VOODOO

十二月の国立劇場、観劇して参りました。

新歌舞伎(明治の新しい歌舞伎)、元禄忠臣蔵。

仮名手本忠臣蔵に有って、元禄忠臣蔵に無い物は、
VOODOOだと思う。

VOODOOの無い歌舞伎なんて。

じゃ、黙阿弥は明治の人なのに、どうして
VOODOOだけが持つ艶があるのか。

ブレイクビーツみたいなものかも。

観劇後の、ボバリー夫人との歓談が安定した。
おっさんになると、人生に複雑な味はいがある……。
大人のVOODOOだから、と、茶を濁すんぢゃなくて、
キッズでいたい……。

キッズと言い換へると、途端に安定する。
(ラリー・クラーク的な意味で)

ヒップホップって、思ってる以上に、叡智がある。
ヒップホップって、最高だと思う。

元禄忠臣蔵の明晰さ(明晰風)のつまらなさで、
子規・虚子らの明晰さも相対化される気がする。

けれども、俳句にヒップホップを感じるのは、
<ユーモア>の感覚だと思う……。

真山青果の狂言の上演回数が、これ以上、
多くならないことを、切に祈っている……。


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