

FIRST STPES INTO THE JUNGLE 2

 その光景は、当時のおれのか弱い心をトリップさせるには十分なものだった。悪魔めいたニガがまっ白い脚のあいだへねじこむたびに、白人女があえぎ、泣き叫ぶ、そのたびに鼓動が高鳴るのがわかった。

 ニガは、まるで家を作っている大工みたいにしゃがれた声で何度も何度もこう言っていた、「ビューティフル・ビッチ、ビューティフル・ビッチ」・・・白人の男が、コロッセオで黒人の剣士を応援するシーザーっぽくベッドのまわりを走りまわって応援しているのが、とてもヘンだった。

 ようやく全てが終わり、彼らは服を着はじめた。おれは表通りへまわってその家の隣の玄関のステップに腰かけて待っていた。あのフリークスたちをもっと近くで見てみたかったから。しばらくして、歩道へでてきた彼らは、残念ながらまったくもって普通だった。さっぱりした白人のカップルが、引き締まった体つきの黒人と話ながら歩きだす、それだけだった。

 カップルは、どんどん通りを下って遠ざかっていく。だが、パーティータイムは逆におれの方へ近付いてきた。ドアステップに座っているおれには気がつかない。おれは好奇心の塊になっていたから、目の前に来た瞬間、体を叩いてやった。彼は、ぎょっとして顔をこわばらせている。

「どんな感じ? ねえ、あれっていわゆるシルクみたいな女だったろ。おれにもまわしてくんないかなあ」

 すると、赤いシャツの胸ポケットから煙草を取り出し、おれに一本渡しながら

「まあね。バレンタインみたいに最高、最高。まあ、当たり前なんだけど。臆病なブルドッグと気持ちよくない白人のビッチなんて見たことないもん」

 口からでまかせの言葉だったかもしれないが、小さな街の少年にはめちゃめちゃカッコよく見えた。その時点で完全にヤラレてたから、なんか礼儀正しくなっちゃって。マジメな目つきで、丁寧な話し方で、

「ですよね! どうもありがとう。 ああ! あなたが乗っかってた女性って、本当にすばらしかったなあ。一度でいいから、あなたみたいな服を着てみたい」

 すると、むこうも嬉しかったのか、盲目のヌーディストたちが寝ているビーチにやって来た変質者みたいに食いついてきた。彼もしゃがんで、俺の隣に体育座りしたのだ。誇らしげに胸をはり、ハイスコアを叩きだしたピン・ボール・マシンみたいに目をきらきらさせていた。どう考えても仲良くなれそうだった。見ろ、見ろ、と言わんばかりに緑色のチェックのパンツの裾をあげて、真っ赤な靴下をこっちにチラチラさせている。

投稿者 Dada : 05:00 PM

April 15, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 3

 彼がこぶしをぽきっと鳴らすたびに、右手の小指にはめたジルコンの石が街灯に反射してピカピカと光った、「おれの名前は、パーティータイム。この街でいちばんタイトなハスラー。お金は、おれのこと愛してる。さっきの《シルク》。あの女とヤルために《ノコギリ》2枚、2枚。よくある、よくある。もし怠け者だったら、この国でいちばんのピンプになれてる、なれてる。でもハスラーとして優秀すぎるから、無理、無理・・」

 こうして、午前二時まで、たっぷりと彼のブルシットを聞かされることになった。いい感じの男だったし、おれは友達というものに飢えていた。パーティータイムは孤児で、2ヶ月前に通算4回目となる2年の刑期を終えて出所してきたばかりだった。アタマの中は、これからやろうと思っている危険なハッスルのことしかないみたいだった。そして相棒を必要としていた。それで、おれと色々話しながら、使い物になるかどうか試していたのだ。 

 2時20分ごろ家へ帰った。1分後、ママがドアの鍵を開ける音が聞こえた。町内の白人たちの宴会で働いてきたのだ。おれの部屋をのぞきに来る気配がしたから、服を着たまま大急ぎでベッドにもぐりこんだ。狸寝入りして酔っぱらいみたいなイビキを立てていると、おやすみのキスをされた。

 そのまま横たわったまま夜明けまで考え続けた。おれは、パーティーが言っていた《クイックバック》シットを上手くやることができるだろうか。ずっと考えていた。やがて巨大な太陽が燦々と輝きだすころ、《マーフィー》ならやれそうだと決心した。その時のおれは、パーティーの《マーフィー》はざっくりしていて本物の《マーフィー》の物真似でしかないことが解ってなかった。

 何年も経った後、熟練したハスラーがやる《マーフィー》は極めてスムースですぐに終わらせることが出来、ちょっとのリスクしか伴わないことを学習することになる。ニガが娼婦を操っている場所には必ず白人の間抜けな男どもが群がってくるに決まっているからだ。

 学校が終わってからビリヤード場で何回かパーティーと打ち合わせをし、おれの役割が決められた。そして、翌週の金曜の夜にハッスルすることになった。その日はママはまた宴会のお手伝いだから、少なくとも夜中の1時まではストリートにいても大丈夫だ。いよいよ最初のハッスルが始まろうとしていた。

投稿者 Dada : 05:00 PM

April 16, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 4

 夜の十時を過ぎた頃、治安が悪いので有名なスヴェン&ヴィレット・ストリートの路地裏でおれたちはパーティーがもってきた包みを開けていた。おれはパンツの裾を痩せこけた膝のあたりまで巻き上げ、救世軍からもらった25セントくらいの赤いコットン・ドレスを身につけた。

 さらに、ぼろぼろになった赤いサテンのハイヒールを履いた。ぐちゃぐちゃになった髪が見えないようにピンで止めて青い麦わら帽子の奥にしまいこんだ。それで頭をセクシーな感じで傾けると、こぼれた髪が目の上に垂れてくるくる巻いた前髪みたいに見えるのだった。

 大きく脚を開き、胸と尻を赤いドレスの下からツンと突き出して、いかにも娼婦ですって風に立ってみた。パーティーはおれの頭のてっぺんから爪先までチェックしている。正直、本当にこれで女に見えるのか不思議だったが、彼はうなずくと、肩を怒らせてさっそく最初のカモを捕まえるために路地の入り口へ歩いていった。

 舗道へ到着すると、いきなりこっちを向いて叫んだ、「聞いてるか、メーン、なるべく暗がりに立ってろ」

 5分もしないうちに合図があった。しばらくすると、通りの角で小さな白人の年寄りと交渉がはじまった。金を払わせるまで女のフリをやり切れるか不安でしょうがなかった。いよいよカモがこっちを確認する直前に、《フラッシュ》の合図があったから、おれは汚い尻を丸出しにしてビャッチっぽく誘うようにぶんぶん振ってみた。すると、それだけでもう興奮したのか、尻ポケットから財布を取りだして、パーティーに金を払いやがった。

 払い終わると、年寄りにしては異常な早足でこちらへ向かってきた。金も払ったし、あとは暗がりで待ってるビャッチに突っ込むだけだわい、とギンギンになってるのが丸見えだった。

 残念ながら、それはかなわぬ夢だった。ある意味、ラッキーだったと思うけど。というのは、財布にあんまり金をもっていなかったから。もし財布をふくらませていたら、おれが逃走したあとパーティーは姿を消すかわりに路地の暗がりであいつを待ち伏せして、強盗を働いていただろう。

