Ultimate Healing 27
第二十七話 またカスバへ
一部のマニアのみなさん、こんにちは。今回もよろしくお願いいたします。前回、ぼくと田村くんは、ヒロ兄が詩に書いていたバー、カスバに到着。天気のよかった土曜日、ぼくは残りのエントリーを書き上げようと考えていた。つまり、カスバへ入って、カラビ=ヤオという名前のバーテンダーと話し、恐らくはかれが預かっている、シチリアのマフィアがヒロ兄へ届けようとした小箱を受け取る。けだし、五年前、田村くんが東京駅で受け取るはずだった、あの小包である。これを持ち帰り、タケイ・グッドマン氏とともに開封すること。中身をこの目でたしかめること。これで、この「アルティメット・ヒーリング」は一応の終着点へ辿り着いたことになるだろう。ぼくはそう考えていた。そこで、早起きして、ひとまずブラウザを立ち上げ、ページズを立ち上げ、なんとなくカタカタとキーボードと戯れていると、田村くんが、グーグルトークで英語で話しかけてきた。「ぼくらは六本木へいくのかい」「六本木へいったんだよ、前回のエントリーでカスバに到着したでしょう」「きょうは天気がいいね」「いいね」「ぼくらは六本木いくのかい」「きょういくってこと?なんでまたいくの?」「いってないじゃん」「いったじゃん」「他の道もあるかもしれないよ、いこうよ」「いくよ」——という経緯で、われわれはもう一度、カスバへ他のいき方が存在しないか探索すべく、六本木へまたいくことになったのである。どうやら田村くんは、この書き物に最後までしっかりとコミットしようという意欲が、ハンパないようなのだ。ぼくが想像して書いたことの細部までシェアしようという気持ちが、いまだにふつふつと湧いているようなのだ。「十四時に原宿の蕎麦屋ね」——われわれは辛味大根おろし蕎麦とビールの昼食をそそくさと済ませ、表参道を歩きはじめた。「本当にまたいくのかい、江田くんが展示会やってるんだけど、そっちにしないかい」「カスバいってからバルいけばいいでしょ!」——田村くんの前向きな気持ちがハンパないのだ。これに引っ張られるように、ぼくらは青山通りを渡り、根津美術館へとまっつぐ歩いていく。歩きながら話したのは、なぜ、金持ちがやるパーティーの会費は高いのか、というテーマである。「お互い金持ってるんだから、タダにすりゃいいのにね」「お互い金を持ち続けてるか、確認し合ってるんじゃないの」「これくらいも払えないのかよ、オレたち金持ちだろ、払えよ、みたいな」「金持ち同士で金を循環させることに、意味はある」「ですな」——などとくっちゃべりながら、いたく広大な、まがまがしいほどに金を蓄えていると推察される、根津美術館の塀沿いに下っていくと、左手に異様な石碑があらわれた。いや、石碑ではない。石像だ。雨水の沁みたギリシア彫刻が、コロニアル風の破風を備えた古い一軒家の庭先に突き刺さっている。首と手足が失われてはいるが堂々たる体躯で、まがまがしいほどに露わになった陰嚢が、根津の塀に対して「かかってこいよ」とばかりに荒ぶる存在感を及ぼしている。この彫像を、われわれは「ヘロドトス」と命名し、カスバへ至る新たな道標とすることとした。曲がりくねった西麻布の小道を歩くこと数分、次に注意を引いたのは、丘の上にそびえる寺のシルエットであった。この寺を、われわれは「テラバース」と名付け、どうにかそこへいこうと苦心してみたが、見えてはいるのに、一向に辿り着かない。田村くんは、おしっこがしたくなったといい、邸宅を普請している工事の主任に一声かけると、簡易便所で用を足したが、このとき、泥濘でニューバランスのスニーカーを汚すという愚行を犯した。けれども、この現場の角を曲がると、ツツジの木が両側に植えられた、斜めに上がっていく細い坂が見つかった。上ると、香木の香り漂う、そこは見事なテラユニバースであった。大本山永平寺別院とある。「精神世界から最新のスピリチュアル・パッチをダウンロードしようぜ」とかなんとかいいながら、本堂に安置されたサーバの前に立ち、極楽浄土へしばしログインしたあと、ぼくと田村くんは、なんとなく観音堂なる背の高い建物へ入っていったが、そこで「あっ」と声を上げてしまった。三階建てのアパートと同じくらいの高さはあろうかと思われる、十一面観世音菩薩像。巨大な木像は左足をやや前に出し、纏った慈悲のエナジーは自ずと胸に沁みてくる。しかし、この温かさ。もしかして、ヒロ兄なのか——。この穏やかさは、ヒロ兄のものなのか。われわれは、しばし鑑賞の上、ありがたい木仏を「観音スキンのヒロ兄」と命名した。ここまでを整理しておこう。根津美術館の脇の道を西麻布方面へまっつぐいくと「ヘロドトスの陰嚢」が目に入る。次に細い坂を上がって「別院サーバのテラバース」へ入り、「観音スキンのヒロ兄」の微笑に浴すること。こうすることで、カスバへ至る、第二の道程のフラグが立つだろう。さて、六本木通りへでたわれわれは、とぼとぼと歩いていたが、いうまでもなく、大通りはつまらない。田村くんは「もっと裏の露地が見たい」といった。ぼくは「そうしようか」といった。裏の露地を見て歩く行為を、ぼくたちは「ウラジミール」と命名、ウラジミール・ナボコフの話など文学論争をしながら、存分にウラジミールするうちに、やがて、自動車の音は遠ざかり、静かで、角の垣根に立つ腐食したオレンジの反射鏡に行き当たった。チューブのように歪んだ姿をぼうっと眺めながら曲がると、道はやや広がり緩やかな下り坂になっていた。白い橋梁と風に凪ぐ東京湾が見える。無限に変化しながら砂のように輝いている。ぼくらは立ち止まってこれを見ていた。ぼくらはこれをどこかで見たことがあった。何万光年も先の宇宙のようだったし、午前三時にスイッチを入れたブラウン管のようでもあった。「この道、ヒロ兄っぽくない?」と田村くんがいった。「やっぱり、ここにでるんだね」とぼくは答えた。「ヒロ兄っぽい道を歩いていこうか」とかれは提案した。「ヒ」の字の三叉路、「ロ」の字の十字路——われわれは、一つ一つを丁寧に辿っていった。ヒロ兄にしっぽが生えたような猫がついてくる。紫のレンガ造りの建物が両側に立ち並んでいる。崩れ落ちそうなヤシの老木に寄り添うように、「兄」の字の養蜂箱があった。田村くんが中指でコツコツと叩く。すぐそこに青いネオンがまたたいている。カスバ。確認すると、しっかりと握手して、引き返すことにした。ここから先は、いつでもいけるから。記憶の深い底を辿れば、ここから先の光景はあるから。学芸大学へ引っ越したバルの新しいオフィスへいくと、かれらはあの「柔らかい素材」のワンピースを、この冬のコレクションに加えていた。魔法使いのようなフードのついた、いろいろな箇所が改良されたヒロ兄のためのアイテムだった。江田くんは「柔らかい素材にしておいたよ!」といった。ぼくと田村くんは、このウィザードの前で立ちすくんだ。涙が止まらなかった。ヘロドトスに着せてやりたかった。
About this entry
You’re currently reading “Ultimate Healing 27,” an entry on GHETTO
- Published:
- 5.23.10 / 4pm
- Category:
- Ultimate Healing
- Tags:

No comments
Jump to comment form | comments rss [?]