April 04, 2005
TORN FROM THE NEST 1
女の名はモード。彼女は1921年におれを《ジョージア》した。おれは、たったの3才だった。
その話をするとき、ママはいつも炎のように怒った。太もものあいだにおれの小さな頭を押さえつけて、喘ぎながらイキそうになってるモードの姿を目撃してしまったときと、同じくらい怒ってた。
ママは一日中、ずっと洗濯の仕事をしていたから、モードが一日50セントでベビー・シッターに雇われた。彼女は、まだ若い未亡人だった。よくわからないことに、インディアナポリスじゃ「信心深い」というので有名だったらしい。
罰当たりのくせに。
これまで、あの女の顔を忘れないように努めてきた。だが、覚えているのは、あのファンキーな儀式のことだけ。二人っきりのときに何を話したかなんて忘れた。とにかく彼女はエキサイトしてたよ。
記憶しているのは、湿ったヘンな匂いのする暗闇と、顔にチクチクあたる陰毛。もっとハッキリしているのは、パニックになる瞬間。モードが、絶頂へ向かって、狂ったようにぼくの頭を股間の茂みにぐいぐいめり込ませる、あの時間のことだ。
まっ黒な風船みたいに、ヒューヒューと息を吐きだし、やがてぐったりとして、手を離す。そのあいだ、こっちは呼吸ができなかった。首筋がマジで痛くなったし、舌が攣りそうになったのを、よく覚えてる。
おれとママは、シカゴからインディアナポリスに引っ越してきた。シカゴでは、ママが妊娠して6ヶ月くらいのころから、オヤジが開き直った。つまり、ステテコ男の正体を現しはじめた。
最初は、テネシーの小さな町で暮らしてたみたい。そこが地元。ある男が美しいヴァージンを追っかけまわして、うまいこと結婚まで持ちこんだ。それがオヤジとママ。心の大きいママの両親は祝福した。約束の地、シカゴで幸せな暮らしをしてほしいと願ってやまなかった。
ママには十人の兄妹がいたから、結婚してくれれば口減らしになるし。
オヤジのオヤジは、腕のいいコックだった。ノウ・ハウをしっかりと教えてもらっていたオヤジは、シカゴへ着くと、すぐに仕事を見つけることができた。ミドル・クラスの大きなホテルの料理人。ママもウェイトレスになった。
二人で週に六日、一日十二時間働いても、5セントも残らなかったらしいよ。家具なんかも買えなかったみたい。
大都会の暮らしで、バカなオヤジは頭がおかしくなった。色の薄い黒人女の大きなお尻と、ビャッチ遊びにのめりこんでいった。インチキで糞みたいな遊びから抜けだせなくなった。失ったものは、二度と戻らない。
ある夜、オヤジがキッチンから居なくなった。ママが探して、ようやく見つけると、貯蔵室のポテト袋の上で、チカーノの女と思いっきりヤッてた。背中には女の足がしっかりと絡まっていた。
ママはそこら中にあるありったけのモノを投げつけ、めちゃくちゃになった。で、二人ともクビになり、しょんぼりと歩いて帰った。
オヤジは、涙を流してまじめに暮らすと誓った。大人の男になるって。だが、そんな意志も、くだらない街のスリルに抗う強さも持ち合わせてなかった。
おれが生まれると、さらに最悪になった。おれをカソリック教会の扉の前に置いてこようと言いだした。ママが断ると、ムカついておれを壁に叩きつけた。
この通り、生きてたわけだけど、それからオヤジは何処かへ消えてしまった。白いステテコと、小粋にかぶったダービー帽子といっしょに。
投稿者 Dada : 03:30 PM
April 05, 2005
TORN FROM THE NEST 2