投稿者 Dada : 05:00 PM

April 18, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 5

 息をはずませながら逃げているとき、胸がどきどきして破裂しそうだった。数ブロック離れたところで待っていると、数分後にパーティーもやって来た。辺りを見回すと、人差し指と親指で《問題なし》のOを作ってみせた。

 それから何人か引っ掛けた。強盗をしなきゃならないほど金のある奴は一人もいなかった。シンデレラじゃないけど、0時半くらいまで働いたあと、ドレスを脱いで隠し、その日の取り分の七十ドルを受け取ると、家へとダッシュした。ママはおれが帰った三十分後くらいに戻ってきた。

 さて、他のすべての物事と同じように、《マーフィー》にも、色々な種類がある。だが、もっともリアルな《マーフィー》は、金そのものから価値を引き剥がしてしまう。《マーフィー》に熟練した者は、カモ自身に金の価値を決めさせるのだ。カモ自身に女と金の関係を測らせ、決めさせ、最終的に金はどんどんと価値を失くしてしまい、有り金全部は勿論、身につけた宝石までも向こうから差し出させるのが、本当の《マーフィー》になる。

 獲物が寄ってきて、どこへ行ったら女が居るか訊かれたら、マーフィー野郎ならこう答える、「旦那、見てよ、2ブロックも離れてないすぐそばに立派な屋敷があるから。ねえ、そこに見たこともないような可愛くてフリーキーな女どもが居るからさ、中でも、いちばんヤバイやつは、猿にバナナを渡したときみたいにしゃぶりついてくる女なんだから、ゴムみたいなマンコでね、百種類くらいの体位でハメたりハメこんだりできるから」

 この時点で獲物はその屋敷へ行ってヤリたくてタマらなくなり、プレーヤーに対し教えてくれるだけじゃなくてそこへ連れて行ってくれと言い出す。

 マーフィー・プレーヤーは、その欲望をさらに駆り立てるべく《前戯》をしてやるのが仕事だと言っていい。こう言うんだ、「旦那、そんなに焦らないでくださいよ。ただね、屋敷を仕切ってるケイト夫人は、上流階級の白人しか中に入れなくて、ニガや貧乏人は無理なんすよ。ほら、医者とか弁護士とか政治家とかさあ。旦那は見たところ儲かってそうだけど、そこまでじゃないでしょ?」

 こんな風に挑発してやることで、獲物のほうはフックされる準備が整う。他の糞ったれでも辿り着いてる女の所まで自分も行くために、自分を自分以上のものに見せようとする。二十ドルじゃとても足りないだろうなと自分で勝手に思いはじめる。数あるでたらめな話の中でも「限定」ってものほど魅力的に映るものはないんだよ。

 さらに完璧にしておくために、プレーヤーはやつに語りかける、「旦那、旦那のことも旦那が仰ってることもぜんぶ信用してますって。じっさい、旦那のことが気に入ってるからさ。でもちっとは俺の立場にもなって考えてみてくださいよ。まず俺が旦那を信用したんです。それで秘密の屋敷のことを話したんです。そうでしょ? じつは、もう何年もケイト夫人のところで働いていて、今は外で本当にいい客だけをフックアップする、役回りをやってるんです。ケイト夫人とおれで中の質をタイトに保つシステムを回してるわけです。てことで、まあ、いいや。あなたならケイト夫人のルールを守ってくれそうだ。じゃ行きましょ。スリル満点くんのセックスへお連れしますよ」

 そうして、屋敷で待ち受けている卑猥なことのデティールをあの手この手で巧みに語り、信じ込ませながら、マーフィー・プレーヤーは予め用意してあったいかにも妖しいアパートメントへ獲物を誘導する。玄関で、それとなくだがはっきりとした口調でルールを説明し、納得させる。つまり、ケイト夫人と会う前に、どれだけイチモツがギンギンでもとりあえず金目の物は全部ここへ預けていって欲しいと言う。これは夫人が決めた掟なのだと。

 ケイト夫人は、娼婦など雇わないし、絶対に信用しない。娼婦などと遊ぶのはバカだけなのだ。そして、獲物はバカじゃない。本当に?

 そういう訳で、プレーヤーが茶色い封筒を差し出すと、獲物は尻のポケットに突っ込んである金をきれいに数えて全額そこへ入れ、自称「ケイト夫人の外回りのマネージャー」に渡す。プレーヤーは落ち着きを払ってそれに糊をしてシールでふさぎ、スリル満点くんのセックスが行われているあいだに、万が一窃盗が起きないともかぎらないから、私が安全にキープしておきますよといった表情を浮かべながら内ポケットにしまう。

 間抜けな野郎はバブリーな雰囲気でひょいひょい階段を駆け上がっていく、今や下で「お金を守ってくれている」ニガのことが大好きだ。光輝く金メッキのプレートを渡しながら、彼は何と言っていたっけ、「さあ、ハリィの旦那、これが合図のプレートですよ。何かもバッチリすすんでますよ。もしよかったら、下に戻ってきたら一杯奢ってくださいよ!」

 獲物はこの時点で2ストライク取られている。完全に「殺される」まであと一つといったところだろう。最初のストライクは何だったか。溜まりに溜まった性欲を黒人の肉体で解消しようとしたことだ。そして次は、その肉体を手に入れる前にマーフィー・ダイアローグをかましてくる黒人のインテリジェンスが、自分を余裕で上回っていることを理解する能力が根本的に欠けていたことだ。

投稿者 Dada : 07:35 AM

April 19, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 6

 パーティーと彼のインチキ娼婦は、それから三週間くらい《マーフィー》で勝ち続けた。そして丸っこい風船みたいな相手にブチ当たった。5フィートそこそこの身長だったが、重さは三百ポンドあるという大男だ。

 土曜日の夜十時をまわった頃だった。そこら中、白人の間抜けで溢れかえっていた。まるで街中の白人の男が集まっているみたいだった、片手に金、片手にチンコを握りしめて、黒人女のまっ黒なマンコを追いかけ回しに来たんだ。

 おれたちは、その地区のすみっこに陣取った。ど真ん中で馬鹿みたいな追っかけっこをやってたら、すぐに巡回してる警察に見つかって騒ぎが始まるからさ。まあ、おれは女の格好してるから、大したことにはならないと思うけど。

 パーティーは、刑務所をでてから、腕力を使うような真似はしなかった。それは、単純にどの獲物も力ずくで奪わなければならないほどの金を持っていなかったからだ。その点で、おれたちは砂漠で魚釣りをしているようなものだった。大金を持って女を買いに来てる客は、すみっこの方には来ないから。

 さて、いつものように道端で待ち伏せをしながら、パーティーが獲物を引っかけようと頑張っているのを眺めていた。十一時半頃だったかな、25セントのドレスを着たまま、一本足で立って片足をクレーンみたいにぶらぶらさせていた。

 5分後、ようやく獲物がやって来た。そいつは、何ていうか・・人間? それともマシーン? と、目を疑うような男だった。巨きな体に性欲をぱんぱんに膨らませて破裂しそうになってた。しかも、おれの適当な尻のグラインドを欲しくてたまらないといったイキフンで凝視している。

