CREAM SODA 12

 森永博志さんは、同じことを何度も書いているのが、すごいと思う。つまり、『宝はいつも足元に』には、またビビアンがでてくる。山崎眞行さんが、カレッジパラダイス東京の仲間に保険金を残すため、自殺を覚悟して高速をぶっ飛ばすエピソードも書かれている。じっさい、これはもう、他の本で何度も読んだ。ぼくですら、三四回は読んだ。それでも、また山崎さんにインタビューして、同じことを書くのがすごい。たぶん、山崎さんが、命を賭けて高速をぶっ飛ばしている瞬間に、韓国で革ジャンを大量に買い付けるアイディアが閃くこと以上にカッコいいことなんて、この世に存在しないし、これからも存在しなくていいと思っているのではないか。同じ夢を繰り返し見るように、森永さんは、山崎さんといっしょにハイウェイを疾走したいのだ。何周でもしたいのだ。道路が円環になっていればサイコーで、そこではもう、時間は直線的に進まない。回帰する。ぐるぐる回りはじめる。昔、スケートシング氏が「『トロン』はぐるぐる回っている」と言っていた。つまり、あの映画は、なかなか成仏してくれない。いつの時代も、だれかが『トロン』をいじっている気がする。あの、冥界で発光しているような美術が、いつも頭のどこかにある。これと似ている。森永さんは、山崎さんのしびれるような生き方を周回することでしか、癒されない。何度も何度も、かれの人生の光景を味わい、書くことでしか、感情が、安らかに眠ってくれない。それほどまでに、ヤラレ過ぎてしまっているのだ。なんということだろう!人生というのは、時間が進んでいけば、そこでまた、素敵なことが起こると思ったら、大間違いのようだ。ある人にとっては、たったの数年が、数ヶ月が、かれの魂を捕らえてしまい、そこからは、ぐるぐる回りだす。この感情を、記憶を、何らかの方法によってRIPしなければ、解放されない。じつは、ぼく(寸)と田村くんにも、今現在、同じ現象が起きてしまっている。すごく苦しい。これを解除するメソッドについて、ぼくらは何時間も話し合った。その過程で、奇跡も起きはじめている。次回からは、これについて書かせてもらう。


About this entry