きびしい冬の時代の始まりだった。ママは、髪巻きアイロンとくしを小さなカバンに詰め込んで、おれを暖かく毛布でくるみ、冷酷な街へと仕事へでるようになった。片手にカバン、片手におれ。そして、ドア・ベルを鳴らす。
「マダム、あなたの髪をカーリーに、美しくして差し上げますよ。どうかチャンスをください。たったの50セントなんです。奥様の髪を、新しい硬貨みたいに、ピカピカにできるんですから」こんな調子で語りだすのだった。
そうして、ふと毛布をずらし、幼いおれの大きな瞳が、相手にも見えるようにするのだった。氷点下の日の空の下、ママの腕に抱かれたおれの姿は、魔法みたいなものだった。ママは、おれと二人で生きていこうと必死だった。
ママの新しい友だちとシカゴからインディアナポリスへ移ったのは、1924年の春ごろのことだった。ママの働いていた洗濯場が火事になったんだ。
インディアナポリスでは仕事がなくて、六ヶ月くらいろくな物が食べられなかった。一文無しでいつもお腹はペコペコ。でも、救いの手は差し延べられた。天使みたいなニガが、おれたちの生活に入りこんできたから。
彼は、しなやかで美しいママと出会うと、すぐに恋に落ちた。名前は、ヘンリー・アップショウ。いま思うと、ヘンリーがママのことを愛したのと同じくらい、おれは彼のことが大好きだった。
インディアナポリスの親戚に会いに来ていた彼は、イリノイ州ロックフォードにある、自分のクリーニング屋へおれたちを連れて帰った。ロックフォードの下町でニガのやるビジネスなんて、クリーニング屋しかないんだけど。
ニガなんてずっと抑圧されてるけど、あのころの彼みたいな立場のニガって、いちばん最低だったし、苦労したんじゃないかな。
ヘンリーは、信心深くて、志が高くて、いい人間だった。やさしい人だった。いまでもこんな風に考える。もし、ヘンリーと別れることがなかったら、おれの人生は、どんなだっただろうかと。
彼は、ママを王女のように扱った。彼女が欲しがったものはみんな手に入れてあげた。流行の服を着たママは、すっかりイケてる女の人になった。
毎週、日曜日に、磨きあげられた黒のドッジに乗って、三人で教会へ行った。清潔でいい感じの服を着たおれたちが廊下を歩くと、みんなが注目したよ。
ニガの弁護士や物理学者なんてめずらしいけど、それくらい注目された。
ママはそこらの市民会館じゃセレブリティだった。おれたちは、生まれて初めて、いい暮らしを手に入れることができたのだった。
投稿者 Dada : 06:35 AM
April 06, 2005
TORN FROM THE NEST 3
ママは、ずっと思い描いていた夢をヘンリーに話した。すると彼は、まるでランプの妖精みたいにかなえてあげた。
それは、豪華なビューティー・ショップ。黒と金のクローム・メッキで色どられたピカピカのお店。ニガたちがビジネスをやってるブロックのど真ん中にオープンしたら、最初の日からお客であふれかえった。
客のほとんどは、娼婦、ピンプ、ハスラーたちだった。ファッションのために使う金をもってるニガなんて、そんな連中しかいなかった。
初めてスティーヴを見たとき、あいつは椅子に腰かけてマニキュアを塗ってもらっていた。ママは、爪をゆっくりと磨いてあげながら、オリーヴ色の肌をした奴のハンサムな顔をのぞきこみ、笑いかけていた。
そのとき、子供だったおれには、スティーヴが猛毒をもったピン・ストライプのヘビ野郎だってことが、まったくわかってなかった。
クリーニング屋で、ヘンリーが上着にアイロンをかけるのを眺めているとき、もうすぐ終わりが来るだなんて、まったく思ってなかった。
チクショー!