 そいつが財布をとりだした瞬間、背骨の辺りにチクチクした興奮が走るのがわかった。パーティーなんて中身を覗き込んだまま固まってしまった。金を払い終わり、奴がやる気まんまんでゆさゆさとおれの方へ向かってくるあいだも、ゆっくりと逃げることにした。パーティーの中で、この獲物から暴力的に金を奪いたいという欲望が爆発しているはずだったし、現に今にも彼が路地裏から飛び出して、この風船野郎をボコボコにするんじゃないかと思っていた。

投稿者 Dada : 05:00 PM

April 20, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 7

 おれはその場から姿を隠し、路地へ頭だけ突き出して様子をうかがった。呻くような声が聞こえる。女の上に必死で馬乗りになってる心臓病患者が出すような声だ。見ると、風船野郎が逆にパーティーを羽交い締めにして唸っている。

 心臓が破裂して溶けだしそうだった。力が抜け、そばにあったゴミ箱によたよたと崩れ落ちた。こんどはウェイト・リフティングみたいにパーティーを高々と持ち上げ、地面に向かって思い切り叩きつけている。パーティー・タイムは縫いぐるみみたいに転がっている。

 風船野郎はかけ声とともに飛び上がり、コンクリートの塊のようになって可哀想なパーティーの上に落下した。あまりにも悲惨すぎてゲロを吐きそうだった。ゴミ箱から飛び出してパーティーのために戦おうとする力を振り絞ろうとしても出てこなかった。男らしくないだろ。インチキ娼婦だったからさ。

 パーティーは吊り上げられ、背負われて、歩道へ消えていった。首の骨がゴムみたいに風船野郎の尾てい骨の辺りでぶらぶらするのが見えた。

 おれは、すぐさま飛び出して自分の家へ走って逃げた。ローラーたちがきっとおれのことも叩きのめしに来るだろうと注意し、耳をそばだてていたが、結局、彼らは来なかった。パーティーが久しぶりに腕試しをしようとした相手は、《ブリンプ》ってリングネームのプロレスラーだったんだ。

 病院から出てくると、パーティー・タイムは再び刑務所へ戻って行った。彼は絶対におれの名を口にしなかった。本物のハスラーだよ。

 その後、あの人は、年を取って、もうハッスルする気力が無くなってから、次はピンプになるってずっと言ってた。ピンプに向いてる人じゃないんだけど。何とか自慢の腕力でピンプになれないか、頑張ってたみたい。危ないディーラーの女と《ゴリラ》をやっちゃって、《ホット・ショット》入れられちゃったんだけどね。ボロボロになるまでピンプが諦めきれなかったんだ。

 ピンプ・ゲームってのは、時計職人の技と同じだからさ。タフなんだよ。彼はボクシングのグローブをはめて時計を作ろうとしてた。お陰で残りの人生を台無しにした。あの人が痛い目にあったことで、おれはハッスル熱が冷めた。昼間、学校じゃ何をやってんのかなと思って、また通うようになった。

投稿者 Dada : 10:57 AM

April 21, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 8

 信じられないことに、15才で平均98.4点、トップで高校を卒業した。

 教育費は全額負担してあげるから、この子を大学へ進ませるべきだとママに力説する、タスキーギー(南部の黒人大学)の愛校心あふれる卒業生たちがごまんといた。ママは飛びあがってよろこんだよ。

 彼らは負債を抱えてまでして立派な服を買いそろえ、おれを大学へ送りこんだ。じつはおれがストリートの毒にたぷたぷと浸かってることなんて、夢にも思ってないようだった。

 まるで、ケンタッキー・ダービーに屁たれの馬を送りこんでおいて勝つと信じて疑わない間抜けのようだった。期待と血のにじむようなお金を、ダメ人間に賭けてるってことに全く気がついてないんだ。

 ものすごい期待がかかっていた。おれが勉強して成功すること。ママを罪悪感から救いだしてあげること。あの心の広い卒業生たちの信頼に応えること。

 ところが、おれの《心の目》はストリートによって塞がれていた。汚らしい立ちんぼの女の目くばせで熱っぽくなってるフリーキーな男だった。

 大学のおれは、鶏小屋に放り込まれたキツネみたいなものだった。入学して九十日くらいで処女の女の子6人くらいとセックスしたよ。

 そんなこんなで新入生のときはヨロシクやってたんだけど、「あいつは最低だ」っていう噂があまりにもひろがっちゃって。野郎にはすごい妬まれてたし、期待されてるのに女子大生とセックスしてるだけなのも、さすがにマズイと思いはじめたんだ。

 二年生になると、学校の近くの丘にあるバーで遊ぶようになって。ジュークボックスとかもあって、クラブっぽい感じなんだ。まあ、南部のノリなんだけど。おれは北っぽいスーツで発音とかもぜんぜんちがったから、そのへんのお尻のホットな処女の女の子たちには王子様みたいに見えたらしくて。

 とくに、お尻がまるくて、いつも裸足で、すごい可愛い15才の女がおれに夢中になっちゃって。ありえないくらい。まいったよ、まったく。ある夜、いつも逢い引きしてた草むらに行くの忘れちゃって。もっとお尻が大きくて、熱くて、もっと丸いほうの女がいる草むらに行ったんだ。

 ところが、噂でおれが二股かけてるってことがそのコにバレたんだ。次の日の真っ昼間、おれは学校のカフェテリアからでて広場へ向かっていた。学生と教授の声であたりは騒々しかった。

 そしたら、その女の子が立ってて。まるで売春宿の法王みたいに。ポテト袋みたいな服はすごい汚れてて、丘から来たってことがまるわかりの酷さだった。裸足の足は埃まみれだし。それでおれのこと睨みつけてるんだ。

 で、突然、アパッチ族みたいな雄叫びをあげた。ヤバイと思って逃げようとしたときにはもう遅くて、怒りに燃えた顔が目の前にあった。

 脇の下からきらきらした汗を流しながら腕をふりあげているんだ。しかも、その手には短剣みたいな感じで割れたコカ・コーラの瓶がにぎられているんだ。ぜったい刺されたら死ぬくらい尖ってて、太陽で光ってるんだ。

 豹があらわれて発狂してる羊たちみたいに、学生と教授が大騒ぎをはじめて。まいったよ。短距離走の世界記録ってどれくらいなのか知らないけど、そのときのおれの逃げ足が、たぶん、いちばん速かった。それは、間違いないよ。大急ぎで走って逃げたからさ。ここまで来たら大丈夫だろうと思って振り返ったら、土けむりの中に佇んでる女の姿が見えたな。

投稿者 Dada : 06:45 PM

April 22, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 9

 学校の面汚しとして、おれは校長室へ呼び出された。

 光沢のあるマホガニーの机の向こうに校長は座っている。咳払いをして、おれのことを「全学生の前でセンズリをこいたやつ」みたいな目で見下ろしている。天井に届きそうなくらいふんぞり返った鼻の上に、糞をしてやりたかった。

 ねちねちした南部訛りでこう言った、「おい、やってくれたニャ。大変なことをしてくれてショックだわい。お母様もお怒りだ。ちゃんとしてくれよ。たのむよ。おまえを退学にはできないんだから」

 絶対、辞めさせられると思ってたから、ほっとした。おれを推薦したあの卒業生たちは、なるほど力を持っていたわけだ。それから大人しく過ごしてたけど、二年生の秋学期の中ごろに捕まった。ハスラーの友だちの代わりに逮捕されたんだ。「因果応報」って昔からよく言うだろう、パーティー・タイムがおれのことをバラさなかったのと、同じだよ。

 大学では、酒が入っているものだったら、何でもよく売れた。《ロット・ガット》というウイスキーを、7ドル50セントから10ドルくらいで売ってたんだ。おれのルームメイトが、まとまった金をもっていた。ニューヨークで家族がハッスルしてたみたい。

 おれたちは提携を結んだ。金はそいつが出して、おれが酒を仕入れて売って歩く。じつはそいつが金を出してるということは、絶対に秘密にすると約束させられた。家族がハスラーだけあって、そのへんは狡猾な男だったんだ。

 金を預かると、丘の密売人のところへ買いに行くんだ。丘には、おれに短距離走の世界記録を出させたあの女も住んでたわけだけど、もちろんそのコと会わないよう慎重に行動していたことは、言わなくてもわかるよね。

 そして、大学の中でコネクションを広げていった。まあ、おれのことは400パーセントだれでも知っていたから、上手くいったよ。

 すべてが完璧だった。馬鹿みたいにひょいひょい進んだ。夏休みに故郷へ帰ったら、みんなが嫉妬で緑色になるくらいの金を稼げるな、なんて思ってた。

 そのうち、女子の寄宿舎でも酒を売ってもらうために、一回だけヤッた女の子を売人として雇ったんだけど、これが間違いの始まりだった。

投稿者 Dada : 06:45 PM

April 23, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 10

 女子寮にレズビアンがふたりいて、オクラホマ出身のコーヒー色の肌をしたすごくスタイルのいい女の子を奪い合ってたんだ。マジで可愛い子だったから気持ちはわかるんだけど、その子はゲイの女がいるなんて知らないから、自分が狙われてるとはまったく思ってなかった。

 結局、悪知恵の働くほうの女がホントにその子をモノにしちゃったんだけど、二人はそのことを、もうひとりのレズビアンには絶対に秘密にしておくことにした。なぜなら、そいつはフットボール選手みたいにゴツイ体をした女だったから、バレたら何をされるかわかんない。しかも、その子とヤリたい一心で金も貢いでいたから。その女が必死になって金を稼いでいるあいだに、エロいことばっかりしてたんだ。

 ある夜、そいつらが寮で情熱的な69をしてたら、異常に盛り上がっちゃったみたいで。すごいあえぎ声が響きわたって、マッチョなレズビアンの耳にも届いてしまったらしいんだ。それで血まみれの大乱闘になってしまい、翌朝には学校中のゴシップになってしまったんだ。

 事件の調査中に、おれが売人として雇ってた女の名前があがって。その女がおれから酒を買ってたってバラしてしまったんだ。おかげで、一週間もしないうちに退学処分になり、またストリートへ逆戻りさ。ルーム・メイトのことは、一切しゃべらなかった。そこは約束を守ったよ。

 おれが家へ帰ってきてから、ママは仕事を変えた。隠居した白人の家に住みこんで、身の回りの世話や料理をすることになったんだ。これで、おれがストリートの悪魔の尻の穴に鼻をつっこむのを止めるものは、何もなくなった。

 ママが帰ってくるのは週に一日、日曜日だけだったから、おれが家にいるのもその日だけになったよ。

 すごくいい感じの隠れ家を見つけたのさ。そのときは落ちぶれてたけど、元ピンプで、人を殺したこともあるっていう先輩がやってる、ギャンブル小屋に寝泊まりするようになったんだ。その人は《ダイアモンド・トゥース・ジミー》って呼ばれてて。上の前歯のあいだに2カラットのダイアモンドをはめてるんだ。その輝きだけが、1920年代にもっとも危ないピンプと言われた栄光の名残りをとどめているのだった。

投稿者 Dada : 06:45 PM

April 25, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 11

 ダイアモンド歯のジミイじいさんは、「おれはフランスへ行ってパリの女の子をピンプしたただ一人のピンプだ」とよく言っていた。聞いてもいないのに延々と喋ってた。のちに、ぼくは本物のピンプ・マスターと出会って、訓練を受けたから、ジミイじいさんなんて素人同然だったなと思うようになった。マスターを名乗る資格はなかったよ。

 毎晩、賭け金の支払いが終わり、負け犬たちが引き揚げていくと、ジミイじいさんは扉に鍵をかけ、灯りをともし、まるで儀式のように、細い茶色のジョイントに火を点ける。昔話をしながら、おれに回してくれたよ。もっと煙を吸って長く肺にためろ、と口汚く罵られたよ。「堪忍袋の緒が切れるまで深く吸いこみなよ、ボーイ、おれみたいに」

 往年のピンピン話を夢枕に聞きながら、ちっちゃくて四角いベッドにもぐりこんで眠ったものさ。夜が明けると、すっと小屋を抜けだして十九才の女のところへ行っちまうんだ。毛皮やら宝石やらを貢いでたんだよ。骨の髄まで女好きの人だった。そんな人といっしょに生活してると、ピンプの夢ばっかり見るんだ。美しい女たちがかしずき、ぼくの股間を優しく撫でまわしながら、金を渡してくるんだ。ファンタスティックだったよ。

 そのころは、或る有名なバンド・リーダーの娘と何ヶ月かつきあってた。十五才だったんだけど、よかったな。ジュンていう名前でさ。ジミイじいさんが小屋から消えるまで、ストリートで待ってるんだ。それで、じじいが出て行くと、ぼくのベッドに潜りこんでくるんだ。夜の9時には小屋を片づけて営業をはじめるから、いつも夕方の7時くらいまでイチャイチャしていた。

 ある日の正午すぎに、彼女に尋ねた、「ぼくのこと愛してるなら、なんでもやってくれますか?」「うん」「トリックでも?」「なんでも」

 それを聞いて、すぐに服を着てストリートへ飛び出した。よく知ってるギャンブラーの老人を見つけると、女がいることを話した。値段を訊かれたから、5ドルにすると、すぐに払った。で、小屋へ連れて行ってジュンと引き会わせた。彼女は、ものの5分でそいつをイカせてしまった。

 十七才のぼくの頭はいい感じにリールしていた。この女とチームを組めば、金もちになって白のパッカードに乗れるかも、なんて思いはじめた。

投稿者 Dada : 05:00 PM

April 26, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 12

 次の客がよくなかった。ジュンの父親の知り合いだったんだよ。彼女の顔を見るなり、彼はびっくりしてピッツバーグの父親に連絡してしまった。

 すぐに地元の警察が呼ばれ、ぼくのピンプとしてのキャリアは早くも終わることになった。小屋に刑事が来ているときも、白のパッカードを買うためにストリートで次の客を物色してるところだった。間抜けな話だよ。

 ダイアモンド歯のジミイじいさんのピンピン話に、上手いこと乗せられてただけだったんだ。もちろん、ママはかんかんになって怒った。あの腐れビャッチのジュンっていう女が、うちの可愛い息子にピンプまがいの悪事を働かせた、とか何とか喚き散らした。

 郡刑務所では、裁判の2日前に独房から出されて弁護士と面接をおこなうことになった。背の低い、アホみたいな顔をしたニガが部屋にいて、古いオークの机ごしにおれを睨みつけていたよ。