小さな店だったから暑かったけど、おれは、あの店にいる時間が好きだった。毎年、夏休みになると、一日中ヘンリーの仕事を手伝っていた。
あれは、真夏のことだった。
あの日、銀行マンの高価な革靴を磨いているとき、おれはロックフォードでいちばん幸福な子供だったと思う。ソールを拭きながら、お気に入りの曲《スプリング・タイム・イン・ザ・ロッキーズ》を歌っていた。
銀行マンが立ち上がると、ポケットからきらりと光るものが見えた。そして、にっこり笑いながら、おれの手に50セント玉をにぎらせてくれた。
通りへ歩きだす彼を見送り、口笛を吹く。太陽は輝いていた。完璧だった。
その時、彼の手からおれに再びコインが贈られることはないだなんて、予想すらできなかった。三十五年が過ぎた今、おれが幸せだった最後の日となったあの日のことは、どうしたって忘れられないんだよ。
勿論、今のおれは、50セントどころか5ドル札を子供たちに払ってやれる。履いている靴だって特注だから、あの銀行マンの靴の三倍はするだろう。だが、おれの靴は、緊張と恐怖にだけぴったりとフィットするのだ。
とにかく、あの日は本当になんでもない普通の日だった。おれを混乱に陥れ、素晴らしい日々をめちゃくちゃにしてしまうあの出来事の前兆なんて、マジでひとつもなかったことだけは、信じてもらいたい。
それじゃあ、あの最後の日のことを、まるで昨日のことのように、思い出してみようか。まず、ヘンリーが不自然なくらいに静かだった。若かったおれは、かれのハート・ブレイクを感じ取ることができなかった。
いっぽうで、たった十才のおれでも、ヘンリーは不細工だけど、おれとママを飢えから救い出してくれた恩人で、そして誰よりもママのことを愛しているということは、よくわかっているつもりだった。
だから、おれはヘンリーが大好きだった。心の底から愛していた。ヘンリーこそが、おれのたったひとりの父親なんだ。本当だよ。
ヘンリー、もし、おれのママとの恋に溺れなかったら、あなたはまだ生きていたかもしれない。愛しすぎたからこそ、ブロークン・ハートが原因で早死にしてしまったんだ。あなたにとってママは、ドレスを着た殺し屋だったね。
投稿者 Dada : 04:25 PM
April 07, 2005
TORN FROM THE NEST 4
夜の8時、いつものようにヘンリーは店の灯りを消した。暗がりにはまだ昼の熱さがじんじんと漂っているようだった。ドア越しにストリートを煙草のフィルターを銜えた犬が這っているのが見えた。夢のような光景だった。
ふと、感情にくるまれた低い声で名前を呼ばれた、「ボビィ…」
見上げるとそこに青白い街灯の影に落ちこんだヘンリーの固くこわばった顔があった。突然、大きくて重たい手で肩をつかまれ引き寄せられた。何が何だか解らなかった。彼は、おれをしっかりと抱きしめて離さなかった。
ベルトのバックルが顔にあたっていた。押し殺すような調子で、しかも早口で、彼はみじめな台詞を語りはじめた。「ボビィ!」
「ママとお前を愛してる」
ほっぺたを通して、腹が震えているのがわかった。泣いているのだ。
「知ってるよ、父さん、ぼくらも父さんが好きだよ、ずっとだよ」
「ずっと一緒に居てくれ、お願いだよボビィ、世界中を探したっておれにはお前たち二人しかいないんだ、一人では生きていけないんだよ」
「心配しないで、父さん」
はっきりと答えた、彼の身震いが止まるように。
「何処にも行かない、約束するよ」
そうして、しばらくのあいだ、暗がりで音もなく抱きしめ合っていた。
ドッジに乗って家へと帰る途中、おれの考えは変わった。
そうだ。ヘンリーの心配には根拠があるのだ。ママは彼を愛してなんかいなかったのだ。彼のように優しい男はいつだって便利な道具として扱われるのだ。ママはもう、とっくにあの蛇の手中に落ちているのだ。