 悪寒が走った。むかいに腰かけるころには、手のひらが汗でべとべとになっていた。口のなかが黄色い歯ばっかりでぴかぴか光ってるんだ。くそ。こりゃ深南部のニガだよ。こいつらは、いざ刑事裁判になると陪審員の顔をうかがうだけの役立たずなんだ。ママは知らなかったのかな。

 ネズミ野郎は、青黒い眉毛をハンカチーフで拭いながら、「ボビィ、ちょっと困ってるみたいだな。おれは弁護士のウイリアムズ。おまえの家族の古い友人だよ。ママが女の子のころから知ってる」

 何だかムカついてきたから、この醜い糞野郎に殺人者みたいな視線をデリバリーしてやったよ。

 そして、「ちょっとどころじゃねえよ。死刑かもしれないぜ」と言った。

 彼は、ネクタイを手でいじくり、安物のジャケットを着た肩をすぼめながら、こう言った、「ね!・・でも、あんまり深刻になるなよ。初犯だから大丈夫だ。減刑されるのは間違いないから。さあ、自分のした事をありのままに全て話してくれないか?」

 ますますムカついたよ。ムカつき果てたよ。おれの負けは確定した気がした。こいつのせいで死刑にされると思った。もう、何度も話をして、弁解しようとしたけど無理で、この刑務所まで来てしまっているんだ。決まっていないのは刑の長さだけなんだ。これから話をして、どうしようっていうんだ。そう思ったけれど、しょうがないから、また洗いざらい此奴に喋って、独房に戻ったんだ。

 裁判の初日、ネズミ野郎は法廷でめちゃくちゃ緊張しながら、おれの有罪を認めた。あの日に着ていた汗べとべとのスーツを、また着ていたよ。

投稿者 Dada : 05:30 PM

April 27, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 13

 ネズミの弁護士は、ワシみたいな顔をした白人の裁判長に、すっかりびびりあがってしまい、ぼくの減刑をお願いするのを忘れてしまった。彼のあまりの威厳の高さを前にして、じぶんは哀れで、みじめな、ダウン・サウス出身の人間だということを、思い出してしまったのだろう。体が麻痺してしまったかのように立ち尽くして、ただただ、ぼくに下される判決を待っているばかりだった。

 そこで、ぼくは裁判長の青い瞳をしっかりと見つめながら、こう言った、「裁判長殿、ぼくはじぶんがしてしまったことを、後悔しています。今までこんなことしたこと無いんです。もし少しだけ時間を下さいますならば、もう二度とこんな場所に戻って来ないことを、神に誓います。おねがいします。裁判長殿、ぼくを刑務所に送らないでください」

 ところが、氷のような目で見下ろしながら、「残念ながら、チミは悪い若者だな。純粋な若い女の子をたぶらかし、州の法律を破ったことは実刑に値する。きみのやったことは、保護観察処分がふさわしいようだ。きみのためにも、社会のためにも、1年以上18ヶ月以下の少年刑務所への服役を、言い渡す!」

 ぼくは暴れだした、べたべたした手で肩をつかんでくるネズミの弁護士を払いのけ、裁判所の席の後ろのほうで、しくしくと泣きはじめたママを見ないようにしながら、氷のように冷たい裁判長へ手を差し延べた。

 ジュンのお父さんは、法廷にも屈強そうな男をたくさん連れて現れるような大物だったのだ。その彼が、ぼくが確実に刑務所へ送られるよう、裏で糸を引いていたにちがいない。ぼくの判決は、強制わいせつ罪で、売春罪は適用されなかった。なぜなら、売春とされるには、娼婦がいなくてはならないからだ。ジュンのお父さんは、娘を娼婦と呼ばせないようにした。

 こうして、ぼくはママの髪の毛を灰色に染めていく、最初のステップを踏みだした。スティーヴなら、褒めてくれたかもしれないな。ちがうかい。

投稿者 Dada : 06:40 PM

April 28, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 14

 ぼくがウィスコンシン州グリーン・ベイの少年刑務所へ送られるという判決を聞いて、ママはほとんど廃人のようになってしまった。

 拘置所には、少年刑務所の《リピーター》たちが何人かいて、初めての連中をびびらせようとして、ぼくたちを連れて行くバンを待っているあいだ、そこで繰り広げられる悲痛なエピソードをやたらと話しかけてきた。ぼくは、そんなのを聞いても何にも感じなかった。そんなの作り話に決まってる、と決めつけていたんだ。馬鹿だったよ。

 二週間ほどのあいだ、ママは毎日、手紙をくれたし、二回、訪ねてきてくれた。罪悪感と悲しみがずっしりと彼女にのしかかっているようだった。

 ロックフォードのころを思い出せば、スティーヴの阿呆が現れるまでは、ママは教会のしもべとして、敬虔なクリスチャンの暮らしをしていた。そしてこのとき、ぼくのところに届いた手紙を見ると、悔い改めなければ、おまえは地獄の業火に焼かれるとか、悪魔の奴隷になるとか、そんな危ないことが、震えるような字でびっしりと書き込まれていた。可哀想に、ママは自分の正気を保つため、狂信的なキリスト信者になってしまったんだ。ヘンリーを死に追い込んでしまったことと、ぼくの過ちを、恐ろしい罪科として背負っていたんだ。

 雷が鳴り、嵐が吹きすさぶ朝に、ようやく輸送車がやってきた。互いに手錠でつながれながら乗り込んでいくとき、冷たい横殴りの雨のただ中に、ママがさようならと手をふりながら立っているのが見えた。悲しみと孤独で震えているんだ。その瞬間、喉の奥のほうから、咽び泣くような感情の塊がこみ上げてきた。痛いくらいに泣こうとした、でも、泣かなかったよ。

 ママは、輸送車が到着する時間をどのようにして知ったのか、言わなかった。今でも、あのとき、なぜママがあそこでぼくの旅立ちを見届けることが出来たのか、ぼくにはわからない。

 そして、ぼくは連れて行かれた。政府の連中は、その場所を「少年刑務所」と呼ぶが、とんでもない。あれは完全にリアルな刑務所そのものだった。

投稿者 Dada : 05:20 PM

April 29, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 15

 輸送車が刑務所へと続く一本道へ入ったとき、お腹の底から恐怖がこみあげてきた。それまで、車内は、ぼくの隣に腰掛けている太った黒人以外、二十人ほどの囚人たちが大声で喋る冗談や笑い声で、溢れかえっていたのだ。

 ところが、そびえたつ灰色の塀を通過すると、胸ぐらを巨人に殴られたみたいに、みんなが黙り込んでしまった。《リピーター》たちですら静かになった。彼らが話していた恐怖の体験談は、本当なのかもしれないと、ぼくはその時になって信じはじめた。

 スコープの付いた強力なライフルで武装した監視員たちがいるゲートを三つくぐると、三つの囚人棟が、まるで太陽の日差しの届かない世界でおこなわれる葬式の参列者みたいに建ち並んでいた。産まれて初めて《ロウ》な恐怖がじぶんの中に生じたのを感じた。

 そのとき隣に座っていた太ったニガは、高校のときの同級生だったんだ。彼は熱心に教会へ通っている男だった。

 そいつの興味は教会と神と聖書のことだけだったから、なかよくした記憶は一切ない。煙草も吸わなかったし、女も博打もまったくだった。あり得ないくらい堅物な男だったんだ。

 オスカーって名前で。今も目を閉じてぶつぶつとひたすら祈りの言葉を唱えているところを見ると、堅物っぷりは変わっていないみたいだった。

 だが、その祈りも、バンが刑務所の入所管理棟に到着して乱暴にストップしたことで断ち切られた。ぼくらは追い出されるように下車し、手錠をはずすために一列に整列させられた。二人の看守が両側から一人ずつの手錠をはずしていく。列の真ん中にむかって進みながら、一人一人の囚人の耳元に囁いている、「大人しくしてろ!一言も話すな!」

 蛍光灯のやたらと明るい部屋へ移動していくとき、オスカーはぼくの前でがたがたと震えていた。ラフな椰子の木のカウンターが12ヤードくらい続いていて、緑と灰色の格子模様の床は皿のようにぴかぴかだった。勿論、これはリンゴでいえばつるつるした皮の部分みたいなもので、刑務所の中身は腐り切っていて食えたものじゃ無いんだけどね。

 カウンターの向こうには、生っ白い肌をした受刑者たちが並んでいて、ぼくたちが通り過ぎるたびに、体の大きさをざっくり測って、キャップから革靴にいたる囚人服を手渡してきた。

投稿者 Dada : 05:30 PM

April 30, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 16

 ぼくらは、それらの服を渡されると、大きな部屋へと連れて行かれた。そこには、制服に取り付けられた真鍮のボタンと、金色のブレードでぴかぴか光っている、押し黙った背の高い看守がムチをふるっている。ベンチに服を置き、今、着ているものも脱いで簡単な検査を受けるよう、せきたてている。部屋の奥のべこべこした鉄製の机のまえに、刑務所の医者がいた。

 ようやく全員の身体検査が終わると、シャワーを浴びさせられた。金色に輝く看守が、ムチをうるさくふり続けるんだ。さっさとドアから出て、左へ曲がり、それから通路を真っ直ぐ歩いて行け、といっているんだ。200ヤード先にある低いビルまで整列しながら歩いていると、ふたりの看守が両脇に付いて来る。こいつらも異常に静かだし、ムチがいちばんペラペラ喋っていたよ。

 やがて、ビルの中の光景よりも先に音が聞こえてきた。雷のような、怖ろしい轟音が鳴り響いているんだ。あんな音は、それまで聞いたことがなかった。そして、暗がりから、数え切れない数の囚人たちの厳しい顔が、灰色の海を泳ぐように蠢いているのが徐々に見えてきた。神秘的とすら言える光景だったよ。100ヤード先まで行くと、その正体がなんなのか分かった。何百人もの囚人たちが鎖に繋がれて食堂から三つの監房へ歩かされていたんだ。悲惨なロボット戦士たちの行進を見ているようだった。雷のような轟音は、彼らの重たい革靴が響かせていたんだよ。

 そうして、ようやく低いビルディングに到着した。これから数日は、ここに滞在して査定を受けることになるのだ。この刑務所にやって来る全ての受刑者たちには、まずここで身体検査と罪状の確認が行われ、それから定員に合わせて服役する監房が決められていく。

 白い制服にとんがり帽子の看守が、房のドアのスロットから夕食を入れてくれたとき、この刑務所という「リンゴ」の腐った中身を味わわされた気がしたよ。かろうじてスープと呼べる液体と茶色いパンの塊だった。グレネード弾の中につめて投げたら人が死にそうな代物だったよ。

 ぼくは新入りだったから、いっきに飲み干すかわりに、この食物をしげしげと眺めてみた。目を近づけて、パンの表面にある黒いつぶつぶを観察してみた。腹が痙攣するまで吐いたよ。つぶつぶは、麦ではなく、虫だったんだ。

投稿者 Dada : 04:47 PM

May 02, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 17

 夜の九時には消灯した。1時間おきくらいで看守が巡回してくるんだ。檻ごしに懐中電灯の光を差し入れて監房を覗き込んでくるんだ。ぼくは、ここに囚われている連中の中に、未成年の女とのピンピンで捕まったやつはどれくらいいるのだろう、なんて考えていた。

 すると、部屋の奥にいる白人の《リピーター》が小さな声で新入りと喋りはじめたので、聞き耳を立てた。ぼくの隣に座ったオスカーも、ぶつぶつと祈りの言葉を唱えるのを止め、同じように耳を澄ましている。

 こんな事を話している、「ロッキー、ところで、あの看守野郎にいったい何があったっていうんだ。なんであいつ声を出さないんだ。なんで何でもかんでもムチで命令するんだろう」

 すると《リピーター》は、「あの糞ったれは有名なキチガイなんだ。十年も前に、喉がスクリュード・アップして声が出なくなってるんだ。もう二十年くらいここにいる古株だよ。なんで喉がつぶれたか知ってるか」

 円形の懐中電灯の灯りが近づき、そいつが再びまわってきたから、彼らは黙りこんだ。通り過ぎると、こんな風に続けた、「あいつは、声を失う以前は《だみ声》って呼ばれてたんだ。あいつの怒鳴り声は刑務所のはしからはしまで届くって有名だったんだ。性格は最悪で、看守たちのキャプテンみたいなやつだった。この二十年で白人を二人、黒人を四人、あのムチで殺してるんだ。とにかくニガが大嫌いらしくて」

 オスカーは、また狂ったように早口で祈りはじめた。《リピーター》の話を聞いていて怖くなったのだろうか。新入りは、話の続きを聞きたがっている。

「なるほど、ロッキー。あいつがラフな奴だってのはわかったよ、それで、どうして喉がスクリュード・アップしたんだい」

「あのな、あいつは女房とガキを、囚人を扱う以上に酷く扱ってたんだよ。あまりの酷さに奥さん、発狂しちゃって。ガキを撃ち殺したあと自分も頭に穴をあけて死んじゃったんだ。女の子はたったの二才だったらしいぜ。遺書には《あんたの怒鳴り声は酷すぎて頭がおかしくなりました。サヨナラ》って書いてあったらしいんだ。この刑務所の精神科医によれば、女がくたばったせいで、あの《怒鳴り声ボックス》は声が出なくなったんだってさ」

投稿者 Dada : 06:00 PM

May 03, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 18

 ぼくは、彼らの話していたことについて考えながら、横になって天井を見ていた。そして、オスカーは無事に刑期を終えることができるだろうか、と考えた。あいつは、あのボロ家の両親のもとへ帰れるだろうか。もしかしたら、頭がおかしくなって、病院へ送られるかもしれない。

 オスカーは、ぼくと同じく懲役1年を言い渡されていた。この哀れなキリスト教信者は、体の不自由なアイリッシュの女の子と付き合うようになったのだという。彼女は、まだ十七才だった。ダウンタウンの劇場にあるバルコニーの暗がりでいちゃついているところを、その女の子の知り合いの子供に見られてしまったそうだ。そいつが家族に報告すると、すぐに両親にバレた。かんしゃく持ちで、偏見のかたまりのような両親だった。

 女の子は折檻され、黒人のオスカーがすでに彼女の禁断の谷間をトレスパスしてしまっていることをしゃべってしまった。ただちに強姦罪の容疑が生じて、このニガはいま、ぼくの隣にぶち込まれてるってわけなんだ。

 ぴしゃりっと、ぼくは太ももをはたいた。虫に刺された感じがしたから。毛布をめくってみた。神様、勘弁してくれよ、虫、キライなんだから。南京虫を潰してしまった。でも、そいつはただの偵察隊にすぎなかった。その1時間後、また看守がまわってくるころには、次の部隊が壁伝いにパレードしていやがったよ。