スティーヴはピンプだ。
あいつの計画はママを口説いて《ウィンディ》することだった。あの馬鹿野郎はいずれ子供が邪魔になることを知っていたはずだ。だが、ママがチンコを舐める姿を見て、そのうちおれを引き離すことなんて簡単だと考えたのだ。
ピンプになった今となっては、スティーヴが何をしようとしていたのか、手に取るように理解できる。そして、彼がどれだけ間抜けかってことも。
ここに、頭の四角い間抜けな旦那がいるマンコの四角い女がいる。女はピンプに夢中。夫は女に夢中。夫のビジネスはうまくいっていて、妻にはいくらでも貢いでしまう。スティーヴが本当に賢かったら、この関係のてっぺんにずっと居座ればいい。何年にも渡って札束が入ってきただろう。そのあと、彼女を連れて行くなり何なりすればいい。もちろん捨ててもいい。
だから、あいつもママに惚れてたんだ。たったの二千五百ドルを巻きあげていっしょに逃げるなんて、本物のピンプがすることじゃないと思う。
おれはキリストに祈った。ヘンリーとずっと暮らしたいと。ヤリまくってる阿呆な恋人同士といっしょに街を出るなんて、まっぴらごめんだったんだ。
投稿者 Dada : 04:20 PM
April 08, 2005
TORN FROM THE NEST 5
ママがすっかり荷物をまとめ終わった朝のことは一生、忘れられない。ヘンリーは男としての闘志とプライドを完全に失ってしまった。
膝をつき、しかられた子供のようにママにすがりついた、頼むからここに居て欲しいと。愛しているから、と云えば云うほど空しく響いたよ。
「お願い、捨てないでくれ、おれは生きていけない」
彼を見下す死刑執行人みたいなママの顔は消え去ることがないだろう。
「ヘンリ、ハニィ、ちょっとのあいだだけよ。戻ってくるんだから」
ヘンリーのあの感じじゃ、あのときおれとママが殺されなかっただけラッキーだろうな。裏の路地に埋められていてもおかしくないって感じだった。
スティーヴの古いモデルTに乗せられて、おれはママの秘密の逢瀬の旅へと連れ出された。後部座席からポーチで泣きじゃくってるヘンリーがみえた。
せっかく父親ができたと思ったらこれだった、最低なことならいくらでも起こりそうだった。しばらく後、おれたちはシカゴに到着した。スティーヴは何処かへ消えてしまい、ママは場末のホテルの一室でおれにこう言い聞かせたのだった。「これからパパがわたしたちに会いに来るから。いい、スティーヴはわたしのいとこってことにするのよ」
スティーヴは間抜けだったとさっき言ったが、ずる賢いやつでもあったわけだ。その意味は、すぐにわかる。
ママは、スティーヴの教え通りに、その数週間前にシカゴでハスラーをやってる弟を通じてオヤジに連絡を取っていたのだった。
オヤジは着飾って、コロンをぷんぷんさせて約束のホテルへ現れた。まず思い浮かんだのは、こいつがおれを壁に向かって投げた朝のことだった。
彼は、おれの顔を長いこと眺めていた。まるで鏡を見ているようだった。罪の意識にかられたのか、やがておれを掴んで抱きしめた。焦ったけど、顔を見合わせるるとやっぱり鏡のようだったから、首にそっと手を回してやったよ。
次にママと抱擁したとき、ママの視線がこちらへ向けられた。それは、まるでヘンリーといるときみたいに冷酷な目つきだった。オヤジはそのホテルがいかに素晴らしいかを自慢しはじめた。仲良しのシェフがシカゴ市長“ビッグ・ビル・トムプスン”にどんな料理を出してやったのか、とか。
そしてママとおれにこう言った、「おれは、変わったんだよ。金もあるでよ。ようやく妻と子供といっしょに暮らす資格のある男になれた。もう一度やり直そうよ。おれも年を取ったよ。どんな馬鹿なことをしたかわかってるよ」