 ぼくは、目をぱちくりさせたまま朝までじっとしていた。ぴかぴかに見えたリンゴの中身は、こんなだったわけだよ。

 さて、十日目には、いろいろと審査を終えて、ぼくたち新入りはこの房から出て、刑務所長の事務所へ面談に行くことになった。ぼくの番はすぐにまわってきた。所長の部屋の外にある長いベンチから立ち上がり、そそくさと扉から入っていった。机の前に立つときには、ひざがものすごくがくがく震えていたよ。

 所長はもう白髪のほうが多かったが、口汚くて、体が大きい、ブルドッグのような男だった。深く沈んだ眼孔の奥に、小さな黒い炎がめらめらと揺れていた。

投稿者 Dada : 06:10 PM

May 04, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 19

 所長は言った、「さて、ペシャンコ野郎。ニガのお尻は鎖につながれて自由にならないことは判ってるな。いいか、よく理解しろよ。我々がおまえをここに呼んだんじゃない。おまえから来たんだ。だから、処罰をし、ペシャンコにしてやる為に我々がここに居る。ふざけた真似をしたら二通りのことがおまえの身に起こる。どっちも最低なことだ。まず、我々が馬鹿みたいに時間をかけて掘った穴がある。こいつは地面より二十フィート下にあって光も差し込まない完璧な独房だ。そこへ埋まってもらう。パンを二片と、二日に一滴の水滴を垂らしてやる。それが嫌なら、棺桶に入れられて北のゲートから出てってもらうことになる。これが二つ目の選択肢だ。この規則書をもっていってよく読んどけよ。わかったらその汚いお尻をさっさと何処かへやってくれ」

 これを聞いて、口にすることが出来たのは、「は、はい〜、よく、わかりました、所長・・」ぼくは、袋叩きに合わずにすんだミシシッピのレイプ容疑者みたいにニタニタ笑って外へ出た。

 このヘーコラした態度は正解だったようで、血気盛んな《リピーター》たちの一人は、所長を睨みつけたとか何とかで、例の穴に送られてしまった。「目線による反抗的態度」とか適当に理由をつけられるんだ。

 オスカーとぼくは、《B》ブロックで生活し、作業をすることになった。そこは全員が黒人だった。そして、三つある中でも、唯一トイレが無いブロックだった。牢の中にバケツが置いてあって、毎朝そいつを運び出しては、裏手にある水の流れにぶちまけるんだ。温かい夜に、そこから匂ってくる悪臭ときたら、人生でいちばん最低だったとしか、言えないよね。《ハイプ》だった。

 刑務所生活は・・・もう本当にラフだったよ。知恵をふりしぼった戦いの連続だった。その殆どは、あの口のきけない看守とのやり合いだよ。とにかくヤツの見えない場所に居て、トラブルに巻き込まれないようにするんだ。あの野郎は爪先立ちで歩き、囚人の心を読むことが出来る。シャツの中にくすねたパンを入れてあるだけで、何処からともなくスッと現れるんだ。心の底から、気味が悪かったし、怖かったよ。

 勿論、あのムチについて説明したパンフレットなんて、渡してくれないからさ。それで、命令を取り違えたら、容赦なく頭蓋骨をシャフトされるんだから。

投稿者 Dada : 06:30 PM

May 05, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 20

 六ヶ月が過ぎたころ、大きな刑務所から移送されてきた若いニガの囚人が、あの《パーティータイム》からの伝言を伝えてくれた。

 それによると、ぼくたちの関係は引き続きタイトだし、まだハスラーとして未熟なのだったら、またいつでも手を組もう、ということだった。

 路地裏で風船野郎に彼が拉致されて以来、ぼくはチキン野郎のままで申し訳なく思っていたから、彼がそんな言葉を送ってくれたのは、良い知らせだった。

 ところで、口のきけない看守は、全ての囚人を憎悪していたが、オスカーにはとりわけムカついているのだった。

 看守がキリストをも嫌っていて、オスカーが熱狂的な信者だというのも知っているから、余計にイラついていたのかどうかは知らないが、とにかくよっぽど彼のことが気に入らないみたいだった。

 オスカーとぼくは、二段ベッドをシェアしていた。ぼくが下だった。夜、家に帰って本か何か読んでいるはずの看守が、ぼくたちの房のすぐ側に立っていて、聖書を熱心に読み耽っているオスカーをまんじりともせず見上げている光景を何度も目撃して、震えあがったものだよ。

 その冷酷でぎらぎらした緑色の視線が何処かへいなくなると、ぼくはひそひそ声でこう言うのだった、「オスカー、マイメン、おまえのことは嫌いじゃない。だから、ひとつ友だちからの助言を聞いてくれないか。友人として言ってるんだ。おまえが聖書を読んでいる姿は、あの看守を、なぜかイラつかせるみたいだぜ。なあ、どうして読むのを止めないんだ。嫌われるだけだよ」

 だが、この頭の四角いお馬鹿さんは、いっこうにかまうことなく、看守が来ていることにも気がついてないようだった。そして、「きみが友人だというのは知っているし、助言にも感謝しますよ。でも、こればっかりはダメです。ぼくのことは心配しなくていいです。神がきっと守ってくださるから」と言った。

 ママは、週に一通は手紙をくれた。そして、毎月、訪ねてきてくれた。最後に来てくれたときに、ママをそんなに心配させないために、週に一回くらい刑務所長と長距離電話で話すのもいいんじゃないか、と提案してみた。刑務所の外に、ぼくのことを愛していて、健康でいて欲しいと願っている人が存在していることを、所長に知ってもらえるからだ。

 彼女は、元気そうだったし、貯金もしているみたいだった。ビューティー・ショップを開店したという。ぼくが仮釈放になったら、友だちが仕事を世話してくれるはずだから、とも言っていた。ママが来てくれた夜は、一睡もせずに天井を見上げながら、ぼくたちふたりの惨めな暮らしについて振り返るのだった。ぼくは、ヘンリーの顔のほくろやしわを、ありありと想い出せた。

投稿者 Dada : 05:30 PM

May 06, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 21

 あるとき、ちょうどママが訪ねてきてくれた日の夜、刑務所の壁に取り付けられているラジオのスピーカーから、《スプリング・タイム・イン・ザ・ロッキーズ》が流れ出した。ぼくは止めどなく流れる涙をオスカーに知られまいとしたけれど、彼は気がついていた。そして、聖書のどこかのページを折ってぼくに読むようにと差し出した。けれども、看守がうろついているから、断った。

 神のご加護もむなしく、看守はオスカーはぶちのめした。ぼくたちが、敷石のモップがけをほとんど終えて休憩しているところへ、友だちがウインナーを2本、持ってきてくれたんだ。それをひとつ、オスカーにやった。彼はシャツの中に隠した。ぼくは、モップを壁に立てかけておいて、誰もいない独房へいってがつがつ食べました。

 仕事を終え、支給品がしまってあるクローゼットへ、モップとバケツを戻しに行ったとき、事件が起きたんだ。オスカーは、歩きながらちびちびウインナーを囓っていた。暢気で、ぬぼうっとして、まるで《最後の晩餐》のようだった。

 そこへ巨きな影がのびてきた。クローゼットの隣の部屋の壁から突然、あらわれた。ふと、目の片隅でチェックした。そのとき、宇宙がひっくりかえったよ。そう、あの看守がいたんだ! オスカーの手に握られたウインナーのかけらを発見すると、あいつの緑色の眼光が、オシレーションしたんだ。

 空気を切り裂いて死神のようなムチが飛んできた。髪の毛がちぎれ、鮮血がオスカーの頭からほとばしった。どろどろした赤い塊が、耳たぶから不気味なイアリングみたいにぶら下がっている。オスカーの目玉は、じぶんの背中へ向かって一回転してしまい、うめき声をあげながら彼は床へひっくり返った。灰色がかった白の傷口からどくどくと血が流れだした。

 その残酷な光景を看守は見下している。興奮して、緑色の目がきらきらしている。この八ヶ月間、この男を毎朝、見てきたのだけれど、こんなに笑っている顔はなかった。じゃれあっている子猫を見ているみたいになんだ。異常だよ。けれども、オスカーを助けている場合じゃなかった。ほっぺたに羽根がこすれるような感覚を感じたんだ、そう、今度はぼくを襲ってきたんだ! 奴は、ムチを小刻みに振動させている。

 そして叫んだ、「出て行け!」

「はい!」と叫んで答えたよ。逃げる途中に、オスカーを搬送する保健室の人の声が聞こえていた。そのあと、自分の部屋で、一人で座りながら、もし、次の一撃を加えられていたら、死んでいたかもしれないな、と思った。

投稿者 Dada : 06:00 PM

May 07, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 22

 あの一撃の殺人的なありさまを思い出していた。そしてそのあとの悦に入った表情も。囚人たちの噂では、あの看守は、アラバマ出身だということだった。それで、あいつは聖書が嫌いだからオスカーを狙うのではないと解った。看守はアイリッシュの女の子の件を知っていたんだ。

 オスカーは、病院から「穴」へ直行させられた。十五日間の禁固刑だ。「禁止食品の所持」と「職員に対する身体的抵抗」が理由だったけれど、ぼくの見たかぎり彼のした抵抗なんてなかった。骨や皮が鉄のムチに対して必死で抵抗していただけだったよ。

 毎月、仮釈放にについての審査会が開催されていて、どの囚人も何ヶ月かの最低限の役務をこなすと、この日が来るのを心待ちにするのだった。ストリートに戻れるかもしれない。オスカーが穴の中にいるから、ぼくは何となく寂しかった。頭の四角い男ではあるけれど、へんてこな笑いのツボをもってるいい男でもあった。ちょうどそのころ、何人かの男たちが別の大きな刑務所から移送されてきた。彼らは《マック》、つまりピンプだということだった。

 天気が悪い日に外で遊べないと、ぼくはよく彼らが話しているテーブルに加わるようになった。多くは話さなかった。ただ、それぞれが自分のピンピン・アビリティを競うように語るのに熱心に耳を傾けるのだった。そこには沢山のうんちくがあり、独特の言い回しがあった。ぼくは、外へ出たらいつでもそれらを使えるよう、盗むのに徹していたんだ。

 そして、いつも興奮して部屋へ戻るんだ。そこに女たちがいるつもりでピンプらしく振る舞ったりするのだった。勿論、そんなリハーサルはストリートでは一切役に立たない。そんなことも解ってない阿呆だったよ。

 オスカーは穴からだされると、所内の一番高い場所にある独房へ移されたから、会えないと思った。会いに行こうとも思っていなかったから、ふいにそのチャンスが訪れたとき、準備が出来ていなかった。

 彼の番号が記された扉を穴から覗くと、痩せこけたおかしな男がバケツの底の穴を覗きながらこちらに背中を見せていた。へらへらと笑っているようだ。もう一度、番号をチェックしたけれど、たしかにオスカーの房なんだ。

 鉄格子のバーをよけて、食事の差し入れ口を引いてみると、骸骨男は飛びあがってこちらへ向き直った。動物みたいな目をしていた。そしてオスカーだった。頭の側面にある禿げあがってしまった傷口をみて、ようやくそうだと解る感じだったよ。

 ぼくのことを覚えていないみたいなんだ。それで、「おい、どうしたんだよ,信仰は誰にも邪魔できないんだろ・・」と言っても、突っ立ったままで、ズボンのチャックからポコチンがハミでている。それで、「おいったら、こんな場所から這い出て、明るい未来へ進んで行くんだろ?」

 でも、ぼくの言葉を無視している、と思ったら、喉の奥のほうから出てくる、ようやく聞き取れるほどの、不気味な、ピッチの高い、歌っているようで泣いているような声を発している。交尾の相手を探す狼男みたいだった。それでようやく彼の精神が心配になってきた。

 しばらく、そこで何とかコミュニケーションがとれないか努力してみたのだけれど、ムリだった。まだ、穴から出てきてたったの2時間しか経ってなかったから、神経の回路の何処かが遮断されたままだったんだよ。

投稿者 Dada : 06:45 PM

May 09, 2005

FIRST STEPS INTO THE JUNGLE 23

 オスカーが、ぼくに陰険な一瞥をくれて房へと戻っていったとき、ぼくには彼が完全に壊れてしまったことが理解できた。バケツを持ち上げると、その中に手を突っ込んで何やら動かしているのだった。

 そして、うんこを掴みだしたのだ。右手の手のひらでぐちゃぐちゃと固めたかと思うと、今度は左手に移してぐちゃぐちゃと揉んでいる。パレットみたいな要領で左手を使い、右手の人差し指にうんこをつけると、牢屋の壁にアートを描き始めたんだ。

 まるで「システィーナ礼拝堂の天井画」を描いているかのように、その顔には至福の表情が浮かんでいるんだ。もう、ダメだと思った。階段を下り、下の看守たちに報告したよ。次の日、彼らは、オスカーを精神病院へ連れ去って行った。もう三十年が経つけれど、今もそこにいるんじゃないかな。

 残りの八ヶ月間はあっという間に過ぎた。仮釈放処分の審査委員会へ送られ、ピンク色の通知を辛抱強く待っていた。白だと拒否されたっていう意味なんだ。また、次の審査を待たなくてはいけない。

 そして、鉄格子の間を縫って郵便係が通知を持ってきてくれた。手ががたがた震えたよ。開けるのが困難になるほどだった。そして・・それはピンクだったんだ。思わず、鉄製の壁に向かって拳を叩きつけたよ。痛みも感じないほどに幸福な瞬間だった。

 出所するとき、安物のラシャ格子のスーツを着せてもらった。プレッシャーだらけのこの場所を出られるなら、コールタールと鳥の羽根でできた服でも喜んだかもしれない。最後に、所長と会うことになった。

 事務所に入っていくと、「おい、この雪だるま野郎。おまえは幸運のお守りを持っていたみたいだな。いずれにせよ、二週間後にまた会おう」まだ、完全に出所しているわけじゃないから、最初に会った時と同じようにへらへらと愛想笑いを浮かべておいたよ。

 外へ出ると、酸素が爆発しているみたいにフレッシュだった。酔っ払うくらいに空気を吸った。刑務所を振り返ると、礼拝堂から口のきけない看守がぼくを見下ろしていた。でも、あの鉄のムチはもう、何も言ってこなかった。
 
つづく

投稿者 Dada : 06:50 PM