ママは、まるで餌のまわりをじりじりと廻る蜘蛛みたいに、オヤジが不安になるくらい十分にもったいつけてから、やがて、「よりを戻す」と言った。
投稿者 Dada : 05:00 PM
April 09, 2005
TORN FROM THE NEST 6
おやじの新しい家には高価な家具や絵がこれでもかってくらい詰め込まれていた。リネンに投資して何千ドルも儲かったのだという。
一週間後、ハスラーの叔父さんがスティーヴを連れて遊びに来た。下見に来ていたわけだ。おやじは一番いい葉巻の封を開けて《自称ママのいとこ》をもてなした。こいつらが計画を実行に移すまであと数週間ってところだった。
まったく、ママたちが何を考えてるのかナゾだった。おやじとママがよりを戻してくれれば、子供のおれはそれでよかった。だが、そんな甘いことはこの世にあり得ないことを、ミルウォーキーで思い知らされることになった。
その日、おやじと親しい白人の家へ遊びに行くことになっていた。ママは朝からそわそわして落ち着きがなかった。訪ねていった先では同じ年ごろの子供がいて、おれは楽しく過ごすことができた。
ショックをうけた人間の表情を腐るほど見てきた。だが、その日、うちのおやじが見せた絶望的にトラウマチックな顔はちょっとない。家へ帰ってきて、ドアに鍵をさしこみ、扉を開くと、中は空っぽだったのだ。ぐうの音も出なかった。家具も絨毯もすべてやられていた。エスプレッソマシンから壁にかけた絵にいたるまで、何もかも。ママの持ち物もなかった。
ママはおやじの肩に手をおき、慰めた。涙が頬をつたって滴り落ちていた。まさかってくらい完璧に成功したので、うれしくて泣いてたんだろう。女優になりたがってたし。じっさい、なれそうだった。オスカーも獲れたかも。
しばらくインディアナポリスの友だちのところへ行っているから、新しい家ができたら呼んでちょうだい、とか何とかいってママとおれはとんずらした。
90マイルを列車に揺られてミルウォーキーへ到着してみると、スティーヴが家を貸りて待っていた。その家の中にはおやじが買った家具がびっしりと並べられていた。こんなのちっとも幸せじゃない。しかも、あいつは博打キチガイだったから、数週間でほとんどの家具を売り払ってしまった。
投稿者 Dada : 10:25 PM
April 11, 2005
TORN FROM THE NEST 7
ミルウォーキーの暮らしが始まると、ママはレストランで働きはじめたから、スティーヴとおれは二人っきりになることが多くなった。あいつはことあるごとにおれを虐めたよ。
「おいっ このチビッコイ・マザファカ。お尻をぶってやる。バカ。どっか行けよ、逃げないと殺すぞ」・・・完全にイカれてた。
ママが子猫を買ってくれたんだけど。大好きだったな。でも、あいつは動物が嫌いだった。ある日、子猫が台所でいわゆる《猫のビジネス》をやらかした。
スティーヴは言った、「あの糞ったれの猫はどこにいる?」
ソファの下に隠れてた。あいつは子猫をつかみあげるとコンクリートの壁がある下の階へ連れていって、思いっきり叩きつけた。脳みそが飛びでたよ。家の裏にあった公園で、吐くほど泣きじゃくったな。
もう毎日、呪文のように言ってた「ママの馬鹿!ママの馬鹿!死んじまえ!」
そして「スティーヴの馬鹿!スティーヴの馬鹿!死んじまえ!」
おやじをハメたことにかんしては、ママもそれから長いこと罪の意識に苛まれたみたい。でも、やってしまったことはしょうがなかった。
糞ったれのおやじだったから、何をされようと自業自得だとおれも思ってた。ママはおやじに自分が酷いことをされた復讐がしたかったんだろうし、その復讐がどれだけ甘美だったかも、わかっている。でも、ママが犯罪に手を染めてしまったことは、子供のおれにとって辛いだけだった。
もし、ママがおやじの家具を根こそぎ盗んだことをおれには秘密にしてくれていたら、おれもこんな風にピンプの道に進むことはなかったかもしれないよ。いや、わかんないけど。でも、あの事件以来、ママはロックフォードの教会へ通ってたときみたいに正直で優しい人じゃなくなった気がする。
あれから長い時が過ぎて、ママのお墓参りなんて何百回も行ったよ。そのたびにこう語りかけた、「ママ・・・ママが悪いんじゃないよ。あなたは、ただのテネシーの田舎の女の子だったんだから。でも、ママはわかってなかったよ。おれはたった一人の息子だったんだよ? おれにとってヘンリーがどんなに大事な人だったか、ママはなんにもわかってなかった」
冷たい墓石にそう語りかけると、黙りこんで、それから思い出すんだ。誰からも忘れられた墓に葬られている、ヘンリーのことを。そして、喉からしぼりだすようにして、こう言うんだ、「たしかにヘンリーはブサイクだったよ。ママには釣り合わなかったかもしれない。でもね、ママ、天国に誓って言うけど、彼はおれにとっては美しい人間だった。ヘンリーが好きだったよ、ママ。おれには必要だったんだよ。なんでママはヘンリーのブサイクな顔しか見なかったんだよ、なんでその奥にあるものが見えなかったんだよ、ヘンリーをほんの少しでいいから愛して欲しかったよ。彼とずっと一緒にいて欲しかったよ、ママ、そうしたら、本当に幸せになれたはずなんだよ。違った生活があったはずだよ。でも、もうあなたを責めないよ。ママ、愛してる」
そして、空を見上げるんだ。ママが天国へ行っていますように。そして、今、おれの言葉を聞いていてくれますように、そう祈りながら。「ママ、生きててくれたらって思うよ。こうして立派になったおれを見て欲しかったよ。ママが言ってたみたいに弁護士にはなれなかったけどさ。でも、孫がふたりいるんだよ。もうひとり、産まれてくるし。それに引き取った女の子もいて、ママの若いころにそっくりなんだよ」
いつからそこに居るのか、隣の墓を訪ねる人がいた。年老いた男と十才くらいの瞳の美しい女の子。二人が立ち去るまで、ママに自慢をするのを止めた。そうして、またこんな風に語りかける・・・
「ママ、この十年間、おれはHがつく男はいっぺんも撃ち殺したことがない。この五年間、馬鹿みたいなピンプ・ゲームもしてない。おれはカタギになったんだよ。毎日、ちゃんとした仕事をしているんだ。どう思う、ママ。アイスバーグ・スリムはカタギだろ? 信じられないかもしれないね、ママ。このスーツだってたったの50ドルさ、全然ピンプしてない普通のやつだよ。車はもう十年乗ってる。もうわかっただろ、ママ。さようなら、ママ、クリスマスにまた来るよ。いいかい、おれはいつだってあなたを愛してる」
おれは、彼女の墓を背にして歩きながら、こんなことを考えた。
「もしかしたら・・・。刑務所にいた、あの糞ったれのカウンセラーが言っていたことは正しいのかもしれない。おれは無意識でママを憎んでいるから、ピンプになったのだと・・・」
ハッキリと言えることがある。ママの墓で泣くのは、おれがママを殺したような気がするからだ。おれの心に潜むママへの憎しみが、笑え、笑え、と囁く。あの女はここに埋められているんだぜ、と。おれの涙は、本当は笑っているんだ。
投稿者 Dada : 08:39 PM
April 12, 2005
TORN FROM THE NEST 8
猫が殺されてから九十日後、ママはようやく目を覚ました。灰色に曇った四月の朝、あいつが酔って口を半開きにしてぶっ倒れている隙に、おれたちは荷物を持てるだけ持って家を出た。とりあえず身をひそめたホテルはホットプレートと共用のトイレがついてるだけだった。
三年と半年のあいだ、スティーヴはおれたちの人生をストンプした。おれはもうすぐ14才になろうとしていた。
八月四日が誕生日だった。悪魔的な偶然でスティーヴはこの日をめちゃくちゃにしてくれた。あの凍えるような朝から、あいつは逃げた獲物を探してスラム街をしらみ潰しに歩いていたのだった。
ママが働いている白人の家でケーキを焼いてくると言ってたから、おれは首を長くして待っていた。夕方の6時にはパーティーを始めるはずだった。
でも、八月七日に帰ってきた。それも、病院から。あごを針金で吊って、全身あざだらけで。スティーヴが道でママを見つけたらしい。路地裏で足が立たなくなるまで殴ったあと、薄汚いゲットーの地下墓地へ消えたという。
その夜から、おれは暗い井戸の底にしゃがみこみアイスピックを握りしめてあいつが現れるのを待ち続けた。だが、ついに現れなかった。
二十年後、ホテルのスイートルームの窓辺で一服しながらストリートを眺めてたら、なんか見たことのある猫背で白髪のジジイがゴミを回収していた。
一瞬、意識がぶっ飛んで、その理由がわかったときには、銃を片手に赤いシルクのパジャマ一枚で道へ飛び出していた。よく晴れた朝だった。
ゴミ収集車は角を曲がって1ブロック先まで走り去っていた。もうぶっ放しても届かない距離だった。やがて通行人がわらわら集まりだしたから、彼女のレイチェルがおれの腕をつかんでその場から立ち去るよう促した。
それが、スティーヴを見た最後だった。だが、今でも、もしあいつと遭遇することがあったらおれは何をするかわからない。
おそらく、ママは叩きのめされた痛みから学んだこともあっただろう。
ホテルの部屋にいるとき、窓の外のネオンサインに照らされたママの顔を見るたびに、おれは心配だった。目をぎらぎらさせて、天井を見上げてぼーっとしていた。馬鹿野郎との激しいセックスのことばっかり思い出してたんだよ。クズ野郎のくせに、いっぽうでベッドの上じゃサナバビッチだったってことだろう。
あれだけ酷い目にあってんのに、まだあいつのチンコだけは忘れられないんだよ。ボコボコにされてよかったと思う。じゃなきゃ一生、わかんかった。
ママはきつ〜いお仕置きでほろ苦い教訓を得た。田舎の女の子がキザな都会のピンプと火遊びをした。そして、瞳に罪悪感と悲しみが宿った。
おれたちはもう二度とロックフォードの緑の丘にいた頃のような平和な暮らしはできなかった。ママはひとりの善良な男の人生を台無しにしてしまった。ヘンリーは、おれたちに置き去りにされた一年後に死んだ。彼は孤独な亡霊となってママが墓に入るまでつきまとうことになった。
ママは、おれが最初に抱いていた、愛情と尊敬に満ちた彼女のイメージの断片だけでも取り戻そうとやっきになった。だが、もうあまりにもいろいろな物事を見すぎていたし、十分すぎるほど苦しめられていた。
そして、いよいよジャングルがおれを飲み込もうとしていた。
教会や、ヘンリーや、ロックフォードのボーイ・スカウトから学んだことをみるみるうちに失っていった。そのかわりにストリートの毒をスポンジみたいに吸収しはじめた。学校が終わると、道ばたにたむろして、スティーヴが大好きだったくだらないゲームをして遊ぶようになった。
甘く妖しく危険な遊び。おれは心の弱いすべての女の子たちに《それ》を仕掛けはじめた。ある夜、女の子の家の裏庭でフェラチオさせてたら、父親にみつかって怒鳴られダッシュで逃げた。お口が絡みつくような濃厚な味わいに、おれはもう我慢できなくなっていた。
- つづく -
投稿者 Dada : 05:00 